森のラザニア

森のラザニア

k

クジラの森に来訪者

誰に伝えるまでもない

梢のすべてがペドロの目

 

 

その日、サンジは一人でやって来た。

木の上でいち早く来訪に気づいたペドロは急いで迎えに出た。

「どうした。急用か?」

だがサンジは穏やかな笑顔で手を挙げた。乗っているワニには大量の食材らしき荷物が積まれている。

「やあ、だいぶ落ち着いてきただろう。ここは一つ、あんたらに好物でもふるまおうと思ってな」

「それでわざわざ、ここまで来てくれたのか」

ただ居合わせたという理由で、全国民の救命に尽力してくれている一味だ。いまさら驚きはしないはずだが、それでも予想外の親身な行動に虚を突かれた。

どうやら間抜けな顔になってしまったらしい。目の前の恩人の頬が緩んだ。

「とまあ、一番好きな食いもんを作りたいんだ。リクエストを言ってくれ。何種類でもかまわねえ」

「ラザニア!」

ペドロが何か言う前に森中が―森中のガーディアンたちが叫んだ。

「おまえたち!少しは遠慮しろ!」

青筋を立てるペドロをしり目に、サンジはみるみる張り切り始める。

「ようし、ラザニアか!鍋は間に合うが生地を打つ台がいるな。あとはかまどだ」

「うおー、本当にラザニア作ってくれるのか!」

「このあんちゃんのスープめちゃくちゃうまかったぞ。それがラザニアなんて、おれはどうなっちまうんだ!」

部下たちを叱ろうにも、やる気満々の恩人を見ればもう口をはさむことなどできはしない。ペドロは肩を落としながら、実は自分の髭がぴんと立っていることに気づかなかった。

「喜んでる喜んでる」

「団長が一番好きだもんな、ラザニア」

こそこそと、見えないところで部下たちがささやいている。ペドロはぼそりと言った。

「聞こえてるぞ」

 

ラザニア作りはお祭り騒ぎだった。

風呂のような大鍋に回転しながら生地が飛び込む。麦わらのコックが3つの大鍋の間を踊るように回ると、二種類のソースと生地が重なっていく。

陽気な騒ぎを聞きつけて、軽傷なハートの連中もやって来た。

「ベポの様子はどうだ」

ペドロはまず尋ねた。故郷のために必死だったベポは、ハートの中でもダメージが大きい方だった。

「おかゆおいしいって飲んでます!そろそろ歩けそうです」

告げる方も聞く方も顔をほころばせた。サンジは言った。

「そんならこれくらい食えるかな。ケガ人向けにソースを緩くしたやつだから。あのクマもラザニア好きなら持ってってやるぜ」

ハートのクルーの笑みが大きくなった。

「ラザニアか!聞いたらベポ歩けちゃうかもな。言って来てみる!」

「無理はさせるなよ。運ぶ手はいくらでもある」

ペドロは声をかけた。

間もなくハートの仲間に囲まれて、にこにこ顔のベポがやって来た。

「ペドロ、ガルチュー!」

「ああ、ガルチュー。無理はするなよ」

団長の表情がぐっと和らぐ。

「仲良しだなあんたら・・・。そら、焼けたぞ」

ベポの前に型ごと焼いてやる。

「わあありがと!」

森の仲間たちも相棒の忘れ形見とその仲間たちも、同じラザニアを囲んではしゃいでいる。

ペドロはサンジに近寄った。

「サンジ、本当に感謝する。ガルチ」

「うわああ!」

叫び声とともに恩人が熱したソースをまき散らしながら飛びずさった。ペドロは茫然とした。

全員負傷者でもさすがに侠客団と手練れの海賊団。新たにやけどを負ったものがいないのは幸いだった。

「だからなんだその、ガルチューって!たとえ親が相手だろうがおれは死んでも野郎と頬っぺたすりすりなんて御免だ!(小声:レディなら大歓迎だ)」

「あ、ペドロ。外のレッサーミンクは家族以外ではあまり触ったりしないみたいなんだ。人によっても違うだろうけど。そんなにショック受けないで」

レッサーミンクの文化をよく知るベポが慌ててフォローを始めたが、ペドロの髭と耳はしばらく、しょんぼりと下を向いたままだった。

「そ、そうなのか。すまない。だがこれはあいさつなんだ」

「あいさつは言葉で充分じゃねえか!あんたの気持ちは充分伝わってるよ」

「しかし…」

ハートのクルーたちもフォローに回ろうとした。

「おれらとベポはガキの頃に出会ったから、日頃似たようなことしてるな。習慣の違いってやつだ。おれらでよければ」

「うーん、言いたいことはわかるけどさ、ペンギン。ペドロは黒足にあいさつしたいわけだから」

「おれだってフォローしてえんだよ!ペドロさんにはお世話になってるし…」

「ベポ、お前の仲間はいいやつらだな。そうか、文化の違いか。あまり考えたことがなかったな」

耳も髭も垂らしたまま、ペドロはつぶやいた。

「なんだなんだ、なんでそこまで落ち込むんだよ。ほら次の焼けたぞ!」

「ワーイ、ガルチュー!」

騒ぎの原因に気付かなかったのか?狂喜した侠客団が一斉にサンジにガルチューをしようと飛びついてきた。

「だからやめろおお――!!!!」

 

「サンジは本当にガルチューがいやなんだな。どうしたものか…」

ベポたちとガルチューしながらペドロは思案した。

 

その後、タバコの火を探すサンジに、指先で小さなエレクトロを灯すペドロが見られるようになった。

Report Page