杯の中に蛇を見る

杯の中に蛇を見る


平子真子は細いと言うよりは薄いと言った方が適切なのではないかという体をしていた。骨ばっているとするには肉はついているものの、体の厚みというものはあまり感じられない。

その上もっている色すら薄いものだから、そういった要素を集めて作られたのではないかと無い想像すらしてしまうほどだ。どれほど中身に釣り合わない外見にできるかを試して出来たと言われた方が、確かにその通りだと納得してしまいそうですらある。

隊長羽織どころか死覇装すら過剰に隙間があるのではないかと思うような出で立ちは、その姿を見ただけでは年端もいかない少女のようにさえ見えることすらあるのだから。


実際は少女などではないというのに、口を閉じていさえすればそういった危うい美のようなものを纏わせているものだからおかしなものも寄ってくる。

なにより本人がそんなことを気にしない質だというのも尚悪い。対処をするこちらの身になれと言ったところで梨の礫だ。忌々しいことではあるが、対処など余計なお世話とすら考えているのかもしれない。


「隊長、あまり他人を惑わせないでください」

「俺はなんも悪ないやろ、気色悪いこと言いなや惣右介」


不快であるということを隠そうともしない様子で眉を潜め、目を細めてこちらを睨めつける。普段はあまり主張しない金の睫毛が瞳に影を作り、薄い瞳の色を濃くした。

しつこい見合いの打診を副官を侍らせているから要らないだのと断り、勝手に人を巻き込んでおいてなぜなにも悪くないとこちらを責められるのか理解に苦しむ。


今さら浮き名を流したところで私には些事だと思っているのならまだいいが、平子真子は副官に無理を強いていると自分の評判が落ちれば一石二鳥とでも思っているのだ。

どうせ落ちるのは自分の評判だけなのだからいわれる筋合いもないと思われるのは心外だ。女上司に好きにされている男として扱われるのは気分のいいものではない。

彼女のわがままに付き合っているのは私の意思であって、逆らえないために諾々と従っているのとは訳が違う。


「巻き込まれたのは僕ですよ。謝罪の一つでも頂きたいですね」

「お前が俺の私事で仕事サボるなうるさいからやないか」

「当たり前のことじゃないですか」 

「仕事は間に合わせとるんやからええやろ」


サボりという名目で接触を避け就業時間を削り、残業をしてでも仕事を間に合わせるのをよしとできるのならばそれでもいいだろう。私が副隊長をしている時点でそんなもの看過できない。

円満に断ろうなんて身を削りながら思案する必要なんてないのだ、あの男にそれほどの価値があったとも思えない。家柄は多少良いのかもしれないが、そのうちなくなる家なのだから気にすることもあるまい。


「僕を理由に断るのなら、もっと早くできたでしょうに」

「……別に、お前に借り作るんも癪やし」

「結局長引かせて借りまで作っているんですから、愚か者の謗りを受け入れる覚悟をした方がいいですね」


金の髪に指を通すと、不快であると隠しもしないで雄弁に目が語る。しかしよく回る口の方は今は分が悪いと判断したらしく、珍しく大人しくすることにしたようだった。

これを好きにしたいと思う男がいるというのは理解できないこともないが、こんな面倒な女を言いなりに出来ると思っているのだとしたら正気を疑う。


私が相手ですら恭順の意を見せない平子真子を凡百の輩が従わせるなど出来はしまい。その程度の存在であったなら、すでに五番隊の隊長は私に代わっている。

だというのに周囲を巻き込むような面倒を避けようと自分だけが面倒を背負い込むことを選ぶのだから、度し難い以外に相応しい言葉がない。


「もう純潔は失われていると言えばよかったんですよ」

「そんなもん向こうも期待なんてしてへんやろ」

「どうでしょうね?あなたはどこか少女のようですから」

「は?キショ、なんやそれ」

「お若く見えると言ってるんですよ」


つり上がっている目尻に口づけると、やめろと邪険に肩を押される。それでも抵抗が大人しい辺り、あまりにも情深く甘いこの隊長は口では色々と言いながら私相手に多少なりと罪悪感を感じているようだ。

私を強く拒絶できないことでしくじったと思っているのだろう。薄い唇が不機嫌そうに引き結ばれているのを見て思わず笑ってしまいそうになった。


「いっそ僕を夫にしますか?面倒事が減りますよ」


自分で口にしてみて、思いがけずいい考えのような気がした。平子真子が形だけでも私のものになった時に、どれほど不本意であるという顔をするものか見てみたくある。

瞳が見開かれ、小ぶりな瞳がこちらを見る。光が入るとやはり色が薄く見えると思いながら使いなれた顔で笑うと、彼女はわずかに瞳をさ迷わせたあと深々としたため息を吐いた。


「お前相手じゃ気ィ休まる時間があらへんやろ」

「公私ともに支えますよ、僕は優秀な副官でしょう?」

「自分で言うてりゃ世話ないわ。おもんない冗談言うてる暇あるならとっとと帰り」


おそらく本気だとは微塵も思われてはいないだろう。もしもこちらの言葉が本気であったなら、こんなすぐに平静を取り戻せるはずがない。

ここから本気であると思わせるのも、それはそれで面白いのではないだろうか。最大限警戒している相手に口説かれたとき、平子真子はどういった顔をするのだろうか。

眉根を寄せてこちらを睨めつける顔が先程以上の困惑に見開かれる姿を想像して、なんとも愉快な気持ちになった。

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