様の受難

  様の受難


「アスティカシア行ったらホルダー女と知らない女に股間触られたんだけど あそこの治安終わってないか?」

  はぁ、と深くため息をつきながらエランはそういった。今はどうしても愚痴を言いたい気分だった。それくらい不可解で恐怖さえ感じる体験をしたのだ。

  目の前に座るエランの影武者である強化人士4号と5号の反応はないが今この場にはエランたちしかいないため、一応耳を傾けているはずだ。

「なんかいきなり近づいてきたと思ったらまずホルダー女が触ってきて、首傾げたかと思ったら隣にいた青い頭で小さい女がさわってきたんだ」

  思い出すのは数時間前の出来事。エランが一人で出歩いてきたところに突如やってきた二人組、ホルダー女こと水星の魔女スレッタ・マーキュリーとその連れ。エランよりは小さいが女としては高い身長の水星の魔女とは対照的に小柄な、色合いももつ雰囲気も何もかもスレッタ・マーキュリーとは真逆の女。そんな彼女たちがふとエランに向かって近づいてきた。

  何事かと首を傾げるエランににこりと微笑んだスレッタ・マーキュリーは、ためらうことなくエランの股間に腕を伸ばした。突然である、何か言われたわけでもなくまるでそれが当然であるかのように迷いのない手で。

「…!?」

「あ、違いますね」

  声も出せずに驚愕するエランをよそにこてんと可愛らしく首を傾げた彼女は、すっと隣に立つ女に目を向けて何かを促す。それにまさかと思った次の瞬間、女は同じようにエランのそこにふれた。



「は?って思ったわ。しかもこれだけじゃないんだぜ」

  ソファの背もたれにぐでりと力を抜いた身体を預け、エランは天井を見上げため息をついた。

 相変わらず影武者たちから反応はないが、おそらくエラン同様驚愕して声がでないのだろう。話始めた時より少し肌寒くなった部屋の中、エランはそう結論付けて話を進める。

「それで固まってたらよ、その女も首を傾げて二人で顔を見合わせたんだ」

  何が不思議なのか。突如男の股間を触るという理解不能な行動をした二人は視線を合わせたかと思ったら、くるりと振り返りエランに背中を向け何かをこそこそと話し始めた。突然の事に小さな女に合わせ少し身をかがめたスレッタ・マーキュリーの背中をぼんやりと眺めていたが、今思えばその間に逃げればよかった。

「いきなり振り向いたかと思えば、いきなり2人で俺を挟み込んできやがった」

  しばらく話していた2人は、突如振り返ったかと思えばまるで犯罪者を逃がさんとするかのように正面にスレッタ・マーキュリー、背後に連れの女というようにエランを間に挟み込むように移動した。

  そうして、

「いきなり抱え込まれた。新手の圧死狙いかと思った」

  突如ぎゅっと抱き着いてきたのだ。前後からぎゅむぎゅむと。

  傍から見たらおしくらまんじゅうでもしてるようにさえ見れたかもしれない。だがエランからしたら、得体のしれない行動をされただただ恐怖の時間だった。なんせ身動きができない。

「ホルダー女も連れの奴も、ぴったりくっついてくるし……」

  はぁ、とため息をつく。思い出せば思い出すほど恐ろしかった。前方のスレッタ・マーキュリーの熱い身体から伝わる熱も、後ろの謎の女のひんやりとした身体から伝わる熱も、最初のうちは隙間があったはずが気づけばぴたりとはりつかれたことで伝わる二人の柔らかな感触も何もかもが怖かった。本当に怖かった。

「ホルダー女の腕が背中探ってくるなと思ったら、後ろの奴の腕は俺の腹とか胸周りさわんだよ。まさか強盗なのか?とさえ思ったぞ」

  なにかを探るように己の体の上を動き回る小さな掌、どうみても華奢なその指先さえ突如爪を立ててエランを傷つけるのではないかと恐怖を感じた。

「そのうち解放されたと思ったら入れ替わってよ、また同じような事されたんだ」

  ぱっと解放されたと思ったら、2人はくるりといれかわりまたペタペタと身体を触ってきた。今度ははりつかれこそされなかったが、まぁ触られていない場所などないのではないかというくらい触られた。

  そうしてしばらくして、やっと解放された。


「結局あいつら首傾げたまま去ってったよ。意味わからん」

  お前らも気をつけろよ

  と、話をしめようとしてエランは初めてこの部屋を包む異様な空気に気づいた。

  冷房もつけていないのにぞっと寒気がするような、それでいて汗が滲むような緊張感。その空気は目の前の二人から出ていた。

「へぇ……?」

「そんなことが……」

  にこ、と目の前の影武者たちが微笑む。

  その笑顔をみた瞬間、エランは今まで感じたことのないほどの恐怖を覚えた。目の前の二人は最初からの姿勢で席を立ってもいないのに、まるで首元に刃物を突き付けられたかのような死への恐怖。

「な、なんだよ…」

  なんで自分の影武者ごときに怯えなければいけないんだ。エランの理性はそう言っていたが、本能はただただ体を震わせる。下手なことを言えばそれこそ本当に刃物をつきつけられるかもしれない、とあるはずがないのにそんな想像が頭に浮かぶ。

「いや?」

「ただ、」

  そういった瞬間、ごとんと二人の影武者から表情が抜け落ちる。無表情なのに、その眼だけ爛々と鈍く輝いていた。

「「…そういうことするんだねオリジナルは」」

  異口同音にそういった二人は、もうその身体からあふれ出す殺気を隠してはいなかった。


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