『樹林にて』1/2
「ゼェ…コホッ…ゲホッ…」
ふらつく体を奮い立たせながら、ウタが歩む。
自分の肩に支えられ足を引きずる最愛の幼馴染は、体を痙攣させ咳き込むが未だに顔を上げない。
「フッ…ヒグ……」
静かにどうしようもない感情を瞳から流しながら、ウタは進む。
ルフィの命は、刻一刻と小さくなりつつあった。
〜〜
何故こうなったのか。
ウタの中で少し前の光景が思い返される。
ある島で、二人は海賊に狙われていた。
数こそ少ないものの、前半の海にしてはその海賊達は手強かった。
微弱ながらも見聞色を駆使して代わる代わる攻めてくるその海賊達を相手に、ルフィはウタを守りつつ戦っていた。
本来、ルフィならそれでも勝てない相手ではなかった。
それでも追い詰められていたのは、木の棒と包帯で固定されていた左手が原因だった。
これより前の海軍、大将黄猿の追撃からの逃走で、ルフィは左手が折れていた。
なんとか固定し、少しずつマシになりつつあるが、完治していないその腕は今後を考えれば無理をさせられなかった。
海賊達は執拗に弱点を狙おうとするが、たとえ負傷していても英雄と呼ばれた男はそれでも粘り、とうとう一人を膝をついた。
海賊達の中にも焦りが出る中、海賊の一人が声を上げた。
「もういい!『あれ』を使え!」
その言葉と共に、後ろの二人が球状の何かを投げた。
それとともに海賊達が何かを取り出しながら去っていく。
何をしたのか、ルフィとウタはすぐには分からなかった。
球状のそれに異変が現れる直前、膝をついて逃げ遅れた男がその場で取り出したのがガスマスクだと、先に気づいたのはルフィだった。
2つの球が炸裂し、紫色の気体が勢いよく周囲に広がる。
ウタがそれに反応するより早く、伸びて男からガスマスクを奪った手がウタの顔にそれを強引につけた。
ようやく状況を察したウタがマスクを取ろうと暴れるも、手は決してそれを許さない。
マスクのゴーグルの一部が、落ちてきたそれで赤く染まった。
やがて気体が晴れていき、視界が元に戻る。
ウタの視界に映ったのは落ちない赤と…震える体でマスクを己の頭に押し付け、血を吐くルフィだった。
声をかけるより先に、ルフィの体が倒れてくる。
「ルフィ…?ルフィ!!」
体を揺するも、返事が返ってこない。
「そんな…」
絶望に包まれ始めたウタの前に、ガスマスクをつけた海賊達が戻ってくる。
足元には、ガスマスクを奪われて既に息絶えた亡骸がある。
「チッ、マスク奪われちまってたか…だが、女の方が生きてんなら好都合だ」
「女は生け捕りのみだからな…これで二人分の金が手に入る」
下劣な笑い声を出しながら迫るそれらに、ウタは後退りすることすら出来ない。
情けなかった。昔の自分なら、きっとなんとかできたはずだった。
今はただ、自分に倒れ込むルフィを庇うように抱くことしか出来ない。
「いやだ…いやだ……」
「…助けて…ルフィ……」
その言葉が届いたのかは分からない。
だが気づけば、先頭にいた男はまっすぐ伸びた拳に倒されていた。
「こいつ、まだ意識が…!!」
「お前ら…ウタに近づくんじゃねェ…」
死にかけの男と思えない瞳孔に、他の男達が怯む。
「……消えろ…!!」
ルフィから、圧倒的な威圧が稲妻のように飛ぶ。
それを浴びた男達が、意識を飛ばし倒れていった。
「…ウタ……大丈夫か……?」
既にウタに絶え絶えな意識を向けたルフィが問いかける。
「うん…それより、ルフィが……!!」
「…そっか…それなら…良かっ─」
その言葉は、最後まで紡がれなかった。
もう一度、ルフィから吐き出された血がウタの服を赤く穢し…
ルフィは、目を開かなかった。
「……ルフィ…?……え……?」
〜〜
「…待っててルフィ……もう少しだけ…」
足を進め、海賊達から離れながらウタが進む。
時々地面の草を手に取りながら、前に足を進める。
「大丈夫…薬草だって分かる…絶対、死なせないから…!!」
止まらない嗚咽とともに出された言葉が、鼓動の弱りつつあるルフィに届いたのか…ウタには分からなかった。
〜〜
「…こいつら、死んではいねェな…覇王色か」
「…キャプテン、こりゃやっぱり…」
「ああ、小型の毒ガス兵器…こいつはやはり」
「キャプテン、こっちにあったよ血痕!!」
「…分かった…時間がなさそうだ、急ぐぞ!!」
to be continued