果て
前提(という名のあらすじ)
麦わらの一味の冒険の終盤。赤髪海賊団との抗争の時、ロックスター以外は麦わらの一味との対決の時ですらウタと会おうとしなかった。本来なら闘いの後宴をしようと考えていたルフィだったが、そのまま最後の闘いに否応なく身を投じることになった為、先ほどまでぶつかっていたシャンクスと背中合わせに闘うことになる。
赤髪海賊団と麦わらの一味、そして彼らの傘下の海賊たちはウタの歌に力を与えられながら『最終戦争』に勝利するが、ルフィ達が勝利の宴を用意する間にレッドフォース号は錨を上げようとしていた……
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「お頭!本当にいいんですかィ?!」
出航準備を整える大海賊、赤髪のシャンクスに船員の中でも幹部に近い実力者と評される男、ロックスターが声をかける。
「なにがだ?ルフィとは旗の件も片付いた。そして新時代がこれから始まるんだ。
いつまでも俺たちがいては、彼らの邪魔になる。
この後の宴に、俺たち老兵は必要ないだろう。」
一切目を合わせようともせずシャンクスは応対した。
「いや、別に宴に出ようってわけじゃア……」
「なら、なぜ残る必要がある。」
有無を言わせぬ覇気を滲ませ、ロックスターを威圧しながら一度も目を向けることはない。
ロックスターはその背中を見つめながらかける言葉を探したが見つからなかった。
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数ヶ月前、新世界の海上。
その日は天気も良く、船上でシャンクスたちは宴を開いていた。
陽気に笑い、歌い、語らう。
そんな和やかな日常だ。
しかし、変化は何の前触れもなく起こった。
シャンクスが笑いながら言った一言が引き金だった。
「なぁ、ウタのレパートリーが俺たちには少なすぎるな。」
確かに、大抵ビンクスの酒ばかり歌うものだから他の歌という思考になりにくい。
そう思いながら、手酌で酒を注ぐ為手元を見ていたロックスターが顔を上げると、所謂古参の船員たちから表情が抜け落ちていた。
……もしかして敵襲か?!
ロックスターが身構えた瞬間、能面の様な顔でシャンクスが問う。
「ロックスター。お前の部屋、昔から空き部屋だって伝えてたよな。何か不自然なものはなかったか?」
不自然なもの……考えてみると、いくつも思い当たるものがあった。
「あぁ、ありましたねェ。みるからに小さな女向けの服とか……それが何か」
「まだ、あるか?」
「……えぇ、とってあるからには意味があると思って、畳んで箱の中に」
聞くか聞かないかのうちにベックマンが弾かれる様に立ち上がりロックスターの部屋に走っていく。
戻ってくると、その手には白い紙……ビブルカードが握られていた。
それを見るや否や古参船員たちは一斉に動き出し、帆を張り錨を上げる。
「お、お頭!一体どこへ……」
「そのビブルカードの指す方へ。」
短く答えると、シャンクスも配置についた。
そして、いつもよりかなり素早い速度で船は走り出す。
「お頭。そのビブルカードは、一体誰のなんです?」
ロックスターはもちろん、あまり多くはないが比較的新しい船員たちも古参たちに合わせて動いたが訝しむ様に見ていた。
シャンクスは未だ表情の抜け落ちたままの顔で、語り出す。
「そのビブルカードは……
俺たちの、娘のものだ。」
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シャンクスが静かに語る、ロックスターたちも知らなかった娘の話。
ウタという少女。赤髪海賊団にとって大切な、彼らにとっての娘であり、音楽家。
なぜか、あの瞬間まで忘れていた、この世で最も大切な存在。
語り終えたあたりで、船に積んである極秘回線の電伝虫が鳴る。
重苦しい雰囲気の中、ホンゴウが電話を取る。
相手は赤髪海賊団傘下の海賊だった。
『お頭方!大変です!ドレスローザで……!』
オモチャたちが人間に戻りました!!
ロックスターは今でもその瞬間を覚えているが、思い出したくない。
大幹部たち全員から一斉に強烈な怒気と覇気が漏れ、何よりシャンクスは目も当てられない様な状態だった。
後々冷静だった他の「新入り」に話を聞くと、海王類たちがそこら中で腹を上にしてぷかぷかと浮いていたらしい。
そこからはさらに簡潔になった。
ドレスローザへのエターナルポースをシャンクスは引きずり出し、途中に何があろうとも、たとえ他の四皇の縄張りだろうと無視して直進。
もちろんすわ宣戦布告かとカイドウとビッグマムからは入電があったが、ラッキールゥが通るだけだとそっけなく言って切ってしまった。
一昼夜かけて、赤髪海賊団はドレスローザの近海に到着した。
いよいよ乗り込もうとしたその時、シャンクスが待ったをかける。
目の前から海軍の艦隊が迫っていた。
シャンクスは全員に待機を命じ、その中の一隻に乗り込んで行く。
15分もしないうちにシャンクスは帰還し、こう言った。
「ビブルカードを追うぞ。ウタはルフィと共にいる。」
麦わらの一味に追いついたのはワの国だった。
ここまでほぼ毎日行われていた宴は一切行われず、ただ粛々と彼らを追う日々。
ロックスターは気が気ではなかったが、それがようやく終わるのだと安堵していた。
しかし、遠くから見聞色を使って中身を見るばかりでシャンクスや幹部たちは乗り込もうとしない。
やがて、そこから離れると言い出した。
「お頭、会わなくていいんで?」
ロックスターが尋ねる。
「今俺たちの縄張りで何が起きてる?
あいつらの子分が俺の旗の隣にルフィの旗を立てた……
あいつのメンツも、俺のメンツもどうしようもない。」
「……別に、麦わらにって意味じゃないですぜ。
お頭、自分で気がついてるかしりやせんが、ずっと怒りの顔すら作れず無表情だ。
別れちまった『娘』に、きちんとあった方が……」
「ロックスター!!」
言葉の途中でシャンクスが怒鳴る。
「俺に、俺たちにウタに会う資格はない。悪魔の実の力だろうと何だろうと、俺たちはウタを忘れた挙句、捨てたんだ。
どのツラ下げて会えというんだ。」
この数日間で初めて見せる、感情のあらわになったシャンクスの顔に、しかしロックスターは納得できなかった。
「お頭、俺ァそんなちっぽけな人間についてきたつもりはありゃせんぜ!
忘れてた、失敗した、傷つけた、そう言って逃げ続けて、傷つくのを恐れて、資格だなんだと言い訳して!
テメェらの大事なもんがなんで言うかは無視して、その目で確かめもできない奴の下についたつもりはない!」
「お前に何がわかる!!!!!」
シャンクスがロックスターに掴み掛かる。
「俺たちの痛みを!わかった様に語るな!!!」
しばし睨み合う両者。
先に折れたのはロックスターだった。
「……申し訳ない、お頭。出過ぎたことを言いました。」
「いや。お前のいうことも間違っていない。ただ、どちらにしても、今会うわけにはいかない。」
ロックスターを静かに降ろすと、
「お前らは何も見なかった。いいな。」
そう言い、出航の準備を始めた。
その間も、古参の船員達はみな見聞色を集中させてワの国の中をのぞいている様だった。
(お頭方……でも、痛みと向き合わされるのは、引き伸ばした方が辛いもんですぜ。)
心の中でそう思いながら、ロックスターも作業を進める。
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あの時以上の話しかけるなという感情をシャンクスから感じながら、ロックスターは言葉を探していた。
多分、ここを逃したらシャンクス達はウタと会うことは叶わない。そう本能が告げていた。
何より、ウタ本人と闘った時、彼女は宴で会うのが楽しみだとロックスターに言っていたのだ。
(……頼まれたもんも用意してるんですがねェ。)
しかしあの時の悲痛なシャンクスの精神を、ロックスターもまた見聞色で見てしまった為何も言えない。
このまま出航か、お嬢に申し訳が立たないな。と思っていた時だった。
「逃げるんですか、赤髪のシャンクス。」
ロックスターのさらに後ろ、シャンクスと反対側の船の縁に海兵が立っていた。
振り向くと、桃色の髪に童顔の男。
海軍本部大佐、ロッキーポート事件の英雄にして、今回の戦争でも新時代をルフィ達と勝利に導いた英雄。コビーである。
「逃げる?何からだ。気を遣っているだけだ。」
シャンクスはこともなげに答える。こちらを見ない。
ロックスターはその時点で気配を感じ取り距離をとった。今回はお頭が悪い。
「何が気を遣ってるですか。覇気の達人のくせに聞こえないふりをして。
あの人、ずっとあなたを、あなた達を探してるじゃないですか。」
シャンクスは黙っている。目を向けない。
コビーは船の縁を降りて、歩みを進める。
ベックマンを筆頭に覇気と武器を向けられても、一向に気にしようとしない。
シャンクスの真後ろに立った。
「いい加減にしろよ臆病者。」
一瞬で覇王色の覇気が溢れ出し、コビーの胸ぐらを掴んでシャンクスが持ち上げた。
「……それは、俺の仲間にも言っているのか?」
「負け惜しみはやめたらどうです?」
並の海兵、それどころか少将や中将の一部ですら耐えることの困難な覇王色の覇気を至近距離で浴び、さらにはこの世界で屈指の実力者に命を握られている状況ですら、まるで意に介していない様な態度でコビーは続ける。
「そうやってあの人が必死に探して、何度も何度も語りかけても聞こえないふりばかりして、それがお前の幸せだと押し付ける。
僕の憧れの人はそんな中途半端な臆病者に憧れたんだとしたら、失望です。幻滅ですよ。
今のあなたに立てる顔なんてありゃしない。」
「こンのクソガキ、言わせておけば……!」
もしシャンクスに両腕があれば殴り飛ばしていただろう。
持ち上げる腕に力が入る。しかし、それに対してコビーもシャンクスの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「何がクソガキですか!覇気の達人なんてのは嘘っぱちですか!
今もずっと、泣きそうになりながらあなたを呼んでいる声も聞こえないのか!
……もう、やめましょうよ。逃げるのは。」
「お前に、何がわかるクソガキィ……辛いのは俺たちだっ……!」
睨み合い、沈黙。覇王色の覇気の奔流を受け流しながら、もはやいうことはないとばかりに英雄は男から目を離さなかった。
全神経をお互いに集中させて、だからこそ出航の準備の手は止まっている。
それこそが目の前の男の狙いだとシャンクスは気が付かなかった。
太陽を背に立っていたシャンクスの背中に影が落ちる。
後ろには誰もいない、立てるものはいないはずなのに。
コビーは船の縁に立つ人物を見て、上手くいったと笑った。
「みんなぁ!久しぶりっ!」
コビーを取り落としたシャンクスが、ポカンと口を開けたベックマンが、骨付き肉をかじる口が止まったラッキールゥが、構えていた銃を取り落としたヤソップが、ホンゴウが、ライムジュースが、ボングパンチ&モンスターが、古参の、その少女の幼い頃を知る全員がそちらを見ていた。
「ただいま!ウタだよっ!」
いうや否や、ウタはシャンクスの胸に飛び込む。
咄嗟に受け止めたシャンクスは未だに何が起きたかわかっていない様だった。
「……ただいま、お父さん。」
船を包む感動的な光景を見届けて、役目を無事に果たしたと満足げに、コビーはレッドフォース号の縁から飛び降りようとする。
「待て!海兵……一度ならず二度までも、君には助けられた。名前を聞いてない。教えてくれ。」
未だ涙声のシャンクスの声に、穏やかに答える。
「海軍本部所属、コビー大佐です!」
「そうか……コビー。ありがとう。君の勇気ある行動が、あの時は世界を変えた。そして今度は、俺たちを変えたんだ」
その言葉に微笑みを返して、コビーは船を去った。
入れ替わる様にして、ロックスターがシャンクスの背後に何かを設置する。
ウタに目配せして合図を送ると、くるりと体を入れ替えて、体のしなりを使ってロックスターの持ってきた「ゴミ箱」にシャンクスを叩き込んだ。
「うぉお?!」
目を白黒させながらもがくシャンクス。
「ふふっ、仕返しっ」
ニヤニヤと笑いながら、ウタが言う。
「う、ウタッ!出してくれぇ〜〜」
綺麗にハマってしまったシャンクスがもがくのを、他の船員が思わず笑う。
ウタも笑いながら、そちらにいった。
「もちろん、みんなもだからね?
それで恨みっこなし!」
そこからはてんやわんやの大騒ぎ。
意外と大きいベックマンに苦労したり、モンスターがうっかり壊したり。
ラッキールゥが持ち上がらなくて総員体制になったり。
仕返しのはずなのに、笑顔の絶えない、あの船が戻ってきたとロックスターはほっと息をついた。
ハマってしまったラッキールゥを引っこ抜いて、改めて皆がウタをだきしめて……そんな時間が流れている船上に、声が届く。
「おーーーい!シャンクスーーー!!!みんなーー!!!宴の準備ができたぞーーー!!!」
目を向けると新時代の旗頭が待ちきれないとばかりに、こちらに手を振っていた。
to be continued……