母性免疫ただいま強化中

母性免疫ただいま強化中







イーストン魔法学校が休みなので2年生のマッシュは兄弟の家に遊びに行った。

広い家は多くの来客で賑わっていることが多い。

しかし、今日いたのは珍しく長子である姉のドゥウムだけだった。



……うん。

ソファに身を預けているドゥウムがいつもより少しだけ元気がない……気が、する。たぶん。

この姉が自分にも分かるくらい元気がないなんて、それはもうよっぽどのことだ。


ならばここはやはりシュークリームをあげるべきだろう。とても惜しいがドゥウムのためなので仕方ない。シュークリームは万病に効く主食なのだ。


「はい、シュークリームあげる。なんか今日元気ないねドゥウムねーちゃん。」

「ありがとう、マッシュ。」


礼を言ったドゥウムの口の端が僅かに歪められた。微笑みとはちょっと違う気が。

これは、困惑だろうか?


姉は自分よりずっと背が高く気配もどっしりと重いのに、今のように表情や仕草がどこか儚げで消えてしまいそうに見えることがある。

エピデムもデリザスタもたまに似た空気を帯びる。

マッシュはこの感じなんとなくやだ…とだけ察知し、一体何かわかっていない。

ただ何もわからないなりに、力になりたい、助けたい、とは強く感じる。

長いこと抵抗を封じられて無力感を注ぎ込まれてきた者特有の脆さであることは、知りえない。




「いや、何もないぞ。お前の後に産んだ子たちのことを思い出していただけだ。」

「それ元気がないっていうんじゃないかな。」


フィンくんでもないのにうっかりツッコミを入れてしまった。

今のはだいぶ重かった。ズシッときた。布団を取り出して寝たくなるのを筋肉で堪える。

マッシュには鍛え上げた筋肉があるので、いきなりヘビーなことを言われても我慢できるのだ。


…昔のことで凹んでるドゥウムにシュークリームをあげてもあんまり意味がない。辛い過去は今で上書きしないと。パンケーキを作る手伝いをするか、ここで話してみるか。

…とりあえずは甘えてみよう。


「いやぁ。僕の人生、重すぎるなー。」


ファーンと効果音が見えそうなノリでぽてぽてとソファの前に回り込む。

ドゥウムの隣、少し距離はあるが簡単に相手に触れられる距離に座ると、細い指にもにゅもにゅ頬を摘まれる。


「ああ。…守ってやれなくて、すまなかったな。」


もう大きくなってそんなに抱き締めたりとかはしなくなったじーちゃんとは違い、兄弟とセルとはかなり距離が近い。

それはもう近すぎる。例えばぴったりと横に座る。膝に乗る。キスにハグ。なんならマッシュとドミナ以外はえっちなこともしていると聞いてバイブレーションが止まらなくなったのも記憶に新しい。

あのときはレモンちゃんに人工呼吸…という名目での大人のキッスをされかけて大変だった。フィンくんとランスくんがいなかったら本当に大変なことになっていた。


…かつて何度も、兄弟たちの体温がなければ凍えてしまう夜があったという。


距離が近い中でも特に姉は、兄弟たちの顔や手によく触れる。もちろん盲目のドゥウムは気配に聡く、常人以上に『視えている』。

しかしそこはそれ。ドゥウムにかつてはあった視覚や色彩がないのは寂しい。だから表情に脈拍、体温などをなるべく細かく把握して、実際にどんな顔をしているか知りたいのだそうな。



なお、マッシュに対しては若干赤子扱いが含まれている節がある。

マッシュが失踪した生後半年から変わらないノリなんだろう。とっても純粋に、可愛がられているのだ。じーちゃんが幼い頃のマッシュに向けていたのと同じ感じ。もう17歳のマッシュにとってはこそばゆい。


まぁ決して嫌ではない、のだけど。

ドゥウムに触れられるとなんとなく自分の核…古い記憶、原風景?と重なる懐かしさを感じるから。

今でもなんとなくだけ覚えている。何人かの子どもに囲まれて隣に紫色のあの子…ドミナがいる、朧げな光景。

だからマッシュはねーちゃんに触れられるのは懐かしくて温かくて、なんだか落ち着くし心地いい。けっこう好きなのだ。



………が。

しかし、重い。

フツーに。


いきなり巨大犯罪組織のボスの実子で心臓培養器とか言われたときも、いや自分の人生重…と思った。

でも自分を産んだのが姉とかその比じゃない。かなりキツい。年齢差14歳とか自分の下にも何人もいたはずなのにもう全員死んでるとかマジでガチでキツい。

ポロッと夕飯の残りが冷蔵庫にあるよみたいなノリで知らされた時は1日寝込んだ。フィンくんやドットくんたちにも心配された。レモンちゃんには監禁されかけた。神覚者の権限フル活用してイノなんとかさんをもう一度殴りに行こうかな…と思ったぐらいだ。


だって、家族は大事にするものなので。


頬っぺたのもにゅもにゅが止んだ。マッシュが動いてドゥウムに近寄ったから。

身体が密着する至近距離。一般的には愛しい相手にしかしない近さ。レモンちゃんなら余裕でバイブレーションか鼻血ですごいことになるぐらいだ。


「別にいいよ。僕の親はじーちゃんだけだし。」


ドゥウムを母親として扱うのは、マッシュにはちょっっっとばかり抵抗がある。

いや、ねーちゃんのことは大好きなんだけど。なんだかドキドキゾワゾワがあるのだ。

ねーちゃんがねーちゃんでお母さん、とか考えるとそれだけでバイブレーションしてしまう。

だからマッシュはとっても申し訳ないな…でも自分を育ててくれたのはじーちゃんだけだしな…などと珍しく色々考えながら、自分を弟と呼ぶドゥウムに甘えてありがたくねーちゃんと呼んでいるのだ。


「同じところに住んでいたらよくなかったんでしょ、『お父様』がさ。」


よし、と気合を入れた。

腕を回し、自分より少しだけ細い身体をぎゅっと抱きしめる。


戦ったときも、抱きついたときも、ドゥウムに触れるたびにマッシュは不思議に思う。

マッシュよりずっと高い身長と、それを支えるには繊細な体躯。最古の十三杖(マスターケイン)の加護により強化されたガッチガチの筋肉。柔くて細い女の骨格。

女性の骨格でもこんなに筋肉があるならもっと骨太になるはずなのに。

妙だなぁ、と感じる。

ランスくんに聞いてみると、どうやら杖の祝福とやらで歪っぽくなっているかもしれないとかなんとか。

神覚者候補選抜試験のときにフィンくんを酷い目に遭わせていた彼と同じシリーズの杖なんだという。すごい杖らしいが、もうコレ祝福というか呪いじゃないだろうか。


……いやそんなことはどうでもいい。

マジで1ミリも関係なさすぎてどうでもいい。



あのテンプレ悪役がやりそうなこと全部やったゴミみたいな性格のイノ…イノセントペロさん?に自分の兄弟が酷い目に遭わされ続けてきたことはマッシュも知っている。

みんなみんないい人だ。じーちゃんのように本気で自分を大事にしてくれている。

だからマッシュの家族はじーちゃんだけだったはずなのに、いつの間にか5人の兄姉とセルくんが家族に加わってしまっていた。


だからマッシュはあのいやーな人が大嫌い。

家族を傷つけて、自称父親で、それなのに今でも反省していないんだから、許せない。

あの時いっぱいボコボコに殴ったけど、それでも兄弟の古傷が垣間見えてしまったときはもう一度グーパンしたくなる。


散々利用されて弄ばれて痛いこともえっちなことも好き勝手にされて捨てられて。そんなのとっても辛いじゃないか。


「ふふ。そうむくれるな。かわいい顔が突きやすくなってしまうだろう。」


「……む。」


嬉しそうなドゥウムの腕が回って、抱き締め返された。

向けられる穏やかな微笑みにとくんと胸が鳴った。


だってあまりにも、マッシュのことが大好きっていう、じーちゃんと同じ顔だったから。


やわやわと頬擦りされる。

柔らかい頬が、つやつやの髪がマッシュの頬に触れる。笑みを含んだ吐息が耳にかかる。


色々よく分からない感覚が押し寄せすぎて、またバイブレーションしてしまう。


「あば、あばばばばばばばばばば」




ねーちゃんのことはとっても大好きだ。

じーちゃんと同じくらい、大好きだ。


じーちゃんと同じくらい、マッシュはねーちゃんに一生敵わなそうだった。







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マッシュ

女性が家族であることに慣れてない。

はじめはアビスくん並のほぼ会話ができないぐらいの反応だったが、さすがの成長速度で今では勇気を出せば自分から抱きつけるようになった。

でも姉兼母って事実を直視したりドゥウム♀から抱き締められたりするとバイブレーションが起きる。




ドゥウム♀

マッシュのことは自分では歳の離れた弟とだけ思っている。自分の息子だとは思ってない…というかイマイチ母子という関係性がピンとこない。

無意識では自分の子どもと認識しているのでふとしたところで親子の距離感が出る母親1年生。

末弟兼息子ときっとこれから適切な距離感を掴んでいくことでしょう。








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