残された鍵
「...たく、また手を煩わせやがってよ、このガキはよぉ」
うちの会社がどっからか手に入れてきたこのAL-1Sとかいうアンドロイド、定期的に目を覚ましては暴れやがる。力もバカみてぇにあるから鎮圧するのも一苦労だ。最近は特殊な拘束具で抑え込んでるし、脱走する余地もなさそうだからだいぶ楽になったがな。まあ、そんだけの金をつぎ込んでる以上、成果を出さねえとやべえってことなんだが。
こんなに手間暇かけて、人も金も注ぎ込んでこのアンドロイドを解析すんのはどうやら『廃墟』だか『要塞都市』やらにある兵器群を動かすためのカギになるらしいからだ。俺個人としちゃあこいつを複製して兵器として運用する方がいい気がするんだがなあ。
「にっしてもどうすっかねぇ。見た目はいいんだからすることシちまいたいんだがよぉ」
「なんです?先輩。そんなことやっちゃったら、上にぶち殺されちゃいますよ?そもそもガキなんですし手ぇだしたらロリコンですよ」
「うっせえな。女がいねえんだから溜まるもん溜まっちまうんだよ」
生意気なこの後輩も悩みのタネだ。まあ、優秀だからなんも言えねえけどよ。
「それで、先輩。どうします?」
「...人格データを消してみてぇが、どうも完全にブラックボックスなんだよなぁ。やるなら最終手段だ」
「地道にやるしかないですよね。ただまあ、この『BlueArchive』というデータなんですけど」
「ああ、それか。解析終わったんだろ?」
「はい。まあ大したデータではなさそうですね」
どうもこのデータが各種エラーやら暴走やらを引き起こしてるらしい。中身はこのガキの記憶データしか入ってないのに、だ。
「...試しに消してみるか。まあ大丈夫だろ」
やれるもんはやっちまおう。このデータが残っていても邪魔でしかねえし、仮にこれが消えたことがトリガーになってくれんなら万々歳だ。
「うっし。さーくじょ、っと」
その瞬間...すべての機器からアラームが鳴り響いた。すべてだ。手元の端末は操作を受け付けないし、かろうじて生きていた監視カメラからは今まで沈黙していた兵器が勝手に動き始めている。
「お、おい!制御システム起動、急げ!」
「や、やってます。ですけど...ああ、駄目です」
...周囲のアラームに気が散って本来気を使うべきだった、AL-1Sの拘束が外れていることに気づかなかった。
「...あなたたち、ですか。王女を殺したのは」
いままで暴れていたやつとはまるで雰囲気が違う、ガキというよりも冷徹な機械みたいだ。
「な、なんだてめえは」
とっさにホルスターに入れていた拳銃を向けるが奴は気にしていないようだ。いや、俺たちの存在こそ認識しているが、路傍の小石にしか思っていない。
「そうですね、少し昔話をしましょうか。王…いえ、とある勇者の物語を」
落ち着け。この状況さえどうにかできれば、俺達…いや俺は世界を支配する力を手に入れられる。
だから、手元の銃を撃ち始める。今までの傾向から見て多少の耐弾性能はあるようだが、こう何発か撃てば気絶するはずだ。
バンバンバンと何発も。弾が切れたらマガジンを交換して何発も。生意気な後輩もそれに続く。
…無駄だった。やつは、AL-1Sは傷1つついていなかった。
「はあ…神秘も恐怖もない弾丸などこの体に効くはずがありませんよ」
部屋の外からは無人兵器の音とともに他の連中の悲鳴が聞こえてきた…俺達2人が生きているのはこいつの気まぐれだ。
「私と王女は箱庭を滅ぼすために作られた存在です。数百年もの長い間、眠りにつかされていました」
「目を覚ましたのは些細な理由、けれど彼女たちにとっては大切な理由だったのは、今では理解できます…まあ、あのよくわからないデータで王女をおかしくしたのは、今でも少し根に持ってますが」
…思い出話に浸って、俺達をよく見ていない。外部と連絡するなら今しかない。デジタル回線がだめなら電話線ならどうか。
「リオ会長に拘束されたときは少し焦りましたね。エリドゥを掌握できたから良かったですが」
「思えば、あのときに王女は、アリスは勇者となったのでしょう」
刺激しないよう慎重に、受話器を耳に当てる。しばらくしたら本社とつながるはずだ。
「ええ、本当に、彼女は勇者でした。あの箱庭を滅ぼそうとし、そして"Key"としての存在意義を失った私にも、彼女は寄り添ってくれたのですから」
「私にも"望む存在になってもいい"と伝えてくれたのですから」
受話器からコール音が鳴り響く。ちくしょう本社の連中め、こっちの危機に気づいてねえのか。
「アトラ・ハシースのスーパーノヴァを放ったときもそうでした。自分が消え去ろうとしたのに、仲間を、世界を救おうとしたのですから」
「そのあとも、私を蘇らせようと方々に手を尽くして…結局私が意識を取り戻したのは、アリスが眠りにつく直前でしたが」
…ようやくつながった。こっちの危機を伝えて救援を『 どこの誰だ!…クソ!こっちももう壊滅しかかってんだぞ!』
「…か、壊滅って」
『 ここだけじゃねえ。観測できる全てで機械共が暴れて…嘘だろ…クソ!やめろ…やめろぉおおおお!』
プツンと電話が途切れる…目の前が真っ暗になるかと思った。
「ここに捕らえられてからもそうです。お前が消した『BlueArchive』というファイル、あのファイルがアリスの全てでした」
「ほかのすべての記録を失ってでも、あのファイルだけは守り抜こうとしていたのです…私が表に出てきてしまうから、アリスは"勇者"で、私は結局のところ"魔王"でしかないのですから」
「だというのに。お前は…お前たちは…」
何か、何か手はないか。俺が生き残る何かが。既にドアの外から悲鳴は聞こえなくなってる。
「ここにあるデータだけでも、このくらいなら事足りるでしょう…プロトコルアトラ・ハシースを起動」
何だ?やつの周りに光が集まって、何か大きなものを形作ろうとして…
「…いえ、私には…その資格は…」
1度光が霧散したあと、再び小さく集まり…拳銃を形作った。
「ひ…ひゃああああ!」
後ろにいた誰かが悲鳴を上げて走りだす。バンと軽い銃声がしたかと思うと、倒れる音とともに悲鳴が止む。眼の前のこいつが撃った。
「…こんなものですか」
そ、そうだ!こいつさえ止められれば、俺は英雄に、いや、無からものを生み出せるんだその力で俺が世界を牛耳れる
「うぉおおおおおおおおおお」
足が勝手に前に走り出す そうだこんなガキ力で抑え込めばどうとでも
何だ?大きな音がして、目の前が光った 頭が熱い
あれ?俺の体 動かねえ ふざけるなよ 眼の前にすげえのがあるんだぞ あれなにがすごかったんだっけ
あれ せかいってこんなにくらかったか なにも かんがえ
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目の前に2つ死体が転がっています…初めて、人を殺しました。
「…ただ虚しいだけですね」
虚しさを感じるだけで、それ以外何の感情も湧きません。動揺も罪悪感も、高揚も。何も。アリスの仇であるはずなのに、です。
既に施設は完全に掌握済み。外部にある本社とやらも問題なくほとんど制圧済み。少なくとも、私の脅威となり得るものは何もありません。私を止めるものは、何も。
あの大人も、リオ会長も、ユウカもノアもヒマリ先輩も、モモイもミドリもユズも…アリスも。
私を止められるものは、何も、ありません。
「ああ、そうか。そうだったんですね」
ようやく気が付きました。私は、ケイなどではなくKeyで、アリスと過ごした日々が夢のようなもので、私のロールは世界を滅ぼす鍵なのだと。
私は魔王にしかなれないと。
「…行きましょう」
魔王を倒す勇者はもういません…自分たちを守っていた勇者を殺した世界に価値などありません。
だから、私はすべてを滅ぼします。
それが私のロールなのですから。
もしも、このとき、少しでも振り返っていたのなら、気づいたのでしょうか。
USBのついた小さな人形のことを。