死神代行編-2

死神代行編-2


しばらくして、張り出されたテスト順位にはバッチリ自分の名前があった。うん、とりあえずノルマ達成。気分良いからちょっとだけ、自分にご褒美をあげてもいいかもしれない。

一位は、雨竜か。昔一緒に話したりしたけど、今はすっかり交流が絶えた幼馴染というより昔馴染みの名前が目に入る。

雨竜のやつ、最近とみに眉間の皺が深くなったけど大丈夫なんだろうか。明日あたり、ちょっかいかけてみようかな。

今日の授業が終わったので一人で下校。のんびりと家路から外れて、お気に入りのショッピングモールを目指して歩いていた。

ぱきり、と、空が割れた気がした。


「…………は?」


思わず空を仰いだ。虚の気配。しかも極端に多い。こんなことは初めてだ。何があったんだろう。

地響きを立てて目の前に一体の虚が降り立つ。即座に指を構えて目標を虚の仮面に定めた。


「破道の四、白雷!」


虚自体は雑魚だからあっという間に倒せた。だけど数が多い。正しく異常事態が起こっている。この様子だと一護もルキアも対処が間に合ってない可能性が高い。自然現象じゃないだろう、誰だこんなことしたのは!

霊圧を探って、状況を把握するために走り出した。目の前にはさらに姿を現した別個体。誰かを襲っているのは明白だ。幸い、背後は取れて──


「……ルキアちゃん?」


襲われていたのは、朽木ルキアだった。弱体化?理由は分からないけど、極一般的な虚にも苦戦している。このままでは押し切られるのは明白だ。

……でも。



『死神と関わったらアカンよ』



お母さんに言われた言葉が脳裏をよぎった。一瞬、足が止まる。

朽木ルキアは死神で。

家族は死神のせいで大変な目に遭って、姉ちゃんは死神が嫌いで、お母さんは死神に捨てられて。


自分の、友達が、傷ついていて。



「〜〜〜っ!縛道の六十三、鎖条鎖縛!」


作り出した鎖で虚を縛り上げる。動きが止まったことで、虚のターゲットが自分に向いた。だけど知能は低いし、動きも鈍く力も弱い!

虚を足蹴にして空中へと飛び上がる。ぽかんとしたルキアと、動けぬまま自分を見上げる虚が視界に入った。


「君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ !心理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!

──破道の三十三、蒼火墜!」


万が一にも仕留め損なって、虚が暴れ出してしまわないように、完全詠唱で仕留めにかかる。目論見通り、虚はその上半身ごとかき消えて、そのまま塵となる。あとには自分と、ルキアだけが残された。

勢いで助けたけど……どうしよう。


「えーっと……怪我ない?」

「あ、ああ」

「やっぱりそっちが素なんや。怪我ないなら一旦移動するで、休むにもここじゃない方がええやろ」


尻餅をついているルキアに手を伸ばすけど掴んでもらえない。当たり前か。でもここで立ち止まってても何も事態は好転しない。


「……貴様は、何者だ?」

「ルキアちゃんのクラスメイトで、友達や。それ以外に何もあらへんよ」

「なぜ、鬼道を使える」

「浦原喜助っていう、胡散臭いオッサンがアタシの小さい頃からの知り合いなんや」

「浦原か……!」


うまい具合に誤魔化せた、らしい。平子の名前に反応している気配はない。嘘は言ってないしな。


「アタシはこの状況の原因を知らん。ルキアちゃんは虚を倒せん。だから一緒に行こ」

「ああ。まずは石田を探さねば」

「石田?石田雨竜?」


あいつが原因なの?何やってんだか。

ルキアちゃんの手を取って走り出す。本当なら屋根の上を走ってショートカットできたらいいんだけど。あの男みたいに。

……ん?


「!ルキアちゃん、あれ一護クンやないか!?」

「いや、違う!アレは──」

「姐さーん!」


いつもの一護クンとはまるで違う態度。あ、これちょっと前に一護クンがなってたやつだ。なんだっけ、義魂丸?それだ多分。


「コンか!?コンだな貴様!」

「ルキアちゃん。コントやっとる場合ちゃう、っと!」

「いっでえ!」


ルキアに張り付いた一護の肉体を一旦背負い投げして引き剥がす。ちゃんと受け身とったしこれぐらいの怪我なら治せる。少し落ち着いたあたりで、見知った霊圧と足音が近づいてきた。

振り向けば、十年ちょっとの付き合いのある顔がある。


「そないな顔見るのは久しぶりやね、雨竜」

「ここは無事だったようだな……君が守ったのか?撫子。そして、一対一で話すのは初めてだね、朽木ルキア」

「せや。アタシうさんくさい知り合いに色々教えてもろてん。雨竜、これアンタがやったん?」


じっとりと雨竜を睨みつける。やっていいことと悪いことも分からんのか。

それに、その弓はなんだ。


「そうだ、これは僕が始めた戦いだ。だけど、僕はこの町の人間を誰一人死なせるつもりはない!たとえ黒崎一護が力尽きようと、僕が命に換えてもこの町の人間を守り抜く!彼の……死神の見ている前で僕が全てを虚から守り通すんだ!」

「アホ!守りたいなら最初から危険に晒すな!お前の誇りとかアタシら巻き添えにとったらどうでもええんよ!死神も虚も嫌いなら一人で勝手に突撃せえや!お前ごとき勝てるとは思えんけどな!」

「なんだと!?」

「悔しいならかかってきいや、お前が呼んだ虚に背ぇ向けてな!!!」


これで本当にアタシの挑発に乗ったなら、アタシは雨竜を本気で軽蔑する。雨竜はアタシをじっと睨みつけて──

次の瞬間、ものすごい勢いで真っ黒な死覇装が突っ込んできた。鮮やかなオレンジ色の髪と成長期を迎えてすくすく伸びた身長はよく見たことがある。


「ホンモノの一護クンやんけ!」

「うおっ、撫子!?お前もここにいたのか!?」

「ルキアちゃん助けてたんよ。雨竜、死神とか言うてたけど、一護クンと喧嘩してん?」

「ああ。ルキアのことありがとな撫子」

「ええよ。友達だもん」

「へへ……ようやく見つけたぜ……本当なら今すぐテメーを泣かせてやりんだが……」


一護は雨竜に一旦見切りをつけると、自分の体の中に入ってるコン?に怒り出した。ルキアも巻き込んで、漫才みたいな空気が流れる。雨竜は置いてきぼりにされてる。


「楽しそうやなー」

「…………」

「あんな、雨竜。アタシはクインシー?のことは何もわからへん。死神が嫌いなこともわかった。でも、これはやりすぎや」


そんな忠告、意味を持たないことはわかってる。

私は、人間のふりをした、虚の力を与えられた、死神の子供だ。

だから、滅却師の誇りなんて、わからない。


「……別に、死神と仲良くして、ええんじゃないの」


アタシは、雨竜と仲良くしたいよ。


「……そんなことできる筈ないだろう!これは、僕と黒崎一護の戦いだ!」

「そうだよ、分かってんじゃねえか。これは俺とお前の勝負だ。だったら虚を何匹倒すだの言ってんなよ!俺とおまえの二人でカタつけようぜ!なァ石田!」

「………………」


もしかして、これ。

男同士の熱い喧嘩に巻き込まれたやつ?


「…………はぁ」


なんだか、色々と気を回してみたアタシがアホみたいじゃんか。いや、一番悪いのはわざわざ町全体を巻き込んだ雨竜だし、今の状況がなにかしら改善したわけじゃないんだけど。空にヒビと大量の虚が集まってきていて、これからさらに状況が悪化するのも目に見えていたけれども。

なんだか、どっと疲れた気がする。浦原さんも近づいてきてるし、雨竜は僕の勝ちだとか言ってあっちに走ってったし。

これアタシいる意味あった?


「ルキアちゃん」

「そうだな、撫子。おまえも死神を知っているなら一護と共に聞いておけ」


そうしてルキアから語られた、滅却師と死神の確執だけど、アタシにはあまりピンとこない。多分、雨竜はそういうのを知って、きちんと受け止めている人だと思う。あいつ真面目だし。

だから死神が嫌いなのは、アタシの姉ちゃんが死神嫌いみたいに、きっと大きなきっかけがあるんだろう。

でも、それとこれとは別だ。内心は理解できてもそれを行動として移してしまったらダメだ。

それを許してしまったら、オカンがされたことだって、仕方ないで済ませられてしまうかもしれない。

まああの人、しゃーないって本気で思ってそうだけど。


「滅却師の歴史はそれで終わりなん?」

「あ、ああ……少なくとも歴史書に載ってる限りは……」

「さよか。歴史書ってことは、死神も学校あるんやね。なら」


そこで、家族はどう扱われているのか。聞こうとしてやめた。あまりぺらぺら話していいものじゃないや。聞きたいけど聞きたくない気持ちもあるし。

一護は飛び出してったし、アタシもフォロー入らないと。頭上ではでっかい、メノスグランデってのが頭を覗かせていた。教えてもらったことはあるけど見るのは初めてだ。


「なら?」

「なんでもない。ルキアちゃんはここで待っとって。大虚なんて危ないんやし」

「おっ、撫子クンじゃないですかー!高校入学してから会うのは久しぶりっスね!」

「浦原さん、変わらんなー。ジン太クン雨ちゃん元気しとった?テッサイさんもお久しぶり」

「よお撫子!」

「こんにちは」

「なにしにきたん?」

「黒崎さんを助けにきたんですよ」

「……胡散臭いって言われへん?」

「酷くないですか!?」

「酷くない。二人とも一緒にやろか」

「おう!」

「……はい!」


颯爽と駆け出したジン太を追いかけて、あんまり被害が拡大しないように気をつけながら雑魚狩りみたいにさくさく虚を倒していく。ジン太も雨も心強い。これで雨竜も一護も大丈夫だろう。

たぶん。


「浦原さん、終わったで。バイト代出る?」

「残念ですが今回はナシで」

「せやろな」


アタシも暴れてちょっと頭がスッキリしたし、それでよしとするべきなのかもしれない。少しだけ冷静になれたので、へたりこんでるルキアの頭の埃を払った。


「お、帰ってくな」


大虚は一護に一刀両断されて帰ってった。ルキアの反応からして多分すごいことなんだろうけど、なにせアタシの周りの人ってオカンとかオトンとか夜一さんとか浦原さんとかテッサイさんとか、規格外がいっぱいなのでよく分からない。

そして、雨竜と一護が男同士の友情を深めてるのを見て、なんかまた腹が立ってきた。そういうのは二人だけで夕暮れの河川敷でやってほしい。そう思いながら振り返ると、ルキアが思い悩んだ表情で俯いてる。いつもの猫被った様子とはまるで違っていて。

気付けば、手を掴んで引っ張り上げていた。ルキアが大人しくしょんぼりしてるなんて、すごくらしくない。もっといつも通り不敵でふてぶてしく猫をかぶっていてほしい。


「ルキアちゃん、行こ」

「撫子?ど、どこに行こうというのだ?」

「カラオケ。男同士のあつーい喧嘩に巻き込まれて疲れたわ。女同士一緒に騒がへん?」


ルキアの手を取って歩き出すと、案外抵抗されることなく着いてくるのかわかった。ケータイで帰りが遅くなるとメールを入れようとすると、掴んでいた腕が引っ張られる。


「撫子、貴様は浦原と、どういう関係なのだ?」

「んー……強いていうなら、パパ?」

「ぱ、パパ?」

「せや。アタシがオカンの子宮の中におる頃からアタシを守ってくれた、胡散臭いけど強いパパや」


後片付けは浦原さんのお仕事。さいわい今月の小遣いはまだ余ってる。ルキアの分も出すくらいどうってことないだろう。

オカンからメールが返ってきた。『遅くならんうちに帰ってこい』とだけ。浦原さんが上手く誤魔化してくれたのかもしれない。


「ルキアちゃんは、アタシと遊ぶの嫌?」

「嫌、ではないが」

「ならいこ?そないな思い詰めた顔せんでもええように」


ハンチング帽子を被り直して、改めてルキアの手を取った。愛用してるカラオケまで無言で進む。

ルキアが本当は死神だってことは、このときのアタシの頭からはすっぽり抜けていた。


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