死が二人を別つまで

死が二人を別つまで

ドゥツラの病室での会話

「………」

「………」


病室には沈黙が漂っている。

ツララが生死の境を彷徨うほどの大怪我を負い、親族以外の面会謝絶となってから二週間。

ツララが目を覚まし、面会謝絶が解けて初めてドゥウムはツララの見舞いに来ていた。

神覚者一同の気遣いにより見舞いに来たのはドゥウムだけだったのだが、ドゥウムは病室に入ってきてからツララの手を握ったまま一言も喋ろうとしていない。

正直ツララは気まずくなっていた。


「………あの、ドゥウムさん?なんで何も言わないんでしょうか…?」

「……………」


やっとの思いで絞り出したツララの問いは黙殺される。

ドゥウムがやっと口を開いたのは、握った手の体温が溶けあって温くなる頃だった。


「…心臓が、止まるかと思ったんだ」

「え」

「私は、どこか油断していたのかも知れない。ツララは強い、そうそうと負けるはずがない。いつだって凛とそこに立っているはずだと、そう心のどこかで思っていた。人間である限りそんなわけがないのに」


そう溢すドゥウムの声は心なしか震えていて、いつもより小さく、頼りなく見えた。


「怖かったんだ、とても。君のいない生活はとても空虚で、君が心配で心配で仕方がなかった。いつまでも君が目覚めないから、毎日毎日君が死んでしまったらどうしようと考えて生きた心地がしなかった。それなのに私は君のただの友人だから、君の顔を見ることすら出来ないんだ。冷たくなっているだろう君の手を握って温めることができないんだ」

「………ドゥウム」


ツララは未だまともに動かない手をなんとか動かして、ドゥウムの手を握り返す。


「ごめんね、ドゥウム」

「…なぜツララが謝るんだ」


ツララはその問いには答えずに微笑んだ。


「ねえドゥウム、結婚しよっか」

「…………はあ?」


突然すぎるツララの言葉に、ドゥウムは思わず間抜けな声を漏らす。


「いや待て、散々周りに熟年夫婦だのなんだの言われてきたが、私たちは付き合ってすらいないんだぞ?」

「そうだね」

「じゃあ、」

「さっきドゥウム言ってたでしょ?『私は君のただの友人だから、顔すら見ることができない』って」

「…言ったが」

「ボクもね、考えてみたの。もしも…まあそんなことそうそう起こり得ないだろうけど、ドゥウムが今回のボクみたいになったらって。そしたら、すっごく嫌だった。顔も見れないまま死に別れなんてごめん」

「…そうだな」


そこでツララは言葉を切って深呼吸する。


「この気持ちが恋なのかどうかとかはまだよく分からないし、付き合ってもないのに結婚するのがおかしいのは分かってる。でも、お互いの死に目に立ち会いたいならまた戦争でも起きない限り結婚するしかないじゃない?」

「そういうものか」

「そうだよ。今回で痛感したでしょ?」

「確かにそうだな」

「ボクはね、ドゥウム。友人としては重いかもしれないけど君以外を看取りたくないし、君以外に看取られたくない。どうせ死ぬなら君の側がいい。正直ね、君となら夫婦になるのもいいかなぁって思ってるんだ。君の手はあったかいし、くっついてても嫌じゃない。…引いた?」

「………」


楽しそうにそう告げるツララにドゥウムは少しだけ考え込んでから、


「…いや、夫婦になるならそれくらいでちょうどいいんじゃないか?」


とだけ言った。


「…そっか。ちょうどいいか」

「ああ。私も同じことを考えていたし、どうせなら死ぬ時だけじゃなく隣にいたい」

「ふふ、似たもの夫婦だね、ボクたち」

「だな」


二人はひとしきり笑い合ったあと、囁くように語り合う。


「そうだ、ドゥウムのお父さんのところに挨拶に行かなくちゃ。ボクもおじいちゃんとおばあちゃんにドゥウム紹介したい」

「確かに結婚するなら挨拶はしなくてはな。式はどうする?」

「んー、ボクは別にいっかなって思ってるんだよね。今更そんなことする間柄でもないし、ウェディングドレスを着てみたいって思ったこともないしね。ドゥウムは?」

「私はどちらでも。まあそれなりに忙しい身空ではあるし、ツララが式を挙げなくていいというならそれに合わせよう。しかし、以前ソフィナさんが女性はウェディングドレスに憧れるものだと言っていたが、そういうのはないのか?」

「ない」

「すごいキッパリ言うな」

「だって寒そうだもん、あれ。肩とか出てるやつが多いし。それに見せたい当人が『布が多くて動きづらそうだな』とかしか言わなさそうだからね」

「…まあ、そうだな。見えないし」

「いいんだよ、そんなの。ボクはドゥウムと一緒にいられたらそれでいいから」

「ならいい」

「子供はどうしたい?ドゥウム子供ほしい?」

「…父さんを見ていると子供を持つのもいいと思えるが、出産は相当女性に負担をかけると聞くからな。無理にとは言わん」

「じゃあそれは追々だね」

「ああ、時間はたくさんあるしな。家はどうする?」

「やっぱり一緒に住みたいけど…さすがに君の家に住むのはちょっとハードル高いかな。でもドゥウムはお父さんと兄弟と離れたくはないだろうから…折衷案として君の実家の近くで家を借りる、とか」

「それはいいな。ツララはどんな家がいい?」

「あったかい家」

「はは、言うと思った」


他愛もない会話で夜は更けていく。

愛しい人が隣で笑っている、その幸福を噛み締めて。

そこに恋は無くとも、愛は確かに存在するのだから。




これがあのクソボケ展開に繋がるのバグだろって書いててちょっとだけ思った

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