桃の節句

桃の節句


今日は3月3日、桃の節句である。

女の子の健やかな成長と健康を願う年中行事なわけだが、我が家の可愛い孫たちは6人全員男の子であるため生憎とウチには関係のねェイベント――なんてことはなく、なんと我が家ではオレ様と息子の嫁が主役にされるイベントになっている。

 断じてオレ様やハンコックが祝えと言い出したワケではない。いつの間にか我が家の男共がそういう風に決めて段取りを組んでいて、気づけば祝われるようになっていたのだ。

 可愛い嫁はともかくとして、孫が6人もいる身で雛祭りの主役にされるのはハデに気恥ずかしいことこの上ないが、大切に思ってくれている家族の気持ちを思えば正直嬉しい。

 そんなわけで只今キッチンでは息子が手際よく料理を作り、その横でジンベエが皿を用意し、今日のために息子が取り寄せていたらしい白酒も卓に並べてお手伝いをしている。ちらし寿司を作っているようだが刺身を巻いて薔薇のように形作ったりと手が込んでいる……我が子ながら器用な奴である。

 リビングではドフラミンゴ指揮のもとウィーブルとくまが部屋を雛祭り仕様に飾り付けをしているし、ティーチとモリアは自分たちも手伝うと主張しつつローにあやされて結局は遊んでいるのが微笑ましい。

 そういやクロちゃんの姿が見えねェな……と思ったら廊下で何やら電伝虫に話し掛けていた。どうも通話相手は会社の部下のようだが、雰囲気から察するに何か問題があったようだ。通話を終えた時を見計らって声をかける。

「クロちゃん会社で何かあったのか?」

「ああ、たいしたことではねェがな……ちょうど決算月だろ。忙しくて何かとトラブルが起きるし経理部が殺気立ってやがる。『コレ』を予約する時予め多く予約しておいたから経理に差し入れしとけと連絡しておいた」

 そう言って掲げられた紙袋にはよく知っている和菓子屋の名前が書かれている。

「『コレ』……? ってその手に持ってる紙袋の中身はもしや……!」

「お前この店の桜餅好きだろ」

「あっりがとよォ~~♡ オレ様ハデに嬉しいぜ!」

「……そうか、そりゃよかった。まだしばらく準備に時間が掛かるだろうからゆっくりしていろ」

 そうは言われても家族が忙しなく準備を進めている横で寛ぐのも気を使うし、かといって手伝うと言えば孫たちが座っていろと言って何もさせてくれないのはわかっている。

 ――今日の主役はオレ様たちである。それならば時間潰しも兼ねて主役に相応しい装いでもするかとハンコックを誘ってリビングを後にした。




「さぁ~てと、今日はどんな髪型にしますかねェお客さん!」

「ふふっ、お義母様ならどんなヘアメイクもお手の物じゃな。わらわ、お義母様とこうしている時間が好きよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃあねェか。オレ様も可愛い嫁の髪を思う存分いじっていられるこの時間が楽しくてしかたねェけどよ!」

 自画自賛になるがオレ様はヘアメイクにはちょっとばかり自信がある。元々興味があったのもあるが、昔はバラドルなんて人前に立つ仕事をしていたからな。見た目には気を使うしヘアメイクのプロにお願いすることも多かったからプロの技を見て覚えることも出来た。それにどの現場でも必ずヘアメイクがいるわけではないから、崩れたときは自分で直す必要が出てくることもある。そんなこんなが積み重なって、いつのまにかプロに引けを取らねェくらいに出来るようになっていたってわけだ。

 そして技術を身に付けばそれを使いたくなるし誰かに見せたいと思うのが人情ってもんだ。……独身の頃、もし子を持つことがあれば、それが女の子だったら毎日髪を結んで楽しむことがあるのかもしれねェと漠然と思っていたが、我が子は息子が一人だ。

 それに不満はねェし、むしろ小さい頃は誘拐を心配するほど可愛くて気を揉んだりしたものだが――ところがどっこい当の息子は自ら危険に突っ込んで行くしその心配を吹き飛ばすほど強かったのだが――どこかにほんのちょっぴり、心残りはあったのだろう。今のように嫁と惚気たり女子会トークをしながら髪に触れて過ごすこの時間が本当に楽しくてしょうがねェのだ。

「……お義母様?」

「あぁ、悪ぃ。少し考えごとをしてたわ。ほら、ウチは一人息子だし孫も男の子だけだろ? 昔は娘がいたらお揃いの髪に結んだりとかしたいなんて夢があってよォ」

「それは分かるわ! 息子たちは可愛くて可愛くてどうしようもないくらいだけれど、娘に可愛い服を着せたり可愛い髪型に結ってあげるのは憧れるもの! それに旦那様には娘がいたらとてもしっくりくると思うのじゃ。なぜ? なぜなのかしら……? ああきっと、我が娘なら可愛く美しく気高くて旦那様のことが大好きに決まっていて抱っこされた姿なんてとても素敵だからじゃな! ええきっとそうに違いないわ。なんなら反抗期だって来ないと思うのじゃ! だって我が娘だもの! それに――……」

 途切れることなく続くハンコックの惚気話に相槌を打ちながらヘアブラシで艶やかな黒髪を梳き、どんな髪に結うか考える。

 ――今日は雛祭りなのだ。そんな日に相応しく、主役らしい華やかさを。

 (そうだ、雛人形をモチーフにするか)

 我が家のリビングに飾られているお雛様は大垂髪だが、雛人形には下げ髪のものも多い。下げ髪を現代風にアレンジして飾りを付けたらイイ感じに面白くなりそうだ。

 梳いた髪を首の後ろで編み込みながら束ねて背中の中ほどで結び、動きと華やかさを表現する。そして今日のために用意しておいた桃の花を模した髪飾りを付ければ――……

「うっし、完成だァ! どうだハンコック! 今日の出来栄えは気に入ったか?」

 ドレッサーの鏡に映る嫁に手鏡を向け、背中を見えるようにして問い掛ける。

 確かめるようにまじまじとドレッサーの鏡を覗き込んでいたハンコック。その顔に艶やかな笑顔が咲くのを見て、オレ様の心にも満足感が広がっていく。

「……かわいい」

 こぼれ落ちた、と言い表すしかないような言葉は本心からのものに違いない。

「そうね、今日は雛祭りだもの。主役らしくて、今っぽくも昔の趣きもあるような一体感があって、流石はお義母様だわ!」

「いやァ~そんな褒められると照れるぜェ~! それほどでもあるけどよォ」

「そうだわ、今日はお義母様もわらわと同じ髪型にしてお揃いにするのじゃ!」

「お、お揃いだァ? さすがにオレ様には若すぎるというかなんつうか……」

「お義母様ほど年相応なんて言葉が似合わぬ人はいない! そもそもが派手好きであろう! それに先ほど仰っていたもの……『娘とお揃いの髪型にしたりしてみたかった』と。わらわは義理でも娘だと思っているのに……お義母様は違うのか……?」

「……くぅ」

 世界一の美女が伏し目がちな目で哀し気に呟く画は卑怯じゃねェかな。これを断れる人間がこの世にいるのならば是非とも挙手をして名乗り出てほしい。オレ様のとっておきのお宝コレクションをくれてやらァ。

「……可愛い『娘』にそこまで言われちゃ断れねェな。っし、それじゃあオレ様も同じ髪型にしてやるぜ!」

 自分の髪を結うなんて手慣れたものだ。あっという間に結んで飾りを付けて同じ髪型をしたハンコックと微笑みあう。

「ふふ、母娘のお揃いとは少し面映ゆくて、それでいてとても良いものじゃな。……わらわやっぱり娘も育ててみたい。やはりここはもう一人くらい産んでみるか……娘に恵まれる可能性に賭けてみるべきであろうか……」

「……それはよく考えてからにしとこうな」

 小さな呟きを聞き逃さずに返す。思いついたまま行動してしまいそうな娘が母は心配でしかたねェ。

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