端切れ話(止まり木の大ゲイブ)

端切れ話(止まり木の大ゲイブ)


フロント脱出編

※リクエストSSです




 大ゲイブは長年船乗りとして生きてきた。

 スペーシアンに税金と称して利益を吸い取られ、時に嫌がらせを受け、それでもひたすら物を運んできた。

 いわゆるドローン戦争というものが過激化し、締め付けが強くなった時も細々とやり繰りを続けてきた。

 宇宙を旅するのが好きと言うのもあったし、船そのものも好きだった。それ以外に生き方を知らないというのもあった。

 けれど一番の理由は。

「おやっさん!このフロントで食事の約束があるんでしょ。後はやっとくんで、行ってきてくださいよ!」

「なんだ。あいつら相手なら少しくらい遅れてたって構いやしねぇよ。ほおれ、残りの積み荷を降ろしちまいな。これが終わったら暫く休みだからなぁ」

「もうおやっさん…。聞いたかお前ら!すぐに終わらせるぞぉ!」

「おぉー!」

「休日ぅ!」

「寝るぞ!」

「遊ぶぞ!」

「飲むぞ!」

「女ぁー!」

 愛すべき馬鹿どもがそれぞれの気合の言葉を放ち、勢いよく荷物を降ろしていく。その光景を満足げに大ゲイブは眺めていた。

「そういえばあの2人を乗せたのもこのフロントでしたっけ」

 大ゲイブの右腕、現在の副船長の言葉に耳を傾ける。

 今から1週間ほど前だろうか、風変わりな客人を自らの船に招いたことを大ゲイブは思い出した。

 見るからに訳ありな2人組だった。容姿の整っている少年と少女。彼らはアーシアンだと言っていたが、長年宇宙に住んでいるだろうことはすぐに察せられた。

 ハンスの奴がスペーシアンとのトラブルで地球に帰る2人組だと説明していたが、また随分と雑な説明だったように思う。

 ただ大ゲイブは何も言わなかった。ハンスは胡散臭いが信用の置ける友人だ。その友人が頼むのだから、しかるべき場所へ送り届けるのは当然の事だった。

「なかなかいい子達だったな。ハンスの奴とはえらい違いだぁ」

「…ハンスさんをくさせるのはあなたとあなたの甥っ子さんくらいですよ。それにしても、男の子の方は綺麗な顔をしていたのに、それを鼻にかける事無くよく働いてくれましたねぇ。出来た子でしたよ、ほんと」

「それには同意だが、嬢ちゃんの方も可愛らしくていい子だったろ。他の船員ならいざ知らず、オメェはきちんと対面したろうが」

「チラッとだけですよ。あの女の子本当に大人しくしてたから。…まぁ言いつけを守るいい子でしたね。風呂もないのによく我慢してくれたなって感心しましたよ。可愛らしかったのは同意です」

「なんだ、ロリコンかぁ?」

「あんたが言ったんでしょ!」

 ぷりぷりと怒る副船長にくっくっと笑っていると、荷物が降ろし終わったようだった。

 大ゲイブは笑顔の船員たちに対して頷くと、副船長に後を任せることにしてゆっくりと船を降りていった。

 こうして船の乗り降りをするのも、あと何回できるだろうか。

 最近は体力も衰えた。頭も少し鈍っているように感じる。何よりひよっこだった船員がみな立派に育ってきていた。

 ・・・もうそろそろ引退してもいい頃合いだった。

 賑やかな港を歩いていく。たまに馴染みと顔を合わせるのですれ違い様に挨拶したり、短く会話をしたりして目的地へと向かって行く。

 少しくらい遅れた方が、あいつらも遠慮なく悪だくみできるだろう。


「おおい、来たぞぉ。ハンス、リトル」

「あ、おじさん。いらっしゃい。今ちょうどあの2人の事話してたんだよ」

「よぅおやっさん、ちょっと聞いてくれよ。あの2人をゲイブの奴が気に入っちまってな。会計係として雇えばよかったとか今さら言いやがるんだ。もう遅いっての」

 馴染みの店へ入っていく。年の離れた友人と甥は、ちょうどあの少年少女の事を話題にしていたらしい。

 聞けば随分とお節介をしたようで、色々と品物や情報を渡したのだという。

「そういえばおじさん、随分と懐かれてたよね。何かしてあげたの?」

「何にもしやしねえよ。ただ離れたところから見守って、いい所は褒めてやっただけだ」

 世話係も副船長にすべて任せた。大ゲイブはあの船を降りるまで、ほとんどあの少年少女に接触する事はせず、ただ見守るだけに留めていた。

 手ずから世話をしてやろうとは思わなかった。子供は環境と人さえ整えてやれば勝手に育つモノだからだ。

 船員と言う名の子供たちを何十人と育て上げた自分が言うのだから、間違いはない。

 あの少年と少女も、船に乗り込んだ時と違って別れる時は随分とリラックスした様子だった。

 構いたがりの甥っ子との間に自分を挟んだのは、よい判断だったと言えるだろう。

「今頃あの2人は地球のどこら辺を彷徨ってるのかなぁ」

「なんだぁ、あの2人は実家に帰るって話じゃなかったか?ん?勘違いか、はたまた何か変な話でも吹き込んだか、どっちだリトル」

「あ、あー…。そうだったね。いや、あの2人には色んな地域の話をしたから、旅行でもしてるかもねって話だよおじさん!」

「おやっさんあんまり苛めてやるなよ」

 くっくっくっ、と喉を鳴らす。

 どちらにしても、一時の止まり木としての自分の役目は果たしたと言える。もう会うことはないだろうが、元気でやっていればそれでいい。

 大ゲイブは宇宙も船も好きだった。それ以外に生き方を知らないと言うのもあった。

 けれどこの年まで船乗を続けている一番の理由は。

「あんまりお節介が過ぎると、子供は大きくなれねぇぞぉ?」


 育てた子供たちが成長した姿を見ることが、何より幸福な気持ちになれるからだった。






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