歯医者なんか、大っ嫌いだ。

歯医者なんか、大っ嫌いだ。

80氏より


 歯医者なんか、大っ嫌いだ。


「こんにちは、冴くん。今日も虫歯の治療頑張ろうね。」

 暑いから凛とアイスを食べ過ぎたのかもしれない。

 にこやかに微笑む恰幅のいい先生は、俺に診察台へ乗るよう促した。


 今日で3回目の通院。

 1回目はレントゲン、2回目で1本虫歯を削り、被せもの。今日は最後の1本だから、今回で終わりだろう。

「ここの歯。わかるかな?奥の方ね、削っていくから。痛かったらすぐ手を上げてね。」

 口に指を入れられた状態のまま同意の頷きで返す。

 先生は口角を小さく上げて笑い、俺の目元にタオルをかけた。


 もう10分は経っただろうか。奇妙なことに一向に施術が始まらない。

 歯列を奥から前へ指で執拗になぞる。舌全体をやわやわと指で挟み、揉む動作。ぐちゅ、という音とともに衣擦れの音まで聞こえてくる。

 おかしい。こんなの歯医者でされる事じゃない。

 キィンと歯を削りたくて叫ぶエアータービンと、荒くなる不規則な息遣いが耳元で繰り返されている。

「あぁ…ッ…冴くんのもちもちほっぺ、いつも見てたけど内側までこんなにふわふわだぁ…美味しそうだなぁ…食べちゃいたいねぇ…こんなえっちなお口しておいてさぁ、患者の立場弁えてないよねぇ…?ふざけんなよ…」

 先程までの穏やかな声はいずこ、情欲にまみれた大男の低く恍惚とした声がまとわりつく。目元のタオルのせいで何も見えやしない。唾液を吸うブロアーもないから、指を入れられたまま唾液が口の端からだらだら溢れていく。

「あぁッ…!勿体ないッ!!!」

 逃げ出したいのに、エアータービンの冷たく迫り立てる音が思考に靄をかけていく。


 呆然と思考する、ここに来るまでの記憶。

 俺が来るときは誰一人としていない患者。

 他の日ここの前を通ると車が沢山停まっているのに。

 最初の来院までは診療に立ち会っていた助手。

「あ〜やっぱ無理。我慢しろって方が酷だよね?冴くんのお口に挿れたくなっちゃった。いいよね?お口開けて先生を誘惑してくる悪い子は、ここに挿れていいってことだもんね?ね?そうだ、次回は歯石取りだよ。先生チ○カスい〜っぱい溜めておくから、ジュポジュポしてからお口の中全部キレイにしてあげるね…!」生ぐさい臭いが鼻腔を突き「何か」が唇に近づくのが分かる。まだ削られてもない虫歯が痛む。


 ああ、やっぱり歯医者なんか、大っ嫌いだ。

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