梅と桜

梅と桜


刀と刀がぶつかり合う甲高い金属音が辺りに響き渡る。縮地を使って瞬く間に間合いを詰め、迷いなく振り抜かれた一閃ですら顔色を変えずに捌き切る男に、沖田は悔しげな表情を浮かべた。

沖田の刃を受け止めた体勢を利用して男が振るった、沖田の霊核へと向かう攻撃をギリギリのところで受け止める。

「──────ッ!」

彼の純粋な人間としては高い筋力ステータスを利用して押し込まれる前に、と素早く後ろに飛びのいて再び間合いを取る。トレードマークとも言える浅葱の羽織は所々が斬れ、体に負った傷からダラダラと血を溢れさせた沖田の有様を見た藤丸は唇を噛み締めた。

「沖田さん……!やっぱり1人で相手するなんて無茶っ────」

身を乗り出して叫ぶ藤丸だが、目の前に言葉を遮るように挙げられた手に続く言葉を飲み込んだ。その手の主である信長は藤丸に「ワシに任せい」とばかりに小さく笑みを浮かべると、肩で息をする沖田に向かって声を張り上げる。


「のう沖田!この戦い、今まで魔力を温存してきてピンピンしとるワシが、ここで宝具をブッパなせば終わるのは明らかなんじゃが」

正に魔王と呼ばれるに相応しい笑みを浮かべた信長をキッと睨みつけ、沖田も叫び返す。

「それで倒しきれなかったらどうしてくれるって言うんです?師匠の被弾体質がどのくらいの酷さなのか分からないでしょ!」

「弱小人斬りサークルの宝具よりはずっと可能性があると思うんじゃが???」

「なんですかちょっと宝具のランクが高いからって威張っちゃって!私が色んな創作の沖田総司を合体させたスーパー沖田さんになる日を楽しみにしていて下さいよ!!」


戦闘中だというのに言い合いを始める二人を見つめていた男は、ふぅと一つため息を吐いて始めて口を開いた。

「私も信長公と同意見です。被弾体質を持つ私に対して信長公の宝具は致命的。霊核を砕くかは受けてみないと分かりませんが、少なくとも出し惜しみするものでは無い。どう考えても非効率的です」

ドヤ顔の信長を完全にスルーし、赤い目を細めた彼は更に言葉を続ける。

「この疑問を解消しなければ、私はこの先の戦いに余分な思考を持ち込むかもしれないと判断しました。私からも問わせてください、沖田総司。あなたは何故私にたった一人で挑もうとするのですか。侍の誇りなどと言うつもりなら、そんなものは戦場で何の役にも立たないと以前誰かに教えられませんでしたか」

沖田に向けられた、どこか無機質で虚ろな瞳。息を整え、立ち上がった沖田はソレに真っ向から向かい合う。


「ええ、もちろん私だって勝てない相手を集団でボコボコにする事にはなんの抵抗もありません。どんな手を使おうと勝ちは勝ち。戦いに余計な考えを持ち込む者から死んでいくということは生前に良く分かりました」

「では、何故?」

「師匠、あなたはかつて私の最期の言葉を受け取って戦場に向かう道を選びました。私が選ばせてしまいました」

一瞬顔を悲しげに歪ませた沖田だが、その思いを振り切るかのように更に声を張り上げる。


「一言で言うなら、バーサーカーとして限界した師匠と刀を交えたいというのは、ただの試衛館にいた子どもの頃の私のような我儘です!」

大声で言い切った沖田に、男は表情を変えないながらも驚いたように数度瞬きをした。

「仮初の体であろうと、生前の“沖田総司”の影法師だろうと、あの時の後悔を晴らすこの機会から逃げたら、私は『最期まで戦い抜く』という自分の望みからも目をそらすことになります。だから、師匠はもう英霊になってまで自分を呪い続けるのを止めてください。私は今!自分の意思でここで戦うことが出来ているんです!!」

潤んだ目を羽織の裾で乱雑に拭う様子を見た男の瞳が微かに────真正面で向かい合う沖田にしか見えないほど微かに揺れる。


「大体、効率厨を極めて隊士の皆さんからの人望を捨て去った師匠が、今の隙だらけの私に斬りかかって来ない時点で“らしくない”ことをしているんですよ。バーサーカーの師匠がどんな形で現界しているのかはよく知りませんが、あともうひとつくらい“らしくない”ことをしたところで英霊何とかなるものです」

「ジェットパック付けて飛び回っとる沖田が言うと説得力が凄いのう」

「うっさいですよノッブ!!!!」

それまで後ろで静かに話を聞いていたというのに、余計なところで茶々を入れてきた信長を後で三段突きすると沖田は心に決めた。


下ろしていた刀を、沖田に問いかけた後は無言を貫いている男に向かって平正眼に構え、重心を落とす。

「らしくもなく色々と考えて悩みましたが、後のことは師匠に勝ってから考えます」

後ろの藤丸の礼装による支援によってエーテルの体に力が漲るのを感じた。魔力によって修復された浅葱の羽織が鮮やかに揺れる。

すう、と息を吸い込んだ沖田は宝具を打つ為に大きく跳躍をした。


対する男は、自分の成り立ちの根底が揺らぐ感覚を覚えながらも反射的に迎撃のために刀を構える。自分の宝具、そしてスキルを使えば必殺である沖田の剣ですら防ぎ切ることは可能だろう。しかし、理性はそう判断するというのに何故だか体が動かない。


────一歩音越え


らしくない?そうだ。その通りだ。新しい仲間達と笑い合い、英霊として刀を思う存分振るう沖田の姿を見てからの私は非効率的な判断ばかりを下している。


────二歩無間


……狂戦士としての私は、弟子の死を看取ったあの日に生まれた。しかし、私が代わりに戦わなくとも彼女は目の前で浅葱の羽織を纏って戦っている。彼女の思いを背負った私のように、沢山のものを背負って戦うマスターの元で。


────三歩絶刀


最期に仲間と共にあることを望んだ沖田君は、私が知らないうちに新しい仲間を増やし、新たな道を歩んでいた。それに比べ、近藤さんに貰った「私」を捨て去り、愛弟子の想いを自分の真の望みであるかのように振る舞う空っぽな私の奥底にある望みはなんだったのだろう。


────無明


目の前に迫る彼女を見ながら、もう防御は間に合わないな、と冷静に判断を下す。


────三段突き!!


宝具を解放した沖田の刀が男の霊核を真っ直ぐ貫いた。


「………………ぇ」

訪れた静寂の中、沖田は赤い血の滴る自分の刀の刀身を信じられないような思いで見つめていた。本当なら最後の足掻きに警戒してすぐさま距離を取るべきなのに、震える足は地に縫い付けられたかのように動かず、目は己が刺し貫いた胸から離せない。

力の抜けた男の手から刀が離れ、地面に落ちる。そのまま膝から崩れ落ちた彼を咄嗟に抱きとめ、胸へ刺した刀を抜いた。

「ししょう……」

呆然とした沖田から漏れ出た言葉にふっ、と男は微笑する。

「ぃっぽん、勝負……あり。と、いったところ……ですね」

上手く動かない口から必死に一つ、一つ言葉を紡ぐ。赤い瞳が目蓋に隠れ、もう一度開いた時沖田の方を見つめていたのは何時か梅のようだと評された瞳だった。


「ぁ……」

沖田へ狂気の抜け落ちた昔のような笑顔で笑いかける。こぼれそうになる涙を必死に堪えた沖田も、春の暖かさを感じさせるような笑みで応じた。

「どう……でしたか?師匠。私、強くなったでしょ?」

「ええ……ほんとうに、そうですね……」

霊核を砕かれたことでエーテルの体が光の粒子を零しながら崩れ出す。薄くなった手のひらをどうにか現世に繋ぎ止めようと、沖田は彼の両手を強く自分の手のひらで包み込んだ。

「……分かりました。あの時の師匠は、こんな気持ちだったのですね」

笑顔を崩さないように、涙なんて見せないように、震える息を深呼吸で誤魔化す。

「でも、今度こそ最期の別れの言葉は間違えません。ありがとうございました、師匠。最期を看取ってくれて……ッ私の遺志を受け継いでくれて!……、本当にありがとうございました」

堪えきれず流れ出した数滴の涙が頬に落ちる感覚を感じながら、男は柔らかく微笑んだ。

「どう、いたしまして」


風に揺れる桜色の髪を見てようやく思い出した。「私」の望み、「私」が大切に思っていたもの。試衛館で過ごしたあの日々が走馬灯のように目の前を流れ、ボヤけた沖田の姿が、初めて出会った時の小さな姿と重なる。

よりによって狂戦士として現界した私がここまで穏やかな最期を迎えられるとは。


「私は、土方さんのように一献付き合うことは出来ません」

ですから、と続けた沖田は自身の刀を手に取り、男の刀と打ち合わせた。後世の逸話によって形作られた一刀と、生前からの愛刀が澄んだ金属音をたてる。

この一本に夢をかけて京に向かった者たち。侍の時代と共に終わった生であっても、英霊になって刀を振るうことができる。

また違う形で縁があったのなら、愛弟子と稽古をするのも悪くはないのかもしれない、頭の片隅で思う。最期の息を長く吐き出した男は、沖田の腕の中で静かに消滅をした。


「ぅ…………ぁ………………」

沖田は空になった腕を、自分を抱きしめるように回す。

「ぁぁぁぁぁぁあ!!」

とめどなく流れる涙で頬を濡らす。ようやく後悔を晴らした彼女の泣く声は、一条の光が差した空に吸い込まれていった。

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