歩む
ルフィがウタに会うためにエレジアに来て最初の夜が来た。
そろそろ食事にしようと今頃城の調理場では、久しぶりの客人に腕を奮っているゴードンとサンジが会話でもしながら夕食を作っている事だろう。
そんな時、ウタは、ナミに整えてもらった髪を崩さない為にも最近らいつも上から毛布を被っているスタイルを我慢して膝を抱えて丸くなっている。チョッパーに処置された指を噛むのも我慢しているあたり…もらった親切は無碍に出来ない様だ。
しかしそれでもウタはルフィと話し、そして嫌がっていた。
「…やだ」
「でもよォ…ゴードンのおっちゃん、心配してたぞ?」
「……」
つまるところ、ルフィが言いたいのは「ゴードンに顔を見せる為に夕食時に一緒に行かないか?」というものだった。
きっと心配してるだろう事は、分かる。でも、人間の気持ちは一つだけじゃない。夢と同じく、ゴードンが自分を恨んでいる可能性だって大いにあって…何かの拍子に彼の口から聞こうものなら、こうして色々してくれるルフィ達の献身虚しく心が今度こそ砕け散る確信があったから。
怖い、会いたくない。あわせる顔がない。
いやだ、いやだとウタは首を振る。
「まだおれ達と一緒の食うのは難しいかもだけどよ、サンジの料理は何でも美味いからさ、な?」
「…お腹空いてないよ」
ミルク粥は量は少なめだったし、あれから一応だいぶ時間は経っている…空いてないと言われればやや疑わしいが、そもそも最近きちんと食事を取れてなかったウタからすればそうでもないのかもしれない…と
くくぅ…
腹の音さえ聞かねばルフィは納得出来ていただろう。慌ててお腹をおさえてるウタに対してルフィは頬を掻きながら話す。
「いや、腹鳴ってるじゃねえか…腹が減ってるのは良いことだぞ?元気になるぞーってウタの身体が頑張ってる証拠なんだってよ。チョッパーが言ってた」
「……うるさい、鳴ってないもん」
歳下の幼馴染にお腹の音を聞かれたのもあるが、気まずそうにウタは目を逸らした。そんな様子を見ると、なんだか彼女はそのままの意味で「あの時のまま変わっていない」のではとルフィは思う。
何が彼女の時計を止めてしまったのかは分からないが、このまま放ってはおけない。
「おれの仲間にも会わせてやりたいんだ。偶然出会ってびっくりしたくねえだろ?」
「そ、れは…」
そう言われてウタは言い淀む。だって先程ルフィやナミが部屋に入ってきた時も咄嗟に身体が強張ってしまったのだから。
もし唐突に出会って、失礼な態度を取ったらと思うとウタとしても嫌だった。自分のせいで、ルフィやルフィの仲間が不快な思いをするかもしれないと思ったら…
それでも少し長い熟考をしてから、「どうしてもダメだったら部屋に戻ろう」というルフィの提案と共に頷いた。
「おーい、ウタ連れて来たぞ〜」
「!ウタ…!!」
食事をとる場に集まりそう声をかけると弾かれる様にゴードンが顔を上げた。サングラス越しに目が合ったのが分かりウタは肩を跳ねる程分かりやすく動揺したが、強くルフィの服を握りしめる事で逃避は耐えることが出来た。
駆け寄ってくるゴードンに何を言えばいいだろうと、空回りし続ける頭で考えながら乾いた口を動かす。
「っ、ご、ゴー、ドン…ごめ…んなさ…心配、かけて…迷惑、かけ…」
「よかった…っ!!」
「…ぇ」
「このまま、お前が弱って…し、死んでしまうのではないかと…!!本当に…本当に゛よかった゛…!!」
空いている方の手を取り、そこにポタポタとゴードンの涙が落ちてくる。自分よりも余程感情を露わにしているゴードンに一周まわって冷静になれてきたウタは、それでもここ最近ろくに話せなかった気まずさからしどろもどろになって話す。
「怒って…ないの…?」
「何を怒ることがある…!?むしろ私の方こそ…すまなかった…!!何も、してやれず…!!」
「ち、ちがう…!私が…ゴードンに…謝るべき、で……それ、で…」
「…お前が、何に怯えているのかも分からず重ね重ね申し訳ない……だが、まずは食事をとらないか…?それからでも、きっと遅くはない……ゆっくり話そう」
「…う、ん……」
「とりあえず話ついたか?」
「ルフィ…うん…あり、がと…」
「いいって、気楽にいこう!!」
そうニカッと笑うルフィに、本当にほんの少しだが、頬の辺りが軽くなった気がしたウタを見て、またゴードンは泣きそうになるが、まずは、大事な教え子に恩人達と自己紹介をさせて…あたたかい食事を食べさせねばと慌ててハンカチで拭いた。