欠落
突然増えた足音に振り向く。後ろの正面には今来た道が街灯に照らされぼんやりと浮き上がりながら続いているばかり。はて、と目線を下せば、そこには桃色のふわふわした何かが居た。ボタンの目、手足の縫い目から少しばかり覗く白い綿。一度目頭を抑えてみてから、もう一度見る。間違いない。俺の目の前には、ぬいぐるみが立っていた。
「で、連れて帰ってきたんですか」
「しかたねぇだろ、走ろうが砂になろうがピッタリついてきやがるんだ」
じとりと責めるような部下の目線を遮るようにコートを投げる。実際バカなことをした。気味が悪いと早々に砂に還してやっても良かったし、普段の俺であればそうしていただろう。ヤキが回ったのか、知らないうちにそこまで疲れていたのかと、椅子に座ってため息をつく俺をよそに、元凶は窓枠に飛び乗ってきゃっきゃと遊んでいるようだ。まあ、万が一此方を害すると言うのなら受けて立つぐらいの元気はある。
見れば見るほど不思議な生き物だ。おそらくモチーフはラクダだろうぬいぐるみはその上から桃色の毛皮をかぶり、肩(?)にかけるように渡されたリボンで、裁縫に使うような鋏をくくりつけている。そんな動きにくそうな格好をしておいて、こいつはよく動く。振り切ろうと街中を飛んでも、降り立った地点にいるのだから驚いた。少々不気味だが、手懐ければ面白いことになりそうだと思ったのも確かである。
何か食うのか聞いてみるか、と窓を見れば、先程のはしゃぎぶりはどこへやら、窓の外を眺めているようだった。その立ち姿に何故だかざわついたものを感じて、呼びかけようとした言葉の代わりに情けない呼気だけが溢れた。
無駄な力が入っていない少し開かれた脚が。ステッキのように持たれた鋏が。こちらの気配を感じ取ったのか、振り向いた時に一度首を傾げる仕草が。
何故だか酷く寂しいのだ。