・梅イサンとダンテと沐浴の話
※前スレにあった『ダンテに沐浴を手伝わせる檀香梅イサン概念』が好きで書いたやつです。
キャラ崩壊あり、無駄に長い、都合のいい設定や不可解な描写、誤字脱字誤用その他諸々の不快感は全てセルマァが皮を剥いでお詫びします。
ダンテに沐浴を手伝わせる檀香梅イサンと、イサンの美しさにドキドキするダンテが見てぇなって思って書いた話。
◆
イサンの檀香梅人格が取れなくなった。
ファウスト曰く、本人の精神的な問題であり、無理矢理引き剥がすと元の人格に悪影響を及ぼす可能性がある。
しかし戦闘中以外に鏡人格を着用し続けるのは、それはそれで深刻な精神汚染を招く可能性もある。
「なのでダンテ。可及的速やかに何とかしてください」
ひどい丸投げをするファウストに、私はおずおずと訊ねた。
〈何とか…って具体的にどうすればいいの…?〉
「イサンさんは何か悩みがあるのでしょう。それを聞き出して解決してあげてください」
そんなわけで私はいつも以上にイサンに話しかけ続けていた。
〈イサン、大丈夫?〉
「しか憂うる要あらず」
〈ちゃんと寝れてる?ご飯食べてる?〉
「日ごろ通り」
イサンはそっけない口調で、頭から黄色い花をワサワサさせながら言う。
……本当に大丈夫ならそもそもこんな事にはなってないんだけど。
K社での一件以来、イサンは目に見えて明るくなった。口数も増え、他の囚人達とも良好な関係を築けているようだ。
しかし一方で、私にはどこか余所余所しい態度が続いていた。
(……やっぱりまだ信頼されてないんだろうか)
私も管理人として多少なりともイサンからの信頼を得られたと思っていたのだが、連日の塩対応を見るに、それは私のただの思い違いというか、自惚れだったようだ。
(こんな私に、イサンの悩みを解決することが出来るのか?)
いや、出来なければならない。
あの一件で、イサンは数多の苦難を乗り越え、己のしがらみと向き合いながらも、前に進むことを決意したのだ。
その決意を、無駄にしたくない。
(しかし、こうも取り付く島もないとは……)
心の中で深い溜息をついて項垂れる。
その様子をじっと見つめていたイサンが、おもむろに口を開いた。
「然らばダンテ、そなたに一つ頼まほしき事あり」
〈えっ!?〉
バッと顔を上げる。
イサンが私に頼み事をしてくるなんて…!
感動に打ち震えている私に、イサンはいつも通り平坦な口調で続ける。
「構わぬか?」
〈勿論!〉
「では今宵、業務終了後に私の部屋へ来たまえ」
〈うん、分かったよ!〉
内心諸手を上げて喜ぶ私は、イサンの私に向ける視線に込められた感情に気付かなかった。
◆
夜。
いつもどおり業務終了の承認を告げ、ウーティスに不寝番を頼み、私はイサンの部屋へ向かった。
〈イサンー、私だ〉
コンコンと扉を叩く。
…そういえば囚人の部屋を訪ねるのは初めてだけど、やり方はこれで合ってるんだろうか?
そっと扉についた丸窓を覗いてみたが、中に見えるのはいつもの無人の監房だけだった。
もう一度ノックしようと拳を握った時、ガチャリと内側から扉が開いた。ふわりと嗅ぎ慣れた梅の香りが廊下に漏れ出す。
「よく来たり、入りたまえ」
〈お、お邪魔します…〉
開け放たれた扉を遠慮がちにくぐる。後ろで扉を閉めたイサンが、私の脇をすり抜けて先へと進む。
「こちらなり」
振り向かずにそう言い、スタスタと歩いていく。私はイサンの後に続きながら、横目で部屋を見渡した。
こぢんまりとした部屋だ。前にイサンの自我心道で見た九人会の小屋に似てる気がする。窓の外では、今が夜なのにも関わらず、青空を背景に黄色い花をつけた枝が揺れていた。
「いかがせり、ダンテ?」
部屋の壁にある引き戸に手をかけた状態で、イサンが振り向いて私に言う。
〈あ、えっと、良い部屋だなって〉
「この身体になりしより、かく形なりき」
イサンは私の視線を追って室内を見遣った。
「私にはさほど好ましくあらず」
〈そうなの?〉
「良き思い出よりも、憂き思い出こそ多ければ」
〈……ごめん〉
「な謝りそ、さるより今はこちらなり」
そう言ってガラリと引き戸を開けた。
もわっと湿気を含んだ温い空気が顔に当たる。
先程の部屋よりひと回り狭い板張りの部屋に、お湯を張った大きな木製のタライが置いてあった。
〈………………………。〉
「ダンテ、これを持て」
思考停止する私にイサンは手拭いやら石鹸やらが入った桶を押し付ける。無意識にそれを受け取ると、イサンは鼠色の羽織を脱いで間仕切りに掛けた。
〈………あの、イサン?イサンさん?〉
うろたえる私を無視してイサンはするすると衣服を脱いでいく。慣れた手付きで襦袢の胸紐を解き、衿を開いて腕を抜く。男性とは思えないほど白く華奢な上半身が露わになり、思わず身体が強ばる。細い指が袴の腰紐にかかったところで、私はハッと我に返った。
〈いやいやちょっと待って!ストーップ!!〉
慌ててその手を掴んで止める。
〈何突然脱いでるの!?どういう状況なのこれ!?〉
ポーッ!!と汽笛のような音を出しながら叫ぶ。
〈説明して!!〉
「この身体は湯浴みをするには多々不便ありき、なればそなたに手助けをば求めんと」
〈聞いてない!!〉
「聞かれざりき」
〈……………。〉
何か言おうと必死に言葉を探したが、最終的に私の口から出てきたのは深い溜息だった。それを怒りと捉えたのか、イサンは申し訳なさそうに目を伏せた。
「難き真似をさせき事、謝罪せん。しかし、他の者が居し手前、言うに憚られしゆえ…」
〈いや、違うんだ。別に怒ってる訳じゃなくて…〉
謝るイサンを制して、私は額を押さえる。
〈ちょっと自分の迂闊さというか、阿呆さ加減にうんざりしちゃって…〉
最初はイサンの身に起きてる事を何とかするのが目的だった筈だ。なのにいつの間にかイサンに頼られる事が目的になっていた。
それがこのザマである。涙が出そうだ。
「ダンテ、顔を上げよ。そなたは目覚ましく管理人としての役目をば果たせり」
イサンは私の方を見て言う。
「ならば改めて頼まばや、ダンテ」
〈それは勿論っ………あ、いや、…私で良いの?〉
イサンの眩しいくらい真っ直ぐな目と裸体から目を反らして言う。
というかイサンは恥ずかしいとか思わないの?
「うむ」
何でそんな堂々としてるの?
〈じゃあ…、私ちょっと後ろ向いてるから、準備出来たら呼んで?〉
「承知しけり」
イサンの返事を背に、私は入ってきた引き戸をじっと見つめる。
衣擦れの音、素足が床を叩く音、水がぶつかり跳ねる音。その全部がやたら耳につく。心臓の辺りがきゅっと締め付けられる感覚に、桶を抱える手に力がこもる。手袋の下で汗ばむ掌をコートの裾でぐいと雑に拭う。
(いやいや何緊張してるの?相手はイサンだよ?やましいことなんて何もないよ?)
ぶんぶんと頭を振って邪な思考を追い払い、騒ぐ鼓動を抑えつけて深呼吸を繰り返す。傍から見たら完全に挙動不審者だが、そんなことを気にする余裕は無かった。
「良いぞ、ダンテ」
その声に恐る恐る振り返り、
思わず息を呑んだ。
タライの中に収まり鎮座するイサン。その背中から、無数の梅の枝が生えていた。白い肌を突き破って伸びる黒い枝の対比がやけに鮮烈だ。特に肩甲骨のあたりからひと回り太い幹が伸び、枝先を広げる様はまるで翼のようだった。
何かの芸術作品だと言われたら納得してしまうかもしれない。もっとも、生きた人間に花木をぶっ刺して芸術とのたまうなぞあってたまるかとは思うけど。
魅入られたようにそれに近づく。
〈痛くないの?〉
「問題なき」
〈触って大丈夫?〉
「うむ」
その場にしゃがみ込もうとして、コートの裾が床につくことに気付いた。
〈ごめんちょっと待って〉
バタバタをコートを脱いでイサンと同じように間仕切りにかける。スラックスの裾をたくし上げて膝をつき、カフスを外して袖を捲くる。手袋を外そうとした時、スッと目の前にイサンの手が差し出された。
「落とし濡らさば困ず、なれば私が預からむ」
〈え、いや別にポケットに入れとけば―〉
「私が預からむ」
有無を言わさぬ口調に、私は大人しく手袋を渡す。イサンは暫くそれをじっと見つめた後、くるりと私に背を向けた。
(……な、何だったんだろう今の?)
イサンの行動に疑問符を浮かべながらも、気を取り直して桶にお湯を汲む。
〈お湯かけるよ?〉
「うむ」
ザバーッとイサンの身体にお湯が流れる。慎重にかけたつもりだったが、それでも黄色い花弁が数枚、イサンの背を伝って湯面に滑り落ちていった。
手拭いに石鹸を揉み込んで、少し悩んだ後、右肩ら辺に手拭いを当てた。イサンの反応を伺いながら、すいすいと手拭いを滑らせる。
〈……………。〉
気まずい静寂が流れる。もっとも、気まずさを感じているのは私だけだろうけど。
「んっ…、ふふっ…」
時折、イサンがくすぐったそうに仄かな笑い声を上げて身を捩った。そしてそれに呼応するように枝の蕾が震え、ふわりふわりと綻んでいく。
ぴりっとした芳しい梅の香りと、石鹸の匂いが混ざり合い、蠱惑的な空気が浴室に満ちていく。
一度は収まったはずのザワザワとした感触が再び胸の奥で疼き、それを抑えるように私は息を詰めた。
(……このままだと私、何かとてつもない間違いを犯しそうで怖いんだけど…)
心の中で泣き言を言いながら、少しの間視界を閉じた。
花が見えない。花が香しい。
香気が満開する。私はそこに墓穴を掘る。
墓穴も見えない。見えない墓穴の中に私は座り込む。私は横たわる。
ふと聞こえた歌声に、私は意識を引き戻された。
そっとイサンの方を見ると、イサンは目を閉じて楽しそうに歌を口ずさんでいた。その様子が幼い子供のようで微笑ましく、私もつられて笑いそうになった。先程までの緊張や不安が嘘のように霧散していく。
〈イサン、気持ちいい?〉
「あぁ、いと心地よし」
〈そっか〉
手拭いを離してお湯でイサンの身体をすすぐ。その時ふと、枝に赤黒いものが付いているのに気付いた。手拭いで刮ぐと、それは干からびた血の塊だった。
時計を戻せば囚人たちの怪我は全て元に戻る。溢れ出た血も飛び散った肉片も、全て彼らの体内へ戻っていく。
なのでこれはイサンの血ではなく、イサンが殺した相手の返り血だ。
時計を戻しても、彼らが戦った痕跡、傷付いた痕跡はちゃんと残るのだ。
無かったことには、できない物だ。
「ダンテ、そなたは今、何を考えたりや?」
イサンが薄く笑みを浮かべて私に言う。
意趣返しのつもりだろうか。
〈うん…色々あるけど…〉
桶に水を張って、バシャバシャと手拭いを洗った。汚れと一緒に削いでしまったらしい黄色い花弁が、濁った水面を揺蕩う。
〈今は、管理人として、皆の為に出来る事を増やしたいな〉
「それは良き意気込みなり」
〈手伝ってくれる?〉
「言われずとも」
◆
〈イサンはお風呂好きなの?〉
わしわしとイサンの髪をタオルで乾かしながら、私は訊ねた。
「湯に浸かるはいと心地よき時間なり」
〈そっか。私は面倒だからいつもシャワーで済ませちゃってるな〉
そういえば次に行く区画は、温泉で有名なリゾート地だってイシュメールとドンキホーテがワクワク顔で話してたっけ。
〈次の任務が終わったら、打ち上げは温泉で出来ないか聞いてみるよ〉
正直ヴェルギリウスが承諾してくれるとは微塵も思えないけど……。
「そぞ楽しみなる」
〈うん。……あ、でも〉
「いかでかせるや?」
〈イサン、その身体じゃ温泉入れないんじゃない?〉
◆
「お疲れ様です、ダンテ。見事イサンさんの悩みを解決したようですね」
〈あぁ、うん。そうみたいだね…〉
やや憔悴した私に、ファウストが手元の書類を捲りながら言った。
「イサンさんには念の為、今後定期的に抗精神汚染処置とカウンセリングを受けてもらいます。……ちなみにダンテ、イサンさんの悩みとは結局何だったのですか?」
〈うん、よく分からないけど…〉
「はい」
〈温泉に行きたかったらしい〉
「………はい?」