来世への願い

来世への願い


閲覧注意

・1のTS

・転生パロ

・年齢操作

・過去捏造

・好き勝手書いてる

・解釈違いあったらごめん

・1執筆許可ありがとう


「おはよう!!!アルベル!!!!今日もカッコいいな!!!!」

「おはよう。…相変わらずあんたは朝から元気だな」

「いやだって起きたらアルベルがいるんだよ??!嬉しすぎて叫び出したくなるのは仕方ない!!!もうね、これは世界の真理なんじゃないかと思うんだよ!!!!!」

「分かったから…さすがに近所迷惑だからそのへんでやめてくれ……」

「ごめんごめん……昨日お隣さんに怒られたばっかだもんな」

「わかったならいい。さっさと顔を洗って来い」

「うぃ」


 陽が高く昇ってからようやく目覚めたこの家の主人は、寝癖が付き放題の髪を乱しながらおれに全身で挨拶すると、おれに促されてからやっと手洗い場の方に走っていった。“記憶”のものより身長差は縮まったはずだが妙に小さく見える背中はどうにも慣れなくて、おれはそっとため息を吐きながらリビングで作っておいた昼飯(1にとっては朝飯だが)を温め直しに行く。


✳︎


 この世界の記憶の始まりは、薄暗い部屋の隅で膝を抱えてうずくまっている光景だ。

 おれを産んだ人の顔はよく覚えてない。唯一脳裏に焼き付いているのはおれを殴る鬼のような形相で、時折狂ったように暴れる彼女を刺激しないようおれはいつしか息を殺して生きるようになった。

 だから彼女が行方をくらまして身寄りのないおれが施設に入ることになった時、何の感慨も湧かなかったのは仕方のないことなのかもしれない。


『名前はなに?』

『どこから来たの?』

『どうしてここに来たんだ?』


 そんな単純でありふれた質問にも返す言葉がないおれを間もなく他の奴らは気味悪がって構わなくなった。みんなと違って黒い肌を持つおれは最初から見た目で揶揄われてもおかしくなかったから、無条件に差別しないだけ彼らはまともな部類の人間なんだろうが、誰かと仲良くする意義も感じなかったので特に気を払わずそのまま放置した。

 以前より少しまともな服を着て、決まった時間にご飯を食べ、学校という場所で勉強という作業をこなすだけ。何の目的もなく何かに逆らう気力もなく、なるだけ誰とも関わらないよう気配を潜め常に俯いて生きるというおれのスタンスに変わりはなかった。


 おれは一体何者なんだろう。何のために生まれてきたのだろう。

 ……おれはきっと誰にも必要とされてない。この広い世界ではおれなんてとてもちっぽけな存在で、いてもいなくても変わらない。

 このまま幽霊のように生きて死ぬ、そんなことを漠然と信じていた。


✳︎


「あ、アル、アルベル??!お前、アルベルだよね?!!!な、なんでこんなちっちゃく……?可愛いね…!!ようやく会えたな……って、無視しないでお願い!!!」

「……おれにいってるの?…あんたはだれ?」


 肩を掴まれて仕方なしに顔を上げる。足元ばかり見ていたから影が差し込んだことには気づいたが、まさかおれに話しかける奴がいるだなんて完全に予想外だった。目の前にいたのはさしたる特徴もない若い女。肩にかかった黒髪が風に靡いておれの頬に当たるほど、初対面とは思えない距離に少しだけ心臓が騒めく。

 だが、久しぶりに覚えた驚きという感情はただの序の口であることをすぐに知ることとなる。


「おれはアルベルの父親だよ!!!!」

「……」

「いや聞かなかったことにして行こうとしないで?!!!まあそれが普通の反応だけどさ……ちょ、ちょっと待って!おれが悪かったから防犯ブザーを鳴らすのはやめようか!!あ、でもちゃんと不審者に対応できるアルベルしっかりしているさすがおれの息子!!!」

「……」


 クラスや施設のやつらの顔もまともに覚えてないおれだけど、さすがに男女の区別は付く。高校生くらいの女に初対面で父親だよ!と叫ばれて、日頃周りから感情が死んでいると言われるおれでも混乱するのは当然の反応だった。無視して通り過ぎたいのは山々だけど相手は通してくれる気はないようで、おれの腕をがっしりと掴まえたかと思うと「小さいアルベル可愛すぎ!天使かよ!!!え、ランドセルに黄色いカバーといえば小1じゃん!ショタベルじゃん!!」とおかしなことを口走る女に渋々向き直る。


「おれにちちおやはいない。おれとおれをうんだやつをすててどっかにきえた。そしておれをうんだやつもジョウハツしたらしい」

「え…マジか…この世界でもアルベルは天涯孤独なの?なんでっ、なんでこの世界はこんな可愛い子に非情なんだ?!!でも大丈夫!!これからはおれがいるからね!!!!」

「……いみがわからない」

「すぐに分かるから大丈夫!アルベルは今どこで暮らしているの?」

「…◯◯◯っていうとこだけど」

「オッケー!!!おれに任せとけ!!だって!おれは!お前の父親だからな!!!!」


 徹頭徹尾おかしな言動を繰り返したそいつはそれだけ確認すると、意外にもあっさりおれを開放して手を大きく振りながら来た道を戻っていった。真正面からやってきたのだからおれが歩いてきた方向に目的地があったのでは?と首を傾げたが、既に曲がり角の先に消えていった背中を追う義理などなく、おれは再び地面に目線を落とした。

 アルベル…それはまともに呼ばれたこともないおれの名前だったか?心の中で唱えてみると妙に耳に馴染む優しい音……言われてみればそれは学校のプリントに必ず記入する単語だった気もするが、誰もおれをその名で呼ばないから機械的に書き込むだけの記号はどこか現実味がない。なんであいつはおれの名前を知っていたんだろう?

 もう一度顔上げて左右を見渡すが、人通りの少ない脇道はあんな賑やかなやつが先ほどまでいたとは信じられないほど静かだった。…もしかしたらあの人との邂逅自体、精神がおかしくなったおれが見た白昼夢だったのかもしれないと、おれはそれ以上考えることをやめた。


✳︎


 その夜、おれは不思議な夢を見た。

 よく見る夢は誰かに殴られているか、怖いお化けに追いかけられているか、沼にハマって溺れているか…そんな碌でもないものだったけれど、その夢の中でおれは海賊をやっていた。今のおれと違って命よりも大切な人がいて、油断ならないところもあるけど個性豊かな面々に囲まれた日々があって……そしてある日突然あいつが現れたのだ。


『アルベル!初めましてだね!おれは君の父親だよ!!』


 顔立ちは昼間出会った女と瓜二つだったけれど、夢の中のそいつはどこからどう見ても男だった。ただし夢の中だからかおれの方が馬鹿デカくて、そいつは犬か猫くらいの大きさしかない。しかしどうやらあいつの厚かましさは夢と現実、さらに言うと著しい身長差もお構いなしのようだ。知り合いだったのなら無視して悪かったかな?なんて思ったのは一瞬で、すぐさま男を殺しにかかった自分を眺めながら、スルーしようとするくらいならまだ優しい対応だったと認識を改めた。


『ウォロロロ、そう熱くなるな。言動は破綻しているがそこそこ腕の立つ男だ』

『そうそう!おれはアルベルのためならなんだってしてやれるんだ!死ぬならアルベルを庇って死なせてくれ!!!』


 敬愛する「カイドウさん」とやらに言われておれは殺気をしまってやったが、懲りずに減らず口を叩く男にはため息しか出なかった。自分より小さくて弱そうな男に息子だと呼ばれて、嫌悪感と諦めがごちゃごちゃに混ざりながらおれの胸の中で蠢いているのを感じる。



「……な、なんだったんだあのゆめは?」


 気づいたら変わり映えのしない朝が来ていた。

 いやに生々しくてどこまでも非現実的な光景を反芻し、生じた吐き気に腹を抑える。アニメや漫画などただの妄想で、信じるやつは馬鹿しかいないと割り切っていたはずなのに、特撮ヒーローみたいなスーツに身を包み、手をかざせば火を放って漆黒の翼を自由に操る自分の姿を思い浮かべるだなんて……滑稽としか言いようがない。

 それもこれもきっと全て昨日会ったあの女のせいだ。…もしかしたらあいつは悪夢を見せる妖怪の類なんじゃなかろうか。物怪に魅入られた男がそのうち現実と夢の境界が曖昧になり、やがて夢の世界に取り込まれて永遠に彷徨うという話を思い出した。

 馬鹿馬鹿しいと感じながらも一人で考える時間だけは有り余っているおれは、普段となんら変わらない1日を過ごしながらずっと夢のことを考えていた。


 そして不思議な夢はその日から毎晩のようにおれを悩ませることとなる。


✳︎


「ようやく迎えに来れた!!!!アルベル!久しぶり!!!!」

「っ?!あんた…まぼろしじゃなかったのか」

「いや〜この前はまともな説明もせずすぐ帰っちゃってごめんね。あの後バイトがあったからさ…なんでか道に迷ったけどギリギリ間に合ったよ!あ、そんな話はおいといて、今日は最高の日だ!やっと!アルベルと!本当の家族になれるね!!!!!!」

「は?」


 そいつは一週間もたたずに再びおれの前に現れた。とうとう夢が現実を侵食したかと疑ったが、握られた手は温かく、おれを抱きしめる腕はどこまでも優しくて、なんでか急に泣きたい気分になった。


「おまえは、いったいなんなの?」

「おれの名前は1、お前の父親だ!あ、戸籍上はお義姉ちゃんだけど、パパって呼んでくれても良いからな!!!!」

「…そうじゃなくて、へんなゆめの」

「夢?夢ってなんの話だ」

「ゆめのなかでおれはかいぞくをやっていて、いきなり男のおまえがあらわれた」

「マジか!やっぱりおれ達は出会う運命だったんだな!安心して、それは前世の記憶だよ!!!」

「ぜんせ?」

「積もる話はゆっくりしていこうか。とりあえず帰ろうよ、おれたちの家に!!!」


 おれはまだ納得していなかったが、そいつの両親らしき人が手続きを終えて戻ってきたので周りの目に促されるように施設を後にした。どこにいてもこの無味乾燥な人生は同じだろうから、流されるまま従順に生きていくのがおれの生き方だ。

 だから、決しておれを引っ張る手が頼もしく感じたとかそんな理由はない。


✳︎


 義両親は共働きで1もバイトに明け暮れていたけれど、1は時間の許す限りおれに世話を焼いてくれた。1の説明は擬音語ばかりで全く要点を得ないが、前世らしい大航海時代で「キング」として生きていたおれを息子と呼び、一緒に「カイドウさん」を支えていたことは理解した。


「おれは1を父とよんでいたのか?」

「そ、それは……でも、アルベルは照れ屋だったし、ちょっとツンデレなところもあったんだよ!気持ち的には父親だと認めてくれていたと信じてるもん!!!!」

「よんでないんだな…まあ、そんな気がした」

「今からでも呼んでくれていいんだよ?」

「……かんがえとく」


 お互いの認識に差があったことも徐々に浮き彫りになるが、それを補完するように夢の中のおれが1の過剰なまでの熱意に徐々に絆されていったことを窺い知る。まだ判断材料は少ないとはいえ過去の自分と思考を共有しているのだ。「キング」は1に対して様々な感情を抱いており、それは決してマイナスのものだけではなかった。


✳︎


 不思議な夢の時系列は不規則だった。

 1を警戒している時のものもあれば、多少気を許して彼の奇行をやれやれと見守っている時期、本物の父親と母親とひっそり隠れ里で暮らしていた時代の夢、「カイドウさん」と二人で旅をしているようなものもあった。どういうわけか同じものは一つとしてない。

 前世の記憶だとすぐに受け入れられたわけではないが、ツギハギされた映画のフィルムを眺める気持ちでおれは日々繰り返される「キング」の記憶に触れていた。多少登場人物に入れ込むことはあれど、あくまでそういう物語があったのかもしれないと一歩引いたスタンスで認識していたつもりだ。時代は大きく違えど所詮は一人の一生、決して軽い気持ちではないが腰を据えて考える程のものではないと思っていたのに……。


「うわぁぁぁぁあああー--!!!」


 自分の叫び声に起こされて上掛けを剥ぐ。パジャマもシーツも汗を吸って俺の身体にしっとりと張り付いていた。鳥肌が立つ腕を擦りながら部屋の明かりをつけて身体を確かめたが、グロテスクな傷跡はどこにもなかった。


「…あれがゆめ?いや、『キング』の“きおく”?」


 あんなおぞましいものが?と声に出してしまうと、さきほどまで目の前で繰り広げられていた身の毛もよだつ残虐な行為を思い出してしまい、慌てて自分で自分を抱きしめて、頭を振りながら記憶を追い出す。しかし、忘れたい記憶ほど往生際悪く脳裏に張り付いて離れないものだ。真っ暗な窓の外を眺めたり再び布団を被って目を閉じたりして見るが、そいつはおれの頭から出ていこうとはしなかった。

 しばらくおれが二度寝に試行錯誤していると、ふと隣の部屋から物音がした。そういえば今日のバイトは早番だから早起きしなきゃいけないと1が言っていた気がする。1ならこの夢についても何か知っているのだろうか。リビングに向かう足音を見送ってから、身支度の邪魔になるかもしれないと躊躇いながらも、おれを吞み込もうとする悪夢から逃れるように布団から抜け出した。


「あれ、アルベルおはよ!もしかして起こしちゃった?」

「…1のせいじゃない」

「…?なんかあったのか?」

「……いやな、ゆめ」


 白状してしまえば居ても立ってもいられなくなりコーヒーを飲む1の背後から抱きつけば、1はコップを置いて正面からおれを抱きなおしてくれた。

 なんでこいつは愛想もなくて言葉も足りないおれにこんなにも優しくしてくれるのだろう。


「よーしよし、アルベルは一人で頑張ったんだな。でも一人で抱えるのは苦しいばっかだぞ?少しずつでいいからおれに話してくれるか?」

「うん。……はくいのやつらがおれをかこんでて……うでにクギをうちこむんだ。それから……足をナイフできりつけて、くさいえきたいをかおにかけて……ひふがこげたにおいがした」

「…ヴゥ゛!!?ごめんな…助けに行ってやれなくて」

「1があやまることじゃないだろ」

「それでも、アルベルのこと絶対守ってやるって言ったのにな」


 言いながら思わず涙があふれる。何度もおれの頭や背中を撫でて宥めてくれる1。普段は訳の分からないことばかり喚いている変人ではあるが、現実離れした夢の内容も否定せず受け入れてくれた1に、おれへの妄言とも取れる言葉は全て本気なのだろうと信じたい気持ちが強くなった。


「…なんで、おまえはいつもそうなんだ?おれなんてかわいくないしとりえもないのに」

「なに言ってんだ!アルベルは世界一可愛くて世界一カッコいいおれの自慢の息子なんだ!!こんなに可愛くていい子に酷いこと言うやつなんて鬼か悪魔かアラマキだけなんだよ!!!」

「…アラマキ?」

「え、えっとね一応海兵なんだけど、人権侵害してくるしアルベルに酷いことするやつ!!」

「またぜんせのはなしか」

「そうそう!大丈夫、アラマキが来てもおれが雷鳴八卦するから!!!」


 脈絡のない言葉は考えすぎると頭がこんがらがるが、今回ばかりは気が紛れたおかげで涙が引っ込んだ。くすくすと笑いを浮かべたおれに1も笑顔を返してくれる。


「あ、ヤバ!もうこんな時間か!ごめんアルベル、おれ仕事行ってくるね!!!!」

「……いってらっしゃい」

「…え、アルベルがおれに行ってらっしゃいって言った?!!!やっぱりうちの子とってもいい子なんですよ!!!ちょっと、もう一回言ってくれない?」

「…そんなことしているとちこくするぞ」

「あ゛あ゛、行ってくる~~!よっしゃ、今日の夜ご飯はアルベルの好物のカレーうどんにするからね!!」

「ああ、たのしみにしている」



 時は流れ1は立派な社会人、おれは高校生になった。

 相変わらず不定期に順不同の過去鑑賞会は続いていたけど、「カイドウさん」がおれを研究所から救う夢を見てからは、どんなことがあっても「カイドウさん」と1が助けてくれると思えるようになった。

 あの日1がおれを見つけてくれなければ、他人とまともにコミュニケーションを取ることも友達を作ることもなく今頃一人寂しく生きていたのだろう。高校は1の勧めもあり、義両親の家から離れた進学校に入ることとなったが、既に一人暮らししていた1の家が比較的近かったので部屋を貸してもらえることになった。


「一人暮らししたかったらしても良いんだよ?お金なら心配しなくていいし」

「…一人は嫌だ」

「そうかそうか!ま、おれもアルベルが恋しかったから嬉しいよ」

「休みの度、おれに会うためとか言って実家に来てたくせに」

「だって三日も会わないとおれの中のアルベル成分が枯渇するんだ!!!」


 中学に入って一気に伸びた背は今じゃ人混みの中でも頭一つ抜ける程度の高さになっていた。1も女性の中ではそこそこ身長がある方だが、並ぶとつむじがくっきり見下ろせる程度の差がある。


「アルベルも年頃だろ?彼女とか連れ込まなくて良いのかよ〜?」

「それを言うならお邪魔虫はおれのほうだろ。義弟の前では頭父親の超絶方向音痴不器用究極ブラコンの誰かさんが身を固めるならおれは出ていくぞ」

「…いやおれだって職場だとTPOを弁えて大人しいし、仕事もできるからそれなりにモテているが」

「…そうなのか」


 義両親の前ではちゃんと「私」という一人称を使っていたのは知っているが、落ち着きがないのはそのままだったから、おれの知らない1の側面があると知ってなんだか胸の奥が落ち着かない。いくら一緒にいる時はおれにベッタリだからといっても12歳も離れているのだから当然のことなのに。


「ヨシ!夕飯の買い出しに行くか」

「ああ。……ん」

「え、アルベルおれと手、繋いでくれるの?仲良くお買い物行っていいの!!?」

「こうでもしないとあんたは変な方向に歩いて行くだろ…」

「……うん、アルベルごめんね」


 先ほど見かけた徒歩5分程度の店に着くまで30分散歩したくはないので、昔はあんなに大きく感じたのに今やおれの手にすっぽり覆われてしまう小さなそれを取った。


「あ、1じゃん!…隣のイケメンは誰だ?彼氏か??」

「この子はアルベル、おれの息子!!!」

「…え、なんて?」

「息子」

「お前いつの間に結婚してこんな大きい子供産んでたの???」

「いや産んでないよ。戸籍上は義理の弟だけどおれはアルベルの父親だから!!」

「???」


 ……おい待て、外だとTPOを弁えているとどの口が言ってんだ!!


✳︎


 二人暮らしは頼もしいのに危なっかしい1のせいで多少のトラブルもあったが概ね順調だった。1は相変わらずおれを溺愛していたが、おれももう子供じゃないと主張して家事は折半させてもらうことにした。

 小学生の頃、家庭科の宿題で初めて卵焼きを作った時は火加減を間違えて丸焦げの卵だったものを食べさせてしまったが、今では焦げ目がつかないようにしっかり焼いたものも、とろとろオムライスの半熟だって朝飯前だ。今日も料理アプリを見ながらポークリブを作ってみたのだが想像よりも美味しいものができた。


「アルベル、料理の腕あげたな!」

「まだ1ほどではないが」

「そんなことねェよ!アルベルのご飯は世界一美味しい!!!そんな息子の手料理食べられるおれは幸せ者だな〜〜!!」


 ほぼ炭と化して苦くて食えたもんじゃない卵焼きも「おいしい!」と完食してくれる人だから、その言葉も過剰な賛辞に聞こえてしまうが、実際甘辛いタレと豚肉の甘みがマッチしていて程よくご飯が進むので、褒め言葉の半分くらいは素直に受け取ってやろうと思う。

 不思議な夢も最近では、1に絆され済みの「カイドウさん」や他のやつらとの賑やかながらも穏やかな日々が続いている。幼少期は毎晩見ていたそれも一週間に一度見る程度まで頻度は落ちていて、そのうち知らずに見なくなるんじゃないかとおれは考えていた。

 だから、こんな“記憶”があるだなんて想像だにしていなかった。


✳︎


「アルベル!!逃げろ!!!!!お前だけでも生きてくれ!!!!!」


 全てを飲み込む黒々とした曇天を照らす炎。墨汁を垂らしたような海は見渡す限りカモメを掲げた軍艦に囲まれていて、おれ達が乗っていた船は肩身が狭そうな顔をして荒波に揉まれている。

 船に横付けした軍艦に飛び移った小さな人型は叫びながら変形を始め、気づいた時にはティラノサウルスが高く聳えるマストを噛みちぎっていた。止まない銃声と海兵たちの怒号、それらに怯むことなく太古の覇者は力の限り暴れて甲板に穴を開けた。


「待ってくれ!」

「アルベル!なにしてんだ!今のうちに逃げろって!!!」


 金縛りにあったかのように硬直していたおれを認めたそいつは、おれの乗る船と軍艦を繋いだロープを尻尾で薙ぎ切ると「おれの分まで生〝ぎでぐれ〝!!!」と喉を潰しながら叫ぶ。


 ……なにを、あんたは、一体なにを言っているんだ。なんでおれを逃がそうとするんだ。こいつらの狙いはおれ一人、逃げるべきはあんたの方なのに。カイドウさんに続いてあんたまで失って一人でどこへ逃げろと言うんだ。おれはカイドウさんかあんたのそばでしか生きられないと知っているくせに。


「1!1!!!」


 往生際の悪いおれを叱咤するように、突如吹いた爆風に帆船は背を押されて軍艦の間をすり抜けていく。獣型に変形して1の元に戻ろうとするも、呼び寄せたように海水を頭から被ってしまい朦朧とする意識に立ち昇る黒煙だけがハッキリと見えた。


「おれを…置いて逝かないでくれ。父親と言うのなら、たまには息子の言うことも聞け!……おれはまだあんたに何も返せてないのに。なあ…父さん、父さん!!おれは、まだ…あんたと生きたかったんだ……」


✳︎


「1!!!」

「お、おう朝から元気なアルベルは珍しいな。アルベル、おはよう!!!」

「おはよう。……1は最初から全部覚えていたのか」

「ん?あ!前世の夢の話か?そうだな物心ついた頃にいきなりギューーンバーーン、ドシャって全部記憶が降ってきたんだ」

「…なら、自分の最期も知っていたんだな」

「……まあな」


 小さい頃からずっと疑問だった、おれはなんのために産まれたのか。そして成長するにつれ、なんで1の性別が異なっていたのか、少しずつ夢を見る頻度が減ったのは何故か、「キング」は心の底で1をどう思っていたのか等々疑問は増えていった。

 やっと分かった。おれは前世の未練を晴らすために産まれてきたんだ。


「なあ、おれはあんたに何を返せるんだ?」

「……何もいらねェよ。今度こそアルベルが幸せになってくれればおれはそれでいいんだ」


 豪快に笑うその表情が、軍艦に乗り込んでいく直前のものと重なる。この人はまた同じことがあれば喜んでその身を捧げるのだろう、おれのためならなんでもできる人だから。

 分かってはいるけれど「キング」はそれが不満だった。この人に逃げて欲しかったし、不甲斐ない自分の盾になることなんて望んじゃいなかった。

 長く伸びた黒髪を漉いて細い肩を抱く。今度はおれがこの華奢な身体を守る番だ。


「父さんが幸せじゃないと、おれは幸せになれない」

「アル、ベル…?」

「父さん、あんたはもっと自分を大切にしてくれ。今度はおれが何に代えても1を守るから」



 その日を境におれは前世の夢を見なくなった。

Report Page