歌姫vs.旱害 第二楽章
麦わらの一味と大看板の戦いは続いている。途中、謎の桃色の龍がルフィと共に鬼ヶ島中を駆け巡るトラブルがあったものの、対大看板との戦線に影響はない。
だがそこへ突如強力な斬撃が飛び交う。マスクを傷つけられた事によりブチ切れモードとなったキングが無差別攻撃を始めたのだ。それを受け大きく飛ばされたゾロはキングの猛追を食らい鬼ヶ島の外へと吹き飛ばされる。
さらにはサンジまでもライブフロアから離れていく。"ブラキオ蛇ウルス"を食らい首に剣を受けても死ななかった鋼の男が遊郭のある方面へとクイーンを連れ消えていく。
これでライブフロアに残ったのはウタとジャックの2人だけ。互いに自分達の仲間から横槍を入れられる可能性が無くなり正真正銘の一対一で両者は激突する運びとなった。
「ハァ……あれ?ゾロは?サンジもいない……どこ行っちゃったんだろ」
「あいつらが心配か?無理もない…あんな若造共に兄御達がやられるはずもねェ!!」
「どうかな、あの2人結構やるよ?それにあんたも油断してると足元掬われるよ!?"新時代"を作るためにもあんただけは私の手で決着をつける!!それに"ゾウ"の皆にした事、忘れたとは言わせないよ!!!」
そう言い切るとウタは一度ジャックから距離を置き、地面を蹴り出し背中のジェット機からも勢いよく音符のエネルギーを噴出しジャックへ突撃する。
「"魔王の行進曲(エルケーニッヒマーチ)・夜想曲(ノクターン)"!!! 」
だがその突撃をジャックを十字に構えた刀で受け止め、はじき返す。負けじとウタは突撃した勢いそのままに斬りかかるがその所作にジャックはニヤリとその瞳に笑みを宿す。
「お前の戦い方はここまでの打ち合いで既に……見切っている!!!」
「!!?」
直後、ジャックの振り下ろした刀に自分の体より前に突き出していた槍と盾を絡め取られて手元を離れてしまう。離れた槍と盾はそのままジャックが刀を振り下ろしたことでその刀が地面に深く突き刺さり、それに巻き込まれる形となり槍と盾は容易に取り出す事が出来ない状態となってしまった。
「ウソ!!?ヒポグリフが!!」
「武器さえ取り上げちまえばお前は無力だ!!!"牙象(マンモス)"…」
刀を地面に突き刺してすぐにマンモスへと変化したジャックはパオオォン!!と雄叫びを上げ前足を天高く掲げ、踏みおろす。
「"圧縮(プレス)"!!!」
ズドォン!と踏みおろされた前足はライブフロアの地面にヒビを入れ窪ませた。だがそこにウタの姿はない。直撃するすんでのところでジェット機によって空へと飛び上がり逃げていたのだ。
「残念!!私の武器はその槍と盾だけじゃないのよ!!この機動力も私の武器、そんな巨体じゃここにいる私に手も足も出せないでしょ!?」
空中に浮遊しながら挑発するかのようにその場で回ってみせたりもするウタであったが、その内心には焦りもあった。さてどうやってヒポグリフを取り返そうか…ととりあえず空中に浮いてるうちは早々手は出されないと高を括って思案するウタだったがジャックはニヤリとする口元をその大きな鼻で隠しながら話し出す。
「"手"も"足"も……か。確かにおれにはそこにいるお前に"手"も"足"も出せねェ……だがこいつなら届くんじゃねェか!!?」
そう言うとジャックはその場でしゃがみこみ鼻をグーンと先まで真っ直ぐに伸ばすとその先っぽをウタの方へと向ける。まるで照準を合わせるかのように鼻を向けられ困惑するウタをよそにジャックは言葉を続ける。
「お前に見せてやろう……!!太古の時代を踏みならし続けたマンモスの力を!!!」
「出たぞ!!ジャック様の"象牙の構え"!!」
「!!何するつもり…!?」
ジャックの部下が"象牙の構え"と表したその姿に移ってから、象牙がプルプルと震えだしジャックの目がカッと見開く。
「"牙象曲砲撃(マンモスタスクキャノン)"!!!」
「は!!?うわ!!!」
なんとジャックの象牙がミサイルの如くとてつもない速度でウタ目がけて射出されるばかりか、それをギリギリで躱したウタの背後にあった塔の壁に突き刺された瞬間ドカァン!と爆発したのだ。そして爆発によって吹き飛ばされた壁が瓦礫となりその付近にいた侍達やジャックにとって味方であるはずの百獣海賊団らへも降り注がれる。
「うわあああ塔が崩落するー!!!」
「ジャック様ァ!!おれ達味方だぜェ!!?」
「そこにいる方が悪い……」
味方への気遣いなど一切ないジャックはそう言い捨てると空から地上へ降りてきた、否、落ちてきた小娘を見据える。先程の砲撃を避けた勢いでウタは地上まで落ちてきてしまったのだ。なんて破壊力…!と崩落する塔の壁に目を少しやり、目の前の敵をキッと睨む。
「牙があんな風に飛ぶだなんて……空中にいて距離も取ったのに………!!」
「フン!知らねェのか……マンモスはその巨体で足の速い獲物を直接潰すのは容易じゃあない。ゆえにこうして牙を射出することで追い仕留めていたんだ!!」
「そうだったんだ!!くそォ…!!なんて厄介な!!!」
「距離を取れば安全だと思ったか!?だがマンモスの底力はこんなものじゃねェ!!!」
するとジャックは地面に鼻を這わせると、転がっている瓦礫ごと大きく息を吸い込む。そして瓦礫によって膨れ上がった鼻の先をウタに向けるとニィッと笑う。
「まさか…!!」
「そのまさかだ……が、一つ忠告しておこう。お前が避ければ後ろにいる侍の連中がまた瓦礫を浴びることになるだろうな」
ジャックの言う通り、ウタの後ろには侍達がいる。そしてそれを突破しジャックの加勢に向かおうとする百獣海賊団も。先ほどのものは事故だと言い訳できるが今度のはあからさまに味方すらも巻き込むことをよしとした攻撃だ。その悪逆非道さにウタはその整った顔立ちを歪ませる。
「なんてことを……!!あんたの味方も大勢いるのに!!!」
「構わねェ!!そもそもこの乱戦で流れ弾に当たる奴が悪ィのさ!!!食らえ!!!」
「……ッ!!"元気に動く装飾曲(アニマートアラベスク)"!!!」
「うわっ!!なんだこれ甲冑!?」
ジャックの放つ瓦礫の射線上に入っている侍達に甲冑を纏わせ自身にも体を覆い尽くすほどの大盾を生み出し装備するウタ。そこへジャックの砲撃が発射される。
「"牙象息吹(マンモスブレス)"!!!」
「───ッ!!重い……!!!」
ドガガガガガガ!!と横殴りに襲い来る瓦礫の豪雨。それはウタの構える大盾だけでなくその後ろにいる侍達にも襲いかかる。うわァ!いてェ!とは言うがウタの生み出した甲冑が消滅する代わりに1人として倒れる者はいなかった。
「大丈夫かお前ら!?」
「あ…あァ……おウタさんの出してくれた甲冑のおかげでなんとかな…」
「ジャックの野郎味方ごとやるつもりなのか!?おウタさーん!!おれ達に構わずジャックをぶっ倒してくれー!!!」
「みんな……!!無事でよかった」
多少の怪我はありつつも自分の出した甲冑が侍達を守ったことに安堵するウタ。だがそこへジャックの追撃が入る。
「"牙象曲砲撃(マンモスタスクキャノン)"!!!」
「うわァ!!!」
『おウタさーん!!!』
大盾を構えていたことで致命傷は免れたもののウタは大きく吹き飛ばされ大盾は木っ端微塵に砕け散ってしまう。
「ウゥ……なんで牙がまた…?」
「射出できる牙が既に放ったあの2発だけだと誰が言った?抜ければまた生やし直す。当然だろう!?」ニョキ!!
そう言うと恐らく先ほどのものと同じ原理で生やしたであろう牙を再びジャックは生やし、さらに続ける。
「そしてこの生え変わる牙はただ飛ばすだけが能じゃねェ…"牙象曲剣(マンモスタスクサーベル)"!!!」グサッ!!
勢いよく牙を地面に突き刺したかと思ったらまたもその牙を自分から抜き取るジャック。牙は地面に深く突き刺さり堂々と立っている。
「こうすりゃまた人型に戻った時に武器として扱える。便利なもんだろう?ハァ……だが少々生やしすぎた。もう出せねェか……おい!!"アレ"持ってこい!!」
持ってこいとジャックが命令を下したのはお玉の家来となっていない昆虫の羽の生えたギフターズだ。"アレ"とはなんだろうと頭にハテナを浮かべるウタを気にも留めず、すぐに持ってきたギフターズはジャックへそれを投げ渡す。
瓶のような形をしたそれには「MILK」とだけ書かれていた。
「ジャック様!!こいつをどうぞ!!」
「おお…こいつでまた……」ゴクゴクゴク…!!
「え?え??なにしてんの!?」
「フゥ…!!さァ我が牙よ!再びその姿を表せ!!!」ニョキ!!!
「ええええ!!?牙ってそんな…牛乳飲んで生えるものなの!?マンモスってそんなことも出来るの!!?」
「違う」
「違うの!?」
牛乳飲んで牙復活。牙射出に引けをとらない強烈な出来事にウタは目を丸くし驚くがジャックはなんでもないかのように言葉を返す。
「てめェも一端の海賊ならば知ってるはずだ、"生命帰還"という技術を。こいつはその応用だ」
「"生命帰還"…そういえばホンゴウさんが前にそれで歯をどうとか言ってたような………は!いけないいけない!!何相手のペースに乗せられてんの私!!しっかりしろ!!!」
牙の射出や生え変わりにその再生術と、ここまでジャックのペースに乗せられまくっていた自分に気づいたウタはパンパンと頬を叩き奮起する。とにかく今から自分のペースに持っていくためには取られてしまった愛槍ヒポグリフを取り戻さねばならない。そう決意したウタは取り上げられた武器の1つである盾を音符状に分解し手元へ招き寄せ、再び盾の形へと再生させる。
「よォし!!とにかくこっから反撃するよ!!!」
「ほォ…能力で生み出した物ならばそんなこともできるのか。なら……これはまた武器として使わせてもらおう」
再び人型に戻ったジャックが盾を抑えていた刀を抜き、ヒポグリフを抑えているもう片方の刀の前に立ち塞がる。
「む…そこどいてよ!!私の槍返して!!」
「返すわけにはいかねェ、来るなら来い!!返り討ちにしてやる!!!」
「やれるものなら…やってみなよ!!!」
両手で盾を持ち突進するウタ。それに対抗しようとジャックは右手に持った刀を振りかぶる。
「"絡繰"…!!"投擲刀(とうごうとう)"!!」ビュッ!!
投擲刀と呼んだその刀を投げ飛ばすが、ウタはそれを持ち前の機動力でヒラリと躱しそのまま2本の象牙を手に取ったジャックに向かい、盾と2本の象牙が激突する。
「盾バージョン…"急速な追奏曲(プレストカノン)"!!!」
ガキィン!!!
「くゥゥゥ…!!このォ……!!!」
「無駄だ!!パワー勝負でおれに勝てるか!!!」
「…まだまだァ!!!」
一発でもダメなら何発でもと盾を叩きつけるが、ジャックには届かない。
「見た目に依らず根性バカか…!!そんな戦り方じゃあおれは倒せねェ!!それにお前はもうすぐおれの前に跪くことになる」
「!?どういう意味それ!!」
「今に分かる!!!」
抑えつけるように上からウタに向けて体重を傾けるジャック。そんな鍔迫り合いのようなものを演じている2人の元へシャーッと風を斬るような音が聞こえてくる。先ほどジャックが投げた"絡繰投擲刀"が戻ってきたのだ。背後に迫る刀を躱そうとするウタをジャックはより力と体重を傾けて抑え込む。自慢の機動力も奪われ為す術なくその場に留まることを余儀なくされたウタの足へ向けて刀が斬りかかる。
「ああ!!!」
ウタの足にも鎧が装着されていることで切断は免れたが、その鎧を斬り砕くほどの破壊力はウタの足に手痛いダメージを負わせることとなる。そして特に傷ついた右足を庇うように膝をつき跪くとジャックが2本の象牙を振り上げる。
「おれの作戦勝ちだな。とっとと沈め!!!」
そう言って象牙を振り下ろそうとした瞬間、ウタが不敵な笑みを浮かべる。
「"作戦勝ち"……か。それは……こっちのセリフだよ!!!あんたに接近したのは、ヒポグリフに近づくため!!近くに寄らないとこの技は出来ないから……!!」
「……!!!てめェまさか…!!」
「今さら気付いても遅いよ!!」
ウタの狙いに勘づきジャックは後ろへ振り返ろうとしたが既に手遅れ。回転しながら勢いよく飛んできたヒポグリフがその背中に刺さり、そして。
「グフッ!?」
「さァ戻ってきて…ヒポグリフ!!"魔王の行進曲(エルケーニッヒマーチ)・後奏曲(ポストリュード)"!!!」
「ぐおおおおお!!!」
凄まじい勢いで回転しジャックの背中をズタズタにした後、ウタの愛槍ヒポグリフは彼女の手に収まる。だがこの好機を逃がすまいとさらなる追撃をかけるために地を蹴り飛び上がる。
「"魔王の行進曲(エルケーニッヒマーチ)"……"追想曲(リコルダンツァ)"!!!」
「ぐわあァ〜〜!!!」
ウタの放った交錯する斬撃はジャックの胸元を重点的に斬りつける。そのままジャックの頭上を超えスタンとその後ろへ降り立ち、振り向き様に己に喝を入れるために宣言する。
「さァ"新時代"を作るために!!次の曲行くよ!!!」
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ウタの強烈な連撃によりガクンと膝をつきうなだれるジャック。その口元からは彼の愛用している鋼鉄のマスクがガチャリと音を立てて外れ、地に落ちる。そしてようやく立ち上がり振り向いたその顔にウタは「あ」と少し驚いたような表情を見せる。
「その口……!!あんたもしかして」
「鋭いな………いかにも、おれには魚人の血が流れている。タマカイという種類のな……意外だったか?」
「まァ…あんまり魚人っぽい見た目じゃなかったし。でもこれで謎が1つ解けたよ…!"ゾウ"に叩きのめされて海に落ちたはずのあんたがなんで生きてたのか」
「過去の話だくだらねェ。それよりも、おれは少しお前を舐めてたようだ…!!思ってたよりかは骨がある……こっからは」
そう言いながらジャックが再びマンモスの姿に変身を始める。だがその姿は少しマンモスとは出で立ちが違うようだ。基本的にはマンモスの姿ではあるが正面からはジャックの体にマンモスの鼻と牙が発現し、腕も残されたままだ。
「出し惜しみはなしだ!!」
「それがあんたの人獣型ってわけ…?中々面白い変形するじゃん!!」
人獣型へと変身を遂げ全力でウタを潰しにかかるジャック。そんなジャックの猛攻を捌きながらウタは思案する。
(動物系古代種に加えて魚人の血か……通りでタフなわけだよ…!!さすがにこれじゃあ間に合わないな)
そしてジャックの剣戟の僅かな隙をつき猛攻を逃れたウタは近くで観戦しているベビジジーと成り果てたチョッパーへ頼み事をする。
「チョッパー!!そろそろモタなくなってきちゃったから"アレ"ちょうだい!!」
「おー……"アレ"じゃな?今渡すぞ!少し待つんじゃ!!」
時遡り、ゾウ───────
そこでは毒ガスにやられたミンク族達の為の治療薬を製薬する合間を縫ってチョッパーがシーザーの指示のもと集めた薬を配合しランブルボールの改良に努めていた。
「シュロロロ!やっとできたか!新型ランブルボール!!たぬきにしちゃ上出来だ!!」
「たぬきじゃねェ!!」
「う〜ん……おはようチョッパー……何してるの?」
「ウタ!起こしちまったか!?ゴメンなこのバカのせいで…」
「バカ!?天才であるおれ様に向かってバカだと!!?」
やいのやいのと喧嘩をする2人に対して目元をこすり寝起きだからやめて欲しいと伝えるウタに対してシーザーがシュロロロと声をかける。
「にしてもおめェまーたミンク族の奴らのために能力を使って歌いやがったのか?その度てめェが寝てちゃあ世話ねェな……」
「仕方ないでしょ、傷ついた体は治せても心はそう簡単に治せない。国が崩壊して傷ついたみんなの心を私が癒してあげないと…!ジャックめ……!!もし会えたら私が絶対ぶっ飛ばしてやる!!」
ゾウの上に建つ千年以上の歴史を持つモコモ公国、それを数で押し寄せ破壊し、挙句の果てに毒ガスを使用し全滅寸前まで追い込んだジャックへの怒りを滲ませるウタ。だがそんな威勢を張るのは結構だがとシーザーは反論する。
「ミンク族の連中の話をちゃんと聞いたのか?ジャックの野郎、この国を10日間も暴れ続けたって話じゃねェか!!!2、3曲歌って眠くなるようなお前じゃあ到底敵わねェなァ……!?」
「それはウタワールドに引き込んだらの話!!鎧纏ったり五線譜出したりならもっと戦えるもん!!!」
「だとしても長くはモタねェだろ?シュロロロ……おれも少し退屈してきたところだ。おいたぬき!おれのいう薬品を揃えろ!別のヤツを作るぞ!!」
性懲りも無く自分の事をたぬきと呼ぶことに怒りを見せるチョッパーだったが、すぐに落ち着きを取り戻し別のヤツとはなんだと問う。
「シュロロロロ…一言で言やァ"不眠薬"!!乱用すれば命に関わるが……その命!賭ける覚悟はあるよなァ"歌姫"…?」
──────────────
そうして作られたシーザー協力のもとチョッパーが製薬した"不眠薬"は一粒飲めばたちまち眠気が吹き飛び約6時間はその効果が持続するという。だがそれはあくまで平均的なものであり、ウタウタの能力のように別の要素から眠気が発生した場合はその効果時間は減少してしまう。どれだけ減少するかは能力の使用量によるが、あまり過剰に期待するものではないのは事前に試し飲みして把握している。
この薬の利点は副作用と言えるものが服用後、効果が切れた段階で猛烈な眠気に襲われることしかないということと、体に限界が来るまではいくら服用しても体に害はないという点だ。事前にチョッパーが調べた際、ウタの耐久値は十粒までであることが判明している。それ以上先は脳や臓器に何らかの障害をもたらすらしく、最悪の場合死に至るそうだ。それでも1秒でも長く戦いたければ耐久値以上に飲め!とシーザーに煽られた際に殴り飛ばしたことはここだけの話だ。
とにかくそんな不眠薬をゴソゴソとミヤギのバッグから取り出したチョッパーはウタにこれじゃなー!と声をかける。だがそんな2人のやり取りを見逃すジャックではなかった。
「おい野郎共!!そこにいるチビたぬきをやれ!!何か妙なものを取り出しやがった!!そいつを潰せ!!!」
「了解ですぜ!!ジャック様!!!」
「わー!!こっちに来るでないー!!ウター!!助けてはくれぬかー!!!」
「チョッパー!!」
チョッパーを助けようとするが当然ジャックがそれを許さない。お前はそこでお仲間が殺されるところを眺めていろと言われ、為す術なくチョッパー達がやられてしまうかと思われたその時。
「"犬斬威矢(イヌスパイヤー)"!!!」
『ぎゃあああ!!!』
颯爽と現れたイヌアラシが百獣海賊団らをその鋭い剣足の一撃で蹴散らしチョッパー達を救う。
「公爵様!!ああなんとお礼を言ったら……」
「気にするでないミヤギよ。して…チョパえもん殿、この薬を彼女に渡せば良いのだな?」
「おお……すまぬ、任せても良いじゃろうか?如何せんこの体ではウタへ投げ渡すのも難しいからのう……」
そうしてチョッパーから不眠薬を渡されたイヌアラシはウタの元へ投げ渡すタイミングを見計らっていた。それに気付いたウタはジャックから距離を取る。
「"ペンタグランマ"!!!イヌアラシさーん!!それ、ちょうだい!!!」
「うむ!受け取れ!!」
「ぬう!?ちっ!五線譜の壁か…!?おのれ昼の王!!余計な真似を……!!」
イヌアラシから投げ渡された薬を受け取るとすぐさま一粒飲み、ウタの目が見開かれる。先ほどまであった眠気が嘘だったかのように思考も、体の動きも覚醒する。そして五線譜の壁を破り目の前に立ちはだかるジャックを前にその両の足を地につける。
「さァ!!ここからどんどん盛り上げていくよ!!!"魔王歌音階(エルケーニッヒスケール)・7(セプテット)"!!!」
不眠薬の効果により能力をさらに解放しても一時的にではあるがすぐにダウンすることが無くなったウタはさらに魔王の力を引き出し、その槍にエネルギーを充填させる。ジャックも負けじと刀に覇気を、そして鼻も牙にも覇気を纏わせウタへ突進し両者の技がぶつかり合う。
「"魔王の行進曲(エルケーニッヒマーチ)・幻想曲(ファンタジア)"!!!」
「"牙象暴走列車(マンモスタスクトレイン)"!!!」
激しい技のぶつかり合いは、周囲の人間や瓦礫を吹き飛ばしかねないほどの衝撃波を発生させる。互角のぶつかり合いとなり互いに1歩後ろへ下がるウタとジャック。そこへとてつもない衝撃音が鳴り響く。
「"威国"!!!」
鬼ヶ島城内で戦っていたキッド・ローとビッグ・マムだ。だがそこで行われたのは怪物の蹂躙ではなく新世代達による猛反撃であった。その反撃に一度は倒れたビッグ・マムも己の寿命を削り巨大化し、生意気なガキ達を一端の海賊と認めぶつかり合う。ウタとジャックに加え、キッド・ローとビッグ・マムまで降り立ちライブフロアはより地獄絵図へとその姿を変えていく。
「ただでさえ大きいのにさらに巨大化だなんて……!!!早くあの2人のとこに加勢しないと…!!」
「お前の相手はおれだろう!?それにあそこへ加勢すんのはおれの方さ!!」
そんな地獄の中でジャックにとある作戦が過ぎる。悪魔的かつ無慈悲なその作戦はすぐに実行されてしまう。
「おい"歌姫"!!お前の能力は使えば使うほど体力を奪われ最後は眠っちまうそうだな!?」
「そうだけど……もう眠くはないよ!!この薬があればね!!!」
「そうか……そりゃあ"イイこと"を聞いた……!!!」
そう言うと刀から斬撃を飛ばしウタを後退させ、ジャックはチラリと横へ目をやる。そこにはビッグ・マムの脅威から逃れようとする侍達や百獣海賊団らが集まっていた。ニヤッと不気味な笑みを浮かべるとジャックはその鼻を大きく膨らませ、最も人の多いその場所へ向けて砲撃する。
「"牙像息吹(マンモスブレス)"!!!」
「!?待って!!」
またも周囲で戦う人達へ向けて攻撃するジャックを止めようとウタは叫ぶが間に合わず。だがジャックのその攻撃には瓦礫は含まれておらず、大事には至らないだろうという思いがウタにはあった。その息吹がもたらす惨劇を目にするまでは。
「うわ!!なんだコレ!?」
「腐ったたまごみてェな匂いだ……」
「えっ!!?そ、そんなジャック様!?おれ達何かしましたか!!?おれ達こんな……!!」
「ヴッ…!アアァ…!!」
一人、また一人とジャックの砲撃がなされた場所にいた侍達と百獣海賊団がバタバタと血を吐き倒れていく。その誰もが目を背けたくなるほどの惨劇を目にして最も衝撃を受けたのはイヌアラシであった。
「あの症状……!!!まさか"ゾウ"を襲ったあれか!?」
「惜しいな昼の王……お前達に放ったのは広範囲に散布し時間をかけて息の根を止める"KORO"……だがおれが今放ったのはその"KORO"の致死性を高め、すぐに霧散するようにクイーンの兄御が改造を施した傑作を込めた弾だ…!!!」
「毒ガスだなんて……!!みんな待ってて!!今助けてあげる!!!"強き詠唱曲(フォルテアリア)"!!!」
ジャックへの憤りはあるものの、毒ガスに侵された皆を救おうとウタが駆け寄り、ウタウタの能力により血を吐き苦しむ者達へ敵味方なく平等に、なんとか延命させようと音符を纏わせ力を分け与え続ける。
「大丈夫だよ!!今はこれで耐えてね!!すぐにチョッパーが解毒してくれるから!!!」
「ウタ!!後ろじゃー!!!」
そんなウタの延命措置を嘲るかのように後ろに立つジャックをチョッパーがウタへ知らせるが時すでに遅し。ジャックの渾身の一撃がウタに襲いかかる。
「"完全十象戯(パーフェクトゾウリング)"!!!」
「キャアアア!!!」
マンモスの鼻と2本の刀が交錯する一撃が背中に携えるジェット機ごとウタの背中を切り裂く。その痛みに悶絶するウタであったが、先ほどの延命措置のように自身に音符を纏わせ出血を抑え、ジェット機も復活させる。だがここまでの他者へ与えた延命措置や自身に施した治療により大きくウタウタの能力を消耗したことにより1粒目の薬の効果が切れかかっていた。
「ハァ…ハァ……もう2粒目か……意外とモタないもんだね…」
「随分と息が上がってるが、そろそろおやすみの時間か?」
「そんなわけないでしょ!!"新時代"を作るためにも、まだまだこれから!!チョッパー!!みんなをお願い!!!」
そう言い、既に毒ガスにやられた者達へ治療を施し始めたチョッパーに彼らを託すとウタはジャックへ斬りかかる。
「今は私と戦ってるのに!!どうして周りの人達へ手を出すの!?それも味方にまで!!!」
「それがお前の弱点だからだ!!お前は傷つき倒れる奴らを救えるものなら救わずにはいられねェんだろ!?だったらそれを逆手に取らねェ理由はねェ!!!」
「だとしても!!あんな毒ガスでの無差別攻撃だなんて……!!!」
「何を甘ェこと言ってやがる!!聖者でも相手にしてるつもりか!!?生き残りを賭けた海賊同士の戦いにおいてどんな手段を用いようとも勝ったやつが正しいのさ!!!」
ジャックのその言いぶりに敬愛する副船長の事を思い出すが、彼の発するそれと先ほどのジャックの発言には大きく差があるように感じる。だがそれを否定するには勝つしかない。そう思いウタはジャックの懐へ踏み込む。
「だったら……!!私が勝ってあんたは間違ってるって証明してやる!!"魔王の行進曲(エルケーニッヒマーチ)・円舞曲(ワルツ)"!!!」
「"牙象剛毛(マンモスニードル)"!!!」
ウタの攻撃はマンモスの毛を針のように固め鋼鉄の如き硬さを得たジャックには届かない。そこへ降りかかってきた覇気を纏ったマンモスの鼻によりウタは大きく吹き飛ばされる。そしてジャックはその振り抜いた鼻を天高く掲げるとグルングルンと回転させながら空気を吸い上げる。
「"牙象吸引(マンモスドレイン)"!!!」
そして空気と共に周囲の瓦礫ばかりか侍達や百獣海賊団の持つ武器までも吸い上げてしまう。そして自身の体ほどに大きく膨れ上がったマンモスの鼻を掲げたまま、ウタに話しかける。
「さて……おれは今からコイツをさっきみてェに振り回しながら瓦礫やらなんやらを吐き出すつもりだが……?」
「……ッ!!この……!!!"元気に動く装飾曲(アニマートアラベスク)"!!!」
「バカが……"牙象回転息吹(マンモスローリングブレス)"!!!」
ジャックの攻撃が及ぶであろう範囲にいる者達へ鎧や甲冑を身に纏わせ、味方はおろか敵までもをジャックの横暴から守るウタ。だがそのために大きく体力を消耗し、2粒目の薬の効果が切れてしまった。これじゃ足りないと一気に2粒を飲み干し眠気を吹き飛ばすウタ。
そんな彼女を見てやはりこの攻撃は非常に有効だとジャックはさらに周囲の者への広範囲攻撃を続ける。イヌアラシや河松らもジャックの範囲攻撃から皆を守ろうと動くが手が足りず、その残りの部分がウタへの負担としてのしかかる。
そんな攻防が続き、とうとうウタの摂取した不眠薬が9粒目を超える。残り1粒…このままではまずいと逡巡し生まれた隙をジャックは見逃さない。
「そろそろ限界か!?"牙象暴走列車(マンモスタスクトレイン)"!!!」
「!!!」