桜の花びらが散るとき

桜の花びらが散るとき


ある日の午後。その日、パールヴァティーとその側面である二柱の女神、春日局の合計4人はとある喫茶店にいた。

喫茶店に集まった理由はというと。


「……美味しい。やはりスーパーで買ってきたものとは比べ物になりません。パールヴァティー自らが手を加えることで野菜に神性が宿っているのでしょうか?」

「いえ、ぱぁる様の神性とは関係なく、漬け方が上手いから……ではないでしょうか?こんなに丁寧に漬けられている糠漬けは初めて食べましたし」

「……血が、足りん」

「糠漬けに血はありませんよ、カーリー。……とりあえず反応は概ね良好、今度お夕飯の席に出しましょうか」


白紙化現象解決後、立香に着いてきた多くの……第二の生を選んだサーヴァント達は手に仕事を持ち、パールヴァティーが選んだのは農家としての道であった。

開梱は順調すぎるほどに順調であり、その稼ぎはその年の天候にも左右されるが、時としてアパレル企業を運営するクレオパトラに並ぶこともある。

最も、パールヴァティーは儲ける為に農家を始めたのではなく、子供達や他の妻達、立香へ自身が作った野菜を食べてもらう為であり、こうして今日も特製の糠漬けの品評会を行い、子供達の口に合うか、チェックしてもらっている最中であった。


「……とりあえず用意したものは全てチェックしましたね。でしたら私から一つ、相談があるのですが」

「ドゥルガーが相談?珍しいですけど、いったいどうしたんです?」

「実は息子が他のクラスの女子……あぁ、我々の血縁とは関係のない者とです。ともあれ、その子に行為を抱き、父や我々が行っていることをしたい……と」

「あー……それは確かに困りますね。身内のことならば我々の手や魔術でどうにかなりますが、流石に他家を巻き込むとなると……」

「別に、良いではないか。女を知ることも、子のためだ」

「確かに我々の時代ではそれも良いことでしたが、今の価値観ではそれは合わないんですよ。やはりここはきちんとした性教育を……」


ともあれ、品評会が終われば同じ依代を持つ疑似サーヴァント四名による女子会の始まりだ。

子供の話題、彼女達の共通の夫……立香の話題、彼との夜の話題や他の妻達の話題等様々。

どれも総じて明るい話題ばかりであり、彼女達の表情は曇ることはなく、穏やかな時間が過ぎていく……と思われていたが。


「あ、貴方達!?いったい誰ですか!?私と同じ……顔!?えっ?ホムンクルス……とかじゃないですよね?というか、手が多い?」

「えっ?」「えぇっ!?」「はっ?」「むっ」


そんな穏やかな時間を引き裂くように現れたのは一人の少女であった。

可笑しい、この場には認識撹乱の魔術が貼られて一般人ならば自分達の異常を認識することすらできない。魔術師であろうと、強力な神秘を宿す自分達を見ればわざわざ接触するようなことはしない筈。

というか、彼女の顔をよく見れば。


「成る程、そういうことでしたか」

「……そういうことってどういう意味ですか?」


ぽんっ、と手を叩いて納得したような表情を見せるパールヴァティーに彼女は警戒を解かず、じっと睨み続ける。

恐らく、眼の前の少女は自分達の元……依代である少女なのだろう。

確か、名前は。


「サクラ……さん、でしたっけ?」

「私の名前を……!あ、貴方達は一体何者ですか!?何の目的でここに……!」


サクラ、という少女については立香の妻達の間でも度々話題になっていた。

何しろ、自分達の夫である藤丸立香と“サクラ”の概念を持つ……正確に言えば、彼女を依代とする疑似サーヴァントとは相性がとても良いと知られているのだ。

ここにいる4人だけではなく、今ここにいない彼女達も皆、立香と愛を育み、夜を共にしてきた仲であった。

それ故、妻達は総じて、“サクラ”についてのもしもの話題をすることがあるのだ。


……もしかしたら立香さんは、カルデアに招聘されなければ“サクラ”という少女と結ばれていたのかもしれない、と。


最も、立香本人は“サクラ”という少女との関わりを否定するし、妻達もそれを事実だと知っていたが……やはりどうにも気になった。

もしかしたら、自分達は“サクラ”という少女の幸せを奪ってしまったのではないか……と。

故に。


「ご心配なく、サクラ様。我々は貴方の敵ではありません」

「椅子に座ることを推奨します。貴方も我々の出自や目的を気にしている様子ですので」

「……分かりました」


何はともあれ、目の前の彼女達には敵対意思は感じられない。

何故、自分と同じ見た目をしているのか。いったい何が目的なのか。そして何より……溢れんばかりの神秘を宿すその体は何なのか、答えを得る為の彼女は、間桐桜は席に着くことを決めた。

……それが間違い/運命であるとは知らずに。


「それでは早速」

「っ!?な、にを……!?」


桜が席に座ったのを確認した瞬間、パールヴァティーは指を振るい、その身に宿る神秘を、僅かに残る権能を使用する。

抵抗するべく、魔術を行使しようとした桜だが……その動きは直ぐに止まった。


「なん、ですか……これっ♥」


己の中で広がる記憶、それは自分のものではないが自分のものでもあることを直ぐに理解してしまう。

それは人知れず、世界の危機を2度救った青年の記憶。それはカルデアという組織での暮らしの記憶。それはある特異点での戦いの記憶。

……それは♥初めて自分が青年のものになった記憶♥たった一人のマスターとして戦う彼の姿を見て、居た堪れなくなり彼女達と同様、彼の女になった記憶♥第二の生で別の愛を選んだ私の記憶♥

それはある特異点での記憶、カーマと呼ばれる人類悪との戦いの記憶。……それは♥仲間と逸れ、立香様と二人っきりになり我慢できなくなってしまった時の記憶♥肉体の繋がりという強烈な縁の下、カルデアに召喚されて彼の妻になった記憶♥

それはとある仮想世界の記憶、本人ではない、アルターエゴである彼と戦った時の記憶。……その時から、女神(われ)は立香のものであったのだろうと記憶(私)が語り掛けてくる♥彼の匂いを感じ、かつての夫(シヴァ)と同じ安心感を覚えて……戦いに破れてしまった記憶。

それは彼と別の私(カーリー)が交わっている時の記憶♥彼女達のように素直になれず、かつての夫に操を立て続け、自慰で本能を抑え続けていた記憶♥妻になっても良い都合のいい理由(嘘)を吐いて、漸く彼の妻になれた我慢の記憶♥


「あっ……♥あぁぁぁっ♥せん、ぱっ♥わた、わたしっ♥戻りたくな……っ♥ちが、戻れなくっ♥なに、なんなのこれっ♥」


自分を依代とした女神級サーヴァント3体とある女傑が味わってきた強烈な記憶の数々♥

そこでは自分はかつての愛を忘れてしまうほど♥情熱的な出会いを果たし、多くのサーヴァント同様に彼の虜となった♥

その小さくて、大きな背中を手助けしたくて、一人で背負うには重すぎる運命を手助けしたくて、彼と関わる内にどんどん好きになって♥

………どうしようもないほど♥かつての夫への愛を忘れてしまうほど♥依代であった自分に届いてしまうほど♥凄まじい快楽で全てを塗り潰されてしまう♥


(あぁ、そっか……♥そう、だったんだ♥)


……こうして彼女達の記憶を受け入れたことで桜は漸く、理解できた。

何故、自分はわざわざ冬木から遠く離れたこの土地へやってきたのか。何故、平日である今日を旅行の日程に選んだのか。何故……先輩を誘わず、一人旅を決行したのか♥

全てはこの時の為♥依代であった時から感じていた運命と、彼と出会う為であったから♥

それしか理由は考えられなかった♥


「ンおっ♥はひっ♥うぅぅぅ……っ♥」


彼との、カルデア“での”記憶だけで桜は何度も絶頂し、スカートの上からでも分かるほど股間を濡らしているその姿を見て、パールヴァティー達はやはり……と納得する。

自分達が与えたのはあくまで記憶だけ、経験は彼女に与えてはいない。

……何しろ、人ならざる身である自分達ですら狂わせてしまうほどの快楽を桜が耐えられるはずがない。まずは記憶だけを与えては様子を見ようと思ったのだが……。


「好きっ♥立香さん、好きです♥私の運命っ♥もっと♥もっと私のことを愛してっ♥私のことを好きって言ってください♥♥」


その記憶だけで彼女はこうなってしまった。

それは桜と立香の相性の良さを表すのと同時に、やはり桜と立香はそういう運命であったのだとパールヴァティー達を理解させた。

ならば、自分達がやるべきことはただ一つ。


「桜さん、どうですか?これで私達が敵ではないと理解したでしょう?」

「……はいっ♥そうだったんですね♥貴方達は、パールヴァティーさん達はきっと……私を立香さんと出会わせる為の運命♥この体が依代に選ばれたのもきっと、ここで貴方達と出会ったのも……全ては決まっていたからなのかもしれません♥」

「なら、やるべきことは一つですね。桜様、我々の家にご案内します」


立香の妻の一人として、彼女を受け入れよう。


・・・


「ただいまー」

「「おかえりなさいませ」」「おかえりなさい、立香さん」「よく、戻ったな」


大学の授業を終えて、家であるマンションに帰ってきた立香。

数多くの家庭を持つ彼は妻達との約束で食事は毎日、別の家庭で取る約束をしており、今日はパールヴァティー・ドゥルガー・カーリーの三女神が暮らす部屋で取ることになっていた。

どうやら今日は福さん……春日局も一緒にいるようで、珍しいなと思いながら妻達へ手荷物やコート等を渡していき……ふと、気が付いた。


「……君は?」


そこにいたのは紫色の髪の見慣れない少女。

いや、正確に言えば、見覚えはある。その顔は、仕草は、体は彼女達と同じものであり、違うところがあるとすれば身に宿す神秘の濃さしかない。

……まさか、と思い、パールヴァティーの方へ視線を向ければ、彼女は含んだような笑みを浮かべ、こくりっと頷く。


「決まっているじゃないですか♥私は桜、間桐桜……貴方の妻ですよぉ♥せ・ん・ぱ・いっ♥」


そう、すっかりと蕩けた目で夫と、立香と出会えた喜びと媚びた態度を隠そうともせず、桜は宣言した。

こうして人妻マンションにまた一人、住人が増えるのだった。

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