正しい暖の取り方

正しい暖の取り方



 もう深夜を過ぎただろうか? 暗闇に包まれた街路は人通りもなく冷え切っていて、足先から凍りついてしまいそうだ。その一方で手の内にはまだ熱い興奮が残っている……仕事の後はいつもこうだ。夜風でも消せない熱を抱え、部屋を訪う。自分の部屋でもなければ友人の部屋でもなく恋人の部屋でもない。あえて関係を示すなら敵ということになるが、仕事で来たわけでもない。ただ一目顔が見たくて、ここに吸い寄せられてしまう。


 そろそろ寝ないと明日に障りそうだ。こう冷えてくると仕事もはかどらない。机上をざっと片付けて寝室へ向かおうとすると、背後で小さく物音がした。

(猫が来たな……)

 こんな時間に窓から闖入してくるのは例のでかい猫しかいない。今のところ命を狙ってくる様子はないが、猫は気まぐれだから用心だけはしている。

「まだ起きていたか……」

 暗闇から呟く声がして、こちらへ歩いてくる気配がする。


 薄暗い部屋の中にぼんやり浮かぶシルエットは、今日も毛足の長いコート姿だ。いつも目につく左手の鉤爪が見当たらないので目を凝らすと、コートの前を右手でしっかりかき合わせている。室内でも常に厚着で肌を殆ど見せないが、どうも寒いのが苦手らしい。

「もう休むところだ。おれは夜行性じゃねェからな……お前は今からが活動時間か?」

 憎まれ口も慣れた。こうやって「仲良くする気はない」という態度をとるが、出ていけと追い払われたことはない。

「仕事なら終わったところだ。近くまで来たから寄ったんだ」


 猫というやつは体温が高くて抱いて眠ると心地良い。だが、こちらの都合など知ったことではないだろう。無理強いすれば嫌がるに決まっている。ここは機嫌をとっておこう。

「そいつはご苦労だったな。茶でも淹れてやろうか? 酒がいいか?」

「いらない。ソファーを貸してくれ」

 そう言うと部屋の三人がけソファーへ腰かけた。デスクチェアに掛けてあったブランケットを取ってきて渡すと「寝るわけじゃない」と言いながらも受け取った。そのまま、おれのコートをじっと見ている。


「こっちがほしいのか?」

 胸の裡を見抜かれて慌てた。返事がすぐにできない。

「貸してやってもいいが条件がある。おれもこいつが必要だからな。猫になって入ってくるなら入れてやる」

 コートをかき合わせていた手をはなすと、中は薄手の夜着一枚だった。思わず顔に血が上る。どう考えても誘われてるとしか思えない。目の前の光景に釘付けになったまま瞬きもできない。

「何を企んでる」

 なんとかそれだけ口にして早鐘を打つ胸を悟られないように努める。


「イヤなら無理にとは言わねェが……」

 警戒するのも当然か。おれのほうがどうかしていたな。懐炉は諦めて寝るとしよう。猫の目的はわからんが、今のところ嗅ぎ回られて困るものも部屋にはない。そのまま扉に向かおうとしたらコートの袖を強く引かれた。

「……待て。い、嫌だとは言ってない」

 なんだやっぱり寒かったのか。海賊に弱みを見せたくなかったんだろうが、素直じゃねェなァ……猫さんよ。

「こっちも裏は無しだ。おとなしくしてろよ……」

 コートの中へ引き寄せてやると一度大きく身を震わせたが、それきりジッとしてぴくりとも動かずにいる。本当は毛皮になってもらいたいんだが支度を待つのも面倒だ……


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