死ねなかった、強き男

死ねなかった、強き男




男の心は凍っていた。


男の生まれた場所は……最悪だった。腐った匂いが充満していた……物理的にも、感覚的にも。

男の父も母も最悪だった。

父は昼間から働きもせず、酒ばかり飲んで時折金が入れば博打に費やす。

母も似たようなもので、男に媚びを売って金をだまし取り、夫ではない男に金を貢ぐ。

そんな両親だからこそ、愛などもらえなかった。そのうち両親に期待することは止めた。そして、周りの人間もろくでもない人間だったので、周りに期待するのも止めた。

そんな日々の苛立ち……周りの腐りっぷりに激怒した男は、ある時たどり着いた、殺し合いの闘技場。男はここで、初めて死合をした。生まれ持った力、己の技量、センス。全てを尽くして戦った。

その戦いのさなか、男の心は少し溶けていた。戦いの熱が、男の心を溶かしていたのだ。ほんのひとしずくだが。

だが戦いが終わると、男の心はすぐに冷え切った。前と同じだ。そのまんまの男に戻った。

男は、戦いの熱こそが、男が求めていたものだと思っていた。

何をしても冷淡だった男が、唯一心を動かされるものだと、信じていた。

その中で、熱の中で死んでも男はかまわないと思っていた。

だが、男は勝って生き残った。全ての戦いで。何度戦っても、何度強者と戦っても。

次第に感じていたはずの熱が、どんどん感じなくなっていった。

それもそうだ。なぜなら男はいつの間にか、頂に立っていたからだ。山の頂上。誰も到達しない、極寒の頂上。

山の頂上は、寒い。溶けない雪、降り注ぐ雹、ざんざん降りの雨。日は見えない。

そんな凍える場所に居続け、次第に心の氷はどんどん分厚くなっていった。

何も感動しない。何も感じない。美味い飯を食い、敵を倒し殺し、いい女が周りにいても、何も、何も。

そうこうしている内に、どんどん頂は高くなる。誰も上ろうとしない程に。

このまま、冷え切った心のまま死ぬのか……と、思っていた時だった。

突如、闘技場に現われた男……その男が放つ熱を感じた。

その熱は、とても熱かった。足下の雪が、どんどん溶けていった。心の氷がどんどん溶けていくのを感じた。男の体も焦げていく。

この熱……! 俺はこのために今まで生きていたと、男は確信した。

そして始まった勝負……熱だ、熱さだ、チリチリと焦げ付く生のぶつけ合いだ。互いの命をぶつけ合う、死闘だ、死合だ、殺し合いだ。

こんなことが……こんなことがあっていいのか! この熱の中で……死ねて良いのか! 喜びが溢れた。生を、生きている実感を、初めて感じた。そして……もうすぐ死ぬことも。

だが……男はそれで良いと思った。こんな満足感で命を散らせるのなら、もういいと思っていた……。

そして……死が、目の前に来た。避けることの叶わない、絶命の瞬間! 思わず笑みがこぼれた……!


だが!


一発の銃声が響いた。音が終わった後……死んでいたのは、相手の方だった……。なんと、武闘大会の主催者が、横やりを入れたのだ。相手ではなく、男の方が価値があると判断した、主催者が……。

真っ白になった男……瞬間感じた、怒り……!

俺から死を奪った、満足のある死を奪われた。その怒りはまっすぐ主催者に向かって、主催者を殴り殺したが……もはや誰にも止められなかった。観客、審判、ガードマン……目につく人間全員に、怒りの拳を振り上げた……。



……そして、男の怒りが収まった時、そこには死屍累々……血に染まった拳……周りには、男を取り囲む警官や対異能戦士……男が何をするのか……と観察していたが……。


男の目には、涙が溢れていた。

抵抗の意思無しとして、連れて行かれたが……。

男の涙は、しばらく止まらなかったという……。

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