端切れ話(楽しいお手伝い)

端切れ話(楽しいお手伝い)


監禁?編

※リクエストSSです




 今日は仕事先である工場の休みの日だ。仕事を始めてから何度目かの休日になるが、だいたいは午前中に掃除などの内向きの用事を済ませ、午後には買い出しなどの外向きの用事を済ませることにしている。

 ただ、この日の外向きの用事は特になかった。昼近くに近所の屋台で食事を買って来たくらいだろうか。

 実はスレッタに内緒で行っている付近への偵察もあらかた終わったタイミングだった。

 更に周辺の様子を確認に行ってもよかったのだが、休日だというのにスレッタを置いたまま出かけるのは少し気が咎める。

 結果として、エランはやる事が無くなってしまった。仕方ないので買って来た昼食を食べてからは部屋で体を休めている。

 あまりに暇なのであらかじめ作ってあった次に向かう土地の候補リストを眺めたり、必要になる書類や物資などの情報を確認していると、ダイニングの方で物音がした。

「………」

 そういえば、もうそろそろ夕方だ。きっとスレッタが夕飯づくりを始めているのだろう。

 いつもならスレッタの邪魔にならないように大人しくしているのだが、この日は何となくダイニングへと足を向けた。

 時間を持て余している自分に対して、2人の食事を作ってくれようとしているスレッタに申し訳ない気分になったからだ。

「あ、エランさん。どうしたんですか」

「いや、物音がしているから気になって。やる事もなくて暇だから、何か手伝えることはないかなって」

 指示をくれれば手伝うよ。そうエランが言うと、スレッタは嬉しそうに笑って場所を半分明け渡してくれた。

「じゃあ野菜の皮むきをお願いできますか?ピーラーなら簡単に剥けますから」

「分かった」

 何個かのジャガイモと刃の付いた道具を渡される。

 以前にメモの絵を参考にして買ってきた道具だが、実際に使うのは初めてだ。ナイフ捌きはともかく包丁さばきにはいまいち自信のないエランでも、これなら簡単に扱えそうである。

 片手にジャガイモ、片手にピーラーを持って、さっそく皮を剥くことにする。

 試しに刃を当てたまま下に滑らすと、シャリ、という音と共に刃と刃の間に皮が浮きあがり、ある程度の長さになると下にポトリと落ちていった。

「………」

 少し面白いかもしれない。

 エランは僅かに自信を付けて、2個目、3個目とどんどん皮を剥いていった。隣ではスレッタが皮を剥いたジャガイモを包丁で丁寧に切っている。

 皮むきを楽しみながらも、エランは何だか懐かしい気持ちになっていた。覚えていないが、もしかしたら小さい頃にはこんな風に母の手伝いをしたこともあったのだろうか。

 思い出を捕まえられないかと頭の中で奮闘していると、気付けばジャガイモは残り1個となっていた。

 最後のジャガイモは今までのものよりも小さくツルンとしている。けれど大分慣れて来たと思ったエランは今まで通り皮を剥こうとして───。

「あ」

 手を滑らせて、ジャガイモの代わりに手のひらを切っていた。

 怪我の範囲はそれほどでもない。深さもそれほどないようだ。けれどけっこうな勢いで血が出てくる。

 それを見て仰天したのはスレッタだ。

「え、エランさん!血が!」

「大丈夫。それほど深くはないよ。放っておけば血も止まるだろうし」

「ダメですよっ!そんな適当じゃ!救急セット持ってきますから!」

「………」

 叱られてしまった。

 エランは逆らうことをせず、大人しく治療を受けることにした。

 とりあえずはスレッタが戻って来るまでの間に、水で傷口を洗浄しておく。

 エランが冷静に対処していると、スレッタが慌てた様子で救急セットを持ってきてくれた。

「エランさんっ!手を出してください!」

「いや、これくらいは自分で…」

「手のひらの怪我なら、人にやってもらった方がいいですよ!」

 頑として譲らないスレッタに押し負けて、エランは大人しく手を差し出した。

「少し大きめの物を貼っておきますね」

 スレッタはいくつか種類がある保護シートから大きいサイズの物を選び、慎重にエランの傷口に貼っていった。柔らかな指が優しく手のひらに触れて来るので、ほんの少しくすぐったい。

 保護シートはそれだけでも吸着するが、補強としてテープも貼ってくれるようだ。真剣な表情でエランの手のひらを見つめるスレッタに、なんだか面映ゆい気持ちになる。

 自分が怪我をすることに、真剣になってくれる人が居る。

 それはとても幸せなことのように思えた。

「これで大丈夫なはずです」

 エランの手のひらの傷はキチンと保護シートで覆われている。テープで補強したのであまり手を動かさなければ外れることもないだろう。

「ありがとう」

「いえ、わたしが皮むきなんて頼んだから…ごめんなさい」

「僕がドジをしただけだよ。謝る必要なんてない」

 しゅんとするスレッタの手を取って、慰めるようにそっと指先を握る。この手が優しく治療してくれたのだ。

 小さくて柔らかな手は、エランを食べさせ、エランを守り、エランを癒やしてくれる素敵な手だ。

 覚えていないが、それはまるで母のようだなとエランは思った。

「あ…」

 スレッタが握られている手をジッと見ている。外だとよく手繋ぎをするが、これは少し不躾だったかもしれない。

 エランはすぐに手を離した。

「ごめん、料理を中断させてしまって。とりあえずジャガイモは剝いてしまうね」

「え、あ…」

 反対される前にさっさとピーラーとジャガイモを手に取ると、すぐに皮を剥き始める。きちんと傷が保護されているので、手のひらを動かしても痛みは感じない。

 これなら大丈夫だと思いつつ、今度は慎重に刃を入れて、最後のジャガイモの皮を剥き終えた。

「次は何をすればいい?」

「あ、は、はい。じゃあ…」

 これを、と指し示された野菜を手に取り、どんどん皮を剥いていく。そうしている内に、また心の中が浮き立ってきた。

 ときどき肩が触れ合って、ときどき指が触れ合って、その度にクスクス笑いたくなるほど楽しい気持ちが湧いてくる。

 野菜を剥いたら、あとは灰汁を取ったり、ソースを混ぜ合わせたり。

 単純な事しかまだ手伝えないが、とても楽しい。

 そうやって2人で作った料理は、やっぱりとても美味しかった。

 ・・・けれど残念なことが1つ。

「あの…集中できな…いえ、悪いので。お手伝いはしばらくいいです」

 次の日も手伝いをしようとしたら、きっぱり断られてしまった事だ。

「体とか、手とか、ぶ、ぶつかっちゃうし…、とにかくその…ごめんなさい」

「………」


 楽しいのは自分だけで、スレッタは困っていたのかもしれない。それに思い当たった時、さすがのエランも落ち込んだのだった。






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