横須賀聖杯戦争⑱

横須賀聖杯戦争⑱




 横須賀から東の空が薄っすらと白み始めた夜明け前。

 ソレは来た。


「き、

   ひ、

     ひ!」


 全身を黒衣で纏いながらも、何処か艶やかにその姿は煌めいている。

 灼け果て黒く炭化したサッカーコート。

 その中心へとゆっくりとその影は舞い降りた。


「さて。さてさてさてさてさあああああて、と──どれからゆこうか?」


 相貌は黒いヴェールによって隠されており、垣間見えるのはその双眸のみ。

 だが。

 その爛々と光るその眼だけで。


「──ッッッ明ぁ! 嬢ちゃん! すぐこっから離れろ!!」


「同感ですマスター! 直ちにこの場から離脱してください!」


 セイバーとアーチャー。二騎の英霊が即座にマスター達へと撤退を促す。

 だがその言葉を受けて──


「なんじゃ、つれないことを言うでない。ゆっくり近くで見ていけばよかろうよ、っと」


 その黒衣の闖入者は、背を向けて走り出そうとするマスター二人へと指先を振るった。

 次の瞬間。

 蒼き稲光と共に、金色の鉾が顕れ、疾駆する。


「っ! テメェッ!」


「マスター!」


 セイバーとアーチャーがそれを防ごうと駆け出すが、ワンテンポの遅れが既に決定的な時間差となっていた。

 まさに稲妻のような速度で、その鉾はマスター二人を射抜く、というよりも消し飛ばさんと空を切って飛翔する──


「させ、ないっ!」


 そこに白衣を纏った戦乙女が割り込んだ。

 神鉄製の盾を以て、その一撃を防ぐ──


(っ、ダメ。これ、受け切れ、ない…………っ!)


 その威力を真っ向からは止め切れないと判断したランサーは構えた盾の角度を変え、その一撃をなんとか受け流そうとする。


「う、く、ううううう、あぁっ!」


 ランサーはすんでのところでそれを弾き飛ばすことに成功した。


「おー。凌ぎおったか。よしよし、それくらいはしてもらわねばのう」


 それを見た黒衣のナニカは、無邪気でさえある笑い声を上げてみせた。

 だが、ランサーは。


(…………神鉄製の盾が、溶けて抉られてる…………真名解放も無しに…………あの槍、ただの宝具じゃない)


 父である大神から授かった装備が容易く損傷させられた事実に、ランサー、オルトリンデは戦慄を隠せなかった。


「…………何者だ、テメエ? いきなり降って湧いたかと思えば大暴れしやがって。自己紹介くらいしたらどうだよ」


 目前の存在と向き合いながら魔剣に手をかけつつセイバーは誰何する。


「じこしょーかい、のう? どうでもええじゃろとも思うが、まあ訊かれたなら答えぬ理由もないか。──ランサー。サーヴァント・ランサー。あ、今回のではないぞ。召喚されたのは二十年前じゃ」


「あ? 二十年前だあ?」


「然り。前回の聖杯戦争はまあ色々あってのう。まったくもって碌な結末にならんのが見え見えじゃったから──わえの独断で打ち切った」


 はあーあ、と肩を落として嘆息して見せる謎のランサー。


「で、仕切り直して今回の聖杯戦争を始めることにしたわけじゃが──じゃ、が! 大変だったんじゃぞお…………聖杯の移築やら、それに伴う霊脈の調整やら、何よりあの泥の始末は如何にしたものかとわえと言えど頭を捻ったものじゃ。ま、貴様らの奮闘もあって一応なんとかなったようじゃがの。まったく何ゆえわえが魔術師どもの尻拭いをせねばならんのやら…………」


  不満を隠そうともせずに愚痴をこぼすその様子を眺めても、当然周りの三騎にはほとんどその意味は伝わらない。

 問題は──


「何故その前回のランサーが、我々を襲撃してるのか、ということですが」


「んんーー? 理由、いるかのお。聖杯戦争じゃろ。戦(いくさ)じゃろ。なら相対したものは屠るが常道というものであろうよ。深いことは考えんでよい。ただ、わえを越えねば聖杯は手に出来んぞ、というそれだけの話よ」


 アーチャーの問いにすげなく答えつつ、黒きランサーは金色の鉾──金剛杵(ヴァジュラ)を再びその手に現した。


「そら、構えよ──抗わねば、滅びるのみじゃぞ?」


 そこで黒きランサーは凄絶な──しかし何処か無邪気な笑みを浮かべ、躍動した。


「そぉれえ!」


「チッ…………!」


 踊りかかってくる黒きランサーの前に出てそれを受け止めるセイバー。

 しかし。


「おっも…………!」


「貴様が軽いんじゃろが」


 金剛杵による一撃はセイバーを容易く弾き飛ばし後退させる。


「ふっ…………!」


 だがそれにより黒きランサーの勢いが衰えた瞬間を逃さず、アーチャーが不可視の矢を撃ち込む。

 それを。


「んお? 変わった矢もあるものじゃのう」


 黒きランサーは、嗤って潜り抜けていった。


「躱した…………初見で。見えているのか、私の矢がっ…………!」


「躱してなどおらんわ。ちょっと掠ったぞ」


 くつくつと笑みを噛み殺すランサーの顔を覆うヴェールがハラリと裂かれて落ちる。


「はあぁっ!」


 そこにランサー、ワルキューレが空中から両手で槍を構えて突撃。

 猛然とした勢いを伴ったその一突きは、黒きランサーの顔面を捉えた。


「──ふぁふぁあ、ふぉれはふぁんとも」


「なっ………!?」


 ランサーの神槍によるその一突きを、黒きランサーは噛みついて押し留める。


「んんんん、じぇえい!」


「く、ふぅっ…………!」


 その槍に噛みついて固定したまま、身体全体を横に一回転させる黒きランサー。

 すると、その背から伸びていた黒い尾が、ワルキューレの身体を横薙ぎに叩きのめす。


「──きひっ。お主の槍も神、それも神々の中でも主たるものが振るった代物じゃな? ある意味ではわえとおそろいということになるのう。ま、お主のそれはちとだうんぐれーどされとるようじゃがの。贋作(ぱちもん)というやつか? ん?」


「あなた…………その尾は…………」


 一撃を受けた脇腹を抱えながら、ゆらゆらと揺れる黒きランサーの背後の尾をワルキューレは見据える。


「…………マジかよ、くっそ」


「反英霊であることは一目見て察せられましたが。…………ずいぶんな幻想種が出てきたものです」


 セイバーとアーチャーの二騎もまた思わず顔を顰めていた。

 ただ呼吸をするだけで迸る圧倒的な魔力と、それによる暴力的なまでの戦闘力。

 それは紛れもなく、幻想種の頂点たる存在の証である。

 そしてランサー、ワルキューレは目前の存在をなんと呼ぶのかをよく知っていた。





「…………悪竜(ドラッヘン)…………!」



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