死神代行編-1
着崩すことのない制服のブレザー、指定のソックスにローファー、校則に違反しないハンチング帽子。
ここまで真面目にやってんのに、髪の色ひとつで不良候補生扱いされるの本当に意味がわからない。オカンと同じ色だって何回も説明してんのに。
「撫子、忘れ物ないか?」
「多分ない。いってきまーす」
今日のオトンに声をかけてから、扉を開けて外に出ると、季節にしては冷たい空気が頬を撫でた。空はいっそ腹立たしいほど澄んでいて、放射冷却という受験勉強にあたって身につけた知識が思考を掠めた。
「おはよう、撫子さん」
「ん、おはよさん。机増えとるな、誰か入ってくるん?」
「めざといね。親の都合で急遽引っ越してきた子が転入してくるみたい」
「ふうん、その子も大変やな」
クラスメイトとそんな会話をしながら自分の席に腰掛ける。自分の名字は平子で、新しく増えた机は黒崎一護の隣だから、多分転校生の名字はカ行なんだろうと、生産性のない思考にふける。
「大変といえば、一護のやつ、家にトラック突っ込んだって聞いた?」
「初耳……いや、ちゃうな。朝のニュースで聞いた気がするわ。なんやアレ一護クンの家か」
朝っぱらから全校集会とかないから、多分無事なんだろう。
そんなふうに、いつも通りのルーチンワークは朝のホームルームの開始とともに流れる。“黒崎一護について”担任から特別な説明がないから、多分そういうことだ。
そして、今日の特異な話題がもうひとつ。
「朽木ルキアと申しますわ!」
お嬢様然とした(あとで本当にお嬢様だと知った)、転入生のかわいい女の子。だというのに、一番最初に感じた印象は『胡散臭い』だったのは、多分この態度が猫を被ったものだと、直感で察したんだろう。ちょっと探れば、この子が死神だというのはすぐに分かったほど。
この出会いを境に、アタシの人生が、自分や家族の予想を超えて大きく動き出すだなんて。
当時のアタシは、考えたこともなかった。
「こんちは、この時期に転校だなんて珍しいね」
「こんにちは、ええと……」
「撫子や、そう呼んでくれたらええ」
「彼女は平子撫子さんだよ」
「そうなんですの。よろしくお願いしますわ、撫子さん」
「よろしゅうな」
平子と名乗らず乗り切れるか試したけど、善意の紹介でそれは無駄な足掻きになった。ただそこはクラスメイトなので仕方ない。
問題は、この転入生である朽木ルキアが死神である可能性がすごく高いこと。
オカンや家族から、決して死神に名前を知られてはならないとずっと言い聞かせられてきたから、この状況はとてもまずい気がする。
だから、アタシがただの普通のクラスメイトとして認識されるように、立ち振る舞わないといけない。
「困ったことがあったら、相談してな」
「ええ、ありがとうございます」
最初はそんな、下心から始まった。
朽木ルキア……ルキアと友達として付き合って分かったことがある。
ひとつは、ルキアが何かしたせいで一護が死神の力を持ったこと。これには頭を抱えた。普通に生活してたのになんで死神が二人も入り込んできてるの?これアタシ悪くないよね。
もうひとつは、案外ルキアは、死神にしては、そこまで悪い子じゃないのかもしれないってこと。猫はかぶってるけど。
「一護、ルキアちゃん、おはよう」
「おはようございます、撫子さん」
「織姫ちゃんが『力士が鉄砲で壁に穴開けた』って言っとるの、聞いた?何かあったんやろか」
「え、ええ。何か不思議な夢でも見たのでは?」
「せやなあ。織姫ちゃん不思議ちゃんやしな。けどつい最近、一護の家にトラック突っ込んだの知っとる?こう連続すると、なんだか悪いモンでも憑いとるような気がするわ」
揺さぶりをかけると、ルキアちゃんがちょっと動揺した。これは死神というか虚に関する何かが起こったと考えていいんだろう。
「ルキアちゃんも気いつけてな」
「ええ、そうしますわ」
「ところで、話変わるんけど……ルキアちゃんは、一護のこと、好きなん?」
「どうして、そう思うのですか?」
「だって二人とも仲ええやん。転校してきたばっかで、女の子じゃなくて一護クンと仲良くなっとるんやし、そら気になるわ」
「黒崎くんとは、ただのお友達ですわ」
「そうなんか」
それが本当なら、何も言うことはない。
だけどもし、この死神が、一護を一方的に利用しようとしているのなら。
そのときは──。
「おう、撫子。ルキアと話してたのか」
「おはよさん。一護クンがルキアちゃんと付き合っとんのか聞いとったわ」
「付き合ってねーよ!」
「せやな。だとしたら織姫ちゃんがかわいそうや」
「なんでそこで井上が出てくんだ!」
「アタシ、織姫ちゃん応援しとるもん」
+++++
ドン・観音寺のテレビ収録のゴタゴタに揃って巻き込まれてから、なんとなくルキアとの距離が縮まった気がする。一緒に昼食を食べたり、水色が流した噂でからかったり、定期テストの成績を一緒に見たり、そんな当たり前のコト。
「一護クン、今回の出来はどうや」
「ボチボチだな」
「そういえば、一護も撫子さんもちゃんと勉強してるんだねえ」
「アタシら、髪の色で目ェ付けられとるからなあ」
「成績良けりゃ教員連中は何も言ってこないからな」
「織姫ちゃんとか茶渡クンも似たような理由で勉強できるで」
「大変だねえ」
「まあ慣れたよ」
類は友を呼ぶとはいうけど、このクラスはなんとなく、そういう世渡りの術を見つけた人が多い気がするのはなぜだろう。アタシも、オカンが男に捨てられて、逃げた先で自分を命からがら出産したと聞いている。
いや、違うか。多いんじゃなくて、そういうマイノリティが同類をかぎ取って身を寄せ合っているようなものなのだろう。
「せや一護クン、ルキアちゃんはどこ行ったん?」
「……なんで俺に聞くんだよ?」
「テスト終わったし、どっか一緒に遊びに行こ思てん。織姫ちゃんはもう誘ったし、他の子みんな部活始まるから予定合わないんよ」
「あいつな……忙しいんじゃねえか?つーか俺もいつも一緒にいる訳じゃないしな」
「やっぱり仲良いんだね」
「冗談じゃねえよ!」
そんなふうに話題に出てた一護は、猛スピードで走ってきたルキアに連れて行かれた。やっぱり、仲良いんだな。
「ルキアちゃん誘うの、難しそうやなあ」
少しだけ、残念だ。