槿花一日の栄
ロレ公が好き。いつも車道側を歩いてくれる優しいところが好き。
ロレ公が好き。いつもポジティブで寄り添ってくれるところが好き。
ロレ公が好き。僕がヒスっても笑い飛ばして何でもことにしてくるところが好き。
ロレ公が好き。
ロレンツォ、キミのことが好き。
今って僕の人生の絶頂期なのかもしれないな。
好きな人と付き合えて、初エッチも済ませて、一緒のお家に住んで。
夢みたい。いや全部夢なのかもしれない。
じゃあ今目の前にある肉塊も夢だろ。
今日は僕の誕生日だから、デートをすることになって出かけようとしたんです。
誕生日プレゼントも朝一番に貰って。
祝いの言葉も朝一番に賜って。
バースデーソングはケーキの時までお預けなぁってポヤポヤと笑ってたロレンツォが音程外れまくりな下手くそな歌を歌ってる。車に轢かれてぐちゃぐちゃになった体で文字通り必死に歌ってる。
いつも通り車道側を歩いてくれていたロレ公に急に突き飛ばされて、驚いて見上げようとしたらベチャ!って何かの液体が頬まで飛んできたんです。
数拍置いて気づきました。血だって。
誰の?ロレ公のに決まってるじゃないですか。
どうして?車に轢かれたからですね。
赤ら顔の小太りのおっさん。きっと飲酒運転か何かなのでしょうね。
手足はあらぬ方向に曲がってて。やだなぁゾンビステップにも限度がありますよぉ。
お腹の部分はぐちゃぐちゃで何かのピンクの内臓が見えてて。
でもまだ、そんな状態でも生きているロレ公がハッピーバースデーって言ってくるんです。笑おうと口角をひくつかせてるんです。
好きだから痛々しくて耐えられなくて。
好きだから早く楽にしてあげたくて。
「ねえ!ちゃんと殺してあげてあげましょうよ!!!ねえ!もう一度轢いてくださいよ!足も手もこんな方向に曲がっててさぁ!内臓も潰れてますし、もう助かりませんって!楽に、楽にしてあげてくださいよぉ……!」
そう叫ぶと野次馬から「何言ってるんだお前!そいつを信じてやれよ!」とか「救急車呼びましたから…!」なんて飛んできて。
助からないって本人も僕も分かってるのに悪あがきさせようとしてくる。やめてよ。
「ねす、ぼ」
掠れた声で僕を呼んできたから。
「…なぁに?」
僕の笑った顔が好きって、言ってたから精一杯の笑顔を作って、抱き寄せた。
「ありがと」
そう言って、ゼーハーとマラソンの後のような息でか細い声を上げたあとに息が止まって。
なにがありがとう?なにが?分からない。僕には分からない。教えてくださいよ。
耐えられなくなって口付けして息を吹き込んだ。
耐えられなくてそこら辺に散らばってる腸をお腹の中にもう一度詰めようとした。
ねえ、御伽話ではキスで目覚めるって言いますよね?
ねえ、お腹空きましたよね?
ねえ、誕生日なんですよ僕。ちゃんと歌聞かせてくださいよ。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
僕を愛おしげに見つめてきていたタンザナイトのような目は暗く濁っていて。
僕を可愛がるように毎日毎日名前を呼んでくれてた口は吐血で真っ赤に染まってベタベタしてて。
僕を抱きしめてくれた腕はあらぬ方向に曲がってしまっていて。
僕を受け入れてくれた腰は砕けてぐちゃぐちゃになってて。
サッカー選手として大事な大事な足はどこかに千切れてて。
低体温で、でも確かに温もりのあった体はどんどん硬く冷えていってて。
僕の涙を、ロレンツォの血を、洗い流すような雨が降ってきた。