『村外れ、皇帝の人骨不法投棄事件』

『村外れ、皇帝の人骨不法投棄事件』

あにまん掲示板:【AIのべりすと】安価ファンタジー【物語を書いてみる】

 

 私の名前は、モヌメント葦原。親しい友人はモニュと呼ぶ。


 この大陸でも有数の大都市で育った私は、街で唯一、探偵を職業としている者だ。

 街の出身者は、たいてい、商人や芸人になる。街に集まる人間を相手にする商売というのが共通点。

 だけど私は、同じ共通点を持つ探偵という仕事を選んだ。もっともこの世界では、探偵という職業に理解を示す者は少なくて、相談事を専門にしている冒険者だと認識しているものがほとんどである。

 便利だから冒険者ギルドに籍も置いてるのも原因だとはいえ、21歳になるまでいくつも仕事をこなしてきたのだから、もうちょっとメジャーになって欲しいと思う。


 ◆◆◆


 その日、私は裏路地にいた。


 夜になると通りを照らすのは灯りの魔法のかかった街灯。

 だが、裏路地にはそれも届かない。

 どこからか漂ってきてきた霧のせいで、今はもう数歩先も見えなかった。


「なんで私がこんな目に……」


 今日の依頼は簡単なはずだった。

 この街の外れにある小さな村からの依頼だったのだが、村の畑が何者かによって荒らされているとのことだった。

 だが、被害にあった畑を見に行くと、そこにはなんと人骨が落ちていたのである。

 その人骨を探るうちに、その人骨が羽織っていた服、鎧、ボロボロの残骸の意匠までをひとつひとつ調べているうちに、私は恐ろしいことに気付いてしまった。


 こいつは皇帝のものだ。つまり、これは事件なのだ。


 かつてその強大武力で大陸を蹂躙した帝国。やがて民衆の中から産まれた反乱軍の台頭により討ち取られた皇帝の遺体は、帝都へ運ばれて霊廟にて埋葬されたはずだ。


 そんなものが、どうしてこんな村の畑に?


 しかも畑荒らしの痕跡を見ると、かなり手慣れた犯行のように思える。

 犯人は帝国の関係者なのか? それとも帝国以外の国の人間の仕業なのだろうか? どちらにしても、このまま放置しておくわけにもいかない。


 私はすぐに村を離れて都市へと戻ると、冒険者ギルドを通じて、裏路地の奥にひっそりと店を構えたこの店で、調査を依頼することにしたのだ。


 ◆◆◆


 それから数日後、私の元に現れたのは、いかにも冒険者らしい風貌の男達だった。


「それで、依頼内容は?」

「この村に最近現れた正体不明の人物の調査です」


 男達は顔を合わせて変な顔をした。基本、冒険者はモンスターの退治を生業としている。聞き込み調査のような仕事は専門外のものが多い。

 だが、冒険者の中には、そういう仕事を得意とするものだって少なくはない。


「報酬は金貨100枚。成功報酬です」


 ちょうど今、報酬額を聞いて口笛を吹いた痩せぎすの男がそうだ。

 冒険者といえども、暴力を仕事の道具にしている以上は人間同士の面倒事に巻き込まれることも少なくない。彼のような裏世界に通じている人間は必要だ。


「それと、もし何らかの理由で戦うことになり、これを捕縛することができたら、さらに追加で50枚の謝礼をお支払いします」


 この追加条件に、冒険者たちは黙り込んだ。言外にそういう危険が十分に考えられるということを察したのだろう。金貨100枚の報酬はかなりの額だが、それを払うだけの仕事であることは理解してくれたと思う。

 もっとも、私にとってもその危険がどのようなものかは未知のものなのだけど。


「期間は3日間。その間、宿もこちらで手配させていただきます」


 村に泊りがけで三日間。

 畑荒らしはまだ続いているらしい。皇帝の人骨は元に戻しておいた。

 つまり、犯人はなにかを探している。


「ただし、危険を感じた場合はすぐに逃げてください。無理をして怪我をすることもありえますからね。できれば、なにかの証拠品を持ってきてもらえれば嬉しいです」


 これは、もしも手に負えない問題だったときの保険。

 この冒険者達もそれなりに腕の立つ人たちなんだけど、問題が問題だから甘く見るのは危険だ。最悪、反乱軍の英雄やら、帝国の残党やらと出くわすことになる。

 バリバリの戦場に身を置いていた連中は人間にだって容赦しない。


「もちろん、犯人の正体については口外はなしで。公表するかどうか、役所に突き出すかどうかはすべて私が判断します」


 この提案に冒険者達は再び難しい顔をした。うん、分かるよ。

 警戒心を刺激するよね。今ぜったいめちゃくちゃ怪しい人物だと思われてるよ私。

 冒険者のリーダーがギルドのマスターに目配せとかしてるし。ちゃんと頷いてくれたから危険はないと判断してくれたと思うけど。確認される時点でかなり胃にくる。


「何か質問はありますか?」


 冒険者たちはしばらく顔を見合わせて何かを話した後、例の痩せぎすの男が代表して首を振った。そして、リーダーの戦士らしい男性が、仕事の依頼書を手に取る。


「では、よろしくお願いします」


 その日のうちに、彼らは村に向かった。


 ◆◆◆


 二日目の夕方頃、村から村長の言付けを預かった人がやってきた。


 私が雇った冒険者たちは、全員が村の片隅にある公衆便所の、その下にある便槽の中で発見されたのだという。もちろん、全員が死体として。


「一体何があったんですか?」

「分かりません。私達が見つけたときにはすでに便槽の中で……」


 冒険者の死体は全部で7つあったのだという。そのうち6つの死体は装備や冒険者を証明する腕輪から、私が雇っていた冒険者であることが確認されたのだという。

 そして、残りひとつの死体も、その装備が身元を証明するものだった。


「あの鎧は、その、まちがいなく……かの帝国の、それも皇帝陛下のものであると」

「ああ、あの物語にも描かれている、皇帝の鎧ですか」

「自分は村育ちですが、あれは見たことがあります。ここの大劇場でも、皇帝が討たれるまでを描いた物語は上演されていたでしょう? それを見たことがあって……」

「だから、皇帝の死体だ……と」


 この2日の間に集めた話では、皇帝の遺体が盗まれたという情報はなく、そもそも皇帝の霊廟には鍵がかけられており、誰も入れない状態だったらしい。

 皇帝の遺体は霊廟に安置されていたはずなのに、それがどうして畑に?

 なんて、バカな疑問を私は抱いたりはしない。


「…………死体は、どれも人の形を留めていたんですよね?」

「それは、もちろんそうですが、しかしなにしろ便槽の中に半日も沈んでいたのですから、それはもう酷い有様で」

「人相が分からないぐらいに?」

「ええ、顔は、その、潰れていたと思います。」

「なるほどね」


 息を吐く。なんとなくだけど、この事件の全容は見えてきた。

 ただ、思っていたよりも良くない事態だとも言える。なによりも酷いことは。私が雇った冒険者達が殺されたこと。危険の大きさを見誤った。大きなミスだ。

 顔を両手で覆ってしばらく呻く。きりかえろきりかえろ。次の手は失敗できない。


「この話は、村の外には?」

「まだどこにも伝えていません。何があるか分かりませんから」

「賢明な判断ね」


 頷くと、私は話を聞いていたテーブルから立ち上がった。

 カウンターの奥に立つ店主を呼ぶと、いくつかのお願い事をして、村人と一緒に事件の現場へと急ぎ向かった。


 ◆◆◆


 村には洪水が押し寄せていた。


 上流から流れる水の量が劇的に増えたせいで川幅が広がって、川と村の間にあった籍が破られて一気に村の半分ほどが洪水に飲み込まれたらしい。

 雨や嵐に襲われたわけでもないのに、村の残り半分をも飲み込まんと押し寄せる水の勢いは激しく、高台から見下ろすそれはどこか非現実じみた光景だった。


「村人の皆さんの避難は?」

「すでに終わりました。幸か不幸か、今日の事件のことも合って村人たちが浮足立っていたのが良かった。川の状態が判明して、すぐに避難することができました」


 疲れた表情で村長が言う。

 皮肉なことに、荒らされた畑は村から離れていたため洪水の被害にあっていない。だが、住む家を奪われた今、畑だけが残ったとしてどうしろというのか。


「……例の、便槽から発見されたという、皇帝の鎧は今どこに?」

「それでしたら、半日をかけて清めて死体とともに教会に移したところなのですが」


 洪水から避難する時にそのまま置いてきたのだと聞いて、私は胸を撫でおろした。

 それならば、彼らに害が及ぶことはもうない。


 ついに村の中心に洪水が届く。


 村の中でも一番立派な建物であった教会が、洪水に押し潰されるようにひしゃげ、崩れていくのを見て、村人たちは嗚咽を漏らした。

 けれど、それで終わりじゃないことを私は知っている。

 私はじっと崩れ落ちる教会を見ていた。

 今、このタイミングでできることはほとんどない。見極めることしか。


「なんだ、あれは!」


 村人の一人が教会を指差して叫ぶ。

 崩れ落ちた教会の中心に、人影が立っているのを見つけたのだ。

 帝国、皇帝の鎧。それが洪水の中心に立っている。そう、中心だ。今や洪水だったものは、渦巻き逆巻く水の螺旋となって、皇帝の鎧を襲っていた。


「皆さん、近づかないでください! 距離をとって!」


 皇帝の鎧の手から光が放たれ、水を弾く。だが、弾けた水は再生して皇帝の鎧に叩きつけられる。そのたびに、鎧はひしゃげ、動きが鈍っていく。


「どうなるんでしょうか、これは」

「鎧が壊れるように祈って」


 村長の言葉に、私は視線を向けずに答えた。

 両手はを合わせたままギュッと手を結んでいるのは、そういうことだ。情けないことに、この勝負の結果で、私たちの運命は決まる。


「鎧が壊れる……あの水を応援してるんですか!?」

「たぶん、そちらの方がマシだから」


 私がそう言うのと、蛇のように鎌首をもたげた水の塊が、その先端を皇帝の鎧の胸に突き刺したのは同時だった。


「おお……!」


 村長の感嘆の声が上がる。

 皇帝の鎧は、胸に刺さった水を掴むように両手を合わせる。輝きが繰り返し明滅する。水にその光が広まっていく。まずい、やめろ。押し寄せていた水が、皇帝の鎧にみるみる吸い込まれていく。ああ、ダメだ。終わった。


 村を襲っていた洪水は、すべて皇帝の鎧の中に吸い込まれた。

 高台に集まって戦いを見ていた村人たちがシンと静まる。洪水から救われたと思うには、瓦礫となった教会の上に立つ皇帝の鎧は、あまりにも不気味だったからだ。


「逃げましょう、今すぐ」

『そなたら』


 避難の指示を村長にお願いしようとしたのと、声が周囲に響いたのは同時だった。

 鉄を擦り合わせて出しているような、耳に響く、耳障りな音だ。声と言うにはあまりにも不気味で、異質だ。感情の欠片すらそこには浮かんでいない。

 だが、皇帝がこちらを見ている。皇帝の、兜に完全に覆われた頭部がこちらを向いている。だから、自分達に向けて話しかけていることはイヤでも分かった。


『服従し、我が帝国の民となれ』


 手のひらを向けて鎧はそう言った。耳に触る声、耳の中で軋む音。とっさに耳を抑えたけれど、音が隙間から入り込んでくるようだ。気持ち悪さに膝をつく。

 とっさに周囲を見回す。

 村人たちは皆、地面に額を擦りつけるようにして跪いていた。


「……何様の、つもり、ですか」


 絞り出すようにして声を紡ぐ。血を吐くんじゃないかっていうぐらいに喉が痛い。

 皇帝の鎧は、ふわりと宙に浮くと、高台へと降りてきた。

 がしゃりと足甲が音を立てる。洪水に破壊されてひしゃげていた部分はすでに修復しているようだ。


『我は皇帝である。女、お前は何者だ。我が意志に屈しない貴様には、皇帝に名を名乗る栄誉を授けよう』


 そんな言葉を囀りながら皇帝の鎧は手甲を向けたまま、ゆっくりと糸を操るように動かしている。頭の中を何かが探っているような感覚が続く。ゆっくりと頭の中が鈍りそうになる。思考を止めるなと理性が警告する。


「私の、名前は、……モヌメント・葦原。し、たしい仲間はモニュと呼びま、す」


 口から滑り出た言葉の半分は、もう私の言葉じゃない。


『我をこの地に埋めたものはどこにある。まずは、それを滅ぼそう。次には我を呪ったエルフ共を。その次に我を破った反乱軍の者たちを。すべて』


 反乱軍は、皇帝を滅ぼすことができなかったのだ。

 今も皇帝の鎧は、皇帝を再生させようとしている。自分を動かす部品として。

 そして、かつて皇帝に向けられたエルフの呪いは、再生し続ける皇帝の鎧をめざして周囲に災厄を撒き散らし続けている。霊廟になんて入れられるはずがない。あそこは帝国の民たちが山のように集まっている。洪水に襲われたらひとたまりもない。


 反乱軍の連中は、死体の扱いに困って、こんな村まで移動してきたのだ。


 最初に畑で見つけた白骨がまとっていたのは皇帝の鎧の欠片の意匠だけだった。それが再生して、今、目の前に立っている皇帝の鎧にまでなっている。

 一度再生した体は殺したけれど、こいつは再び体が再生するまでに使える、新しい体を手に入れた。エルフの呪いを取り込むなんて、反乱軍の連中も想像していなかっただろう。私だって想像してなかったし。


『さぁ、言葉にしろ。我をこの地に埋めたものはどこにある?』


 皇帝の言葉が繰り返される。頭の中を探る見えない指が、私の口を開かせた。


「り、りり、力士って、知ってる……?」


 私は口を開いた。ゆっくりと、慎重に、言葉を選ぶ。思考を巡らせる。


『……?』


 皇帝の鎧は答えを返さない。兜の奥に輝く光が、じっと私を見つめている。


「ニホンって国の、スポーツ、スポ、そう、競技、競い合うの、人がたくさん見てる中で、二人の男が、力をぶつけ合う。それの、競技者が……力士…………」


 皇帝の鎧が言葉を止めようとしないのは、私の言葉に自分の知らない単語が多く含まれているからだ。

 こいつの問いが続く限り、私の思考はいずれ答えに辿り着くしかない。


「力士はね、強いのよ。それも、神聖なものとして扱われてる。神の前で戦う、ウォーリアなの。だから、武器もなく、マワシ一つだけの姿で、肉体をぶつけ合う。そのための肉体を持っているの」


 だけど、答えに辿り着くまでに、まわり道をすることを、こいつは止められない。

 私の口にするそれが、こいつにとって必要な情報なのか、それとも不要な情報かを判断するには、知識が足りないのだ。そりゃ知らないだろう、力士のことなんて。


「私の、その、育ての親の、お姉さんの子。えと、そう、従兄。従兄に、子供の頃、よく遊んでもらってたの、私、おでんばだったから。外で遊んだりね。その時に、こう、スモウごっこをしたのよ。スモウ。分からないでしょう?」


 頭をぐるぐる回す。皇帝の鎧が、手甲を動かした。

 ひきつるような頭痛が増して、喉が締め付けられる。息をするのが苦しくなる。


「スモウをとるのが、力士。その従兄は、スモウがとっても強かったから、私はこう言ったのよ。『ヴィリーはすごく強いからきっと立派な力士になれるわ!』ってね。だからヴィリーは力士なのよ。そう、ヴィリーが従兄の名前ね。それで、私の言葉を聞いたヴィリーはこう答えたの。『ぼくは力士になんからならいよ! 今日、劇場で見た、皇帝をやっつける反乱軍のお話。あれに出てきた皇帝に反旗を翻した騎士たちみたいに、誇りのある騎士になるんだ!』キラキラした目が綺麗だった。それからしばらくして、ヴィリーは両親と一緒に帝都に向かったの。そう、帝都!」


 もっとゆっくり、話さないといけない。

 そう思っても早口になってしまう。思考の速度をいじられているのだ。

 もっと、もっと考えなきゃと思っても、そろそろ考えるのも限界だ。

 もう、まわり道できる場所がない。


「きっとヴィリーは、帝都でかつての反乱軍の元に立ち、立派な騎士になったにちがいないわ! だから、あなたをこの地に埋めたものは、ヴィリーだって信じてる!」


 ああ、言ってしまった。これが終点。くそ。

 皇帝の鎧が、兜の奥で目を細めたのを感じる。つまり、怒りだ。


『……女。……貴様、なにも知らないな?』


 もちろんその通り。

 だけど時間は可能な限り稼いた。これだけたくさん稼いだんだから、どうかその時間が無駄になりませんように。

 冒険者ギルドのマスターに頼んだ、ありったけの高い報酬で雇える助っ人。

 そいつが私の最後の切り札だった。問題は、そいつが村の助けに間に合うか。


 祈りの言葉を頭に浮かべる。

 皇帝の手甲が握りしめられる。頭の奥が焼けるのを感じた。


 次の瞬間、皇帝の鎧が爆発四散した。


「偉大なる皇帝の鎧も、あっけないものだね」


 空気から生まれるようにして、白衣の人物が四散した皇帝の鎧の爆心地の少し後ろに出現した。たぶん、透明化して隠れていたんだろう。四散した破片で傷ついてないから、透過する魔法か何かかもしれない。羨ましい。

 メガネを掛けているのが実に賢そうだ。なるほど高い報酬を要求するだけはある。


「……まだです。すぐ再生します。今のアイツの本体は、エルフの呪い水です」

「話が違うじゃないか」


 白衣の人物の、薄く笑っていた端正な顔が真顔に変わった。それはそうだろう。私だって呪いを吸収してパワーアップするなんて展開、想像もしてなかったし。

 皇帝の鎧は、爆発四散した状態から逆回りに元に戻っていく。その肉体を構成している液体が、破片の一つ一つを引っ張ってるのだ。しかも呪いの力をそのまま原動力にしてるせいで、バカみたいに修復の速度が早い。


「さっきのはもう一度できます?」

「無理だ。あれを作るのに一年かかった。くそ」


 今にも逃げそうな顔をしている白衣の人物の、裾を掴んで引き止める。

 こいつは逃げられても、私と、動けない村人たちは逃げられない。


「ほかにできること。急いで、言ってください。なんでもいいです。はやく」

「待て、離せ。私は死にたくない」

「言え」


 絶対に離さないという意思を込めて、両手で白衣をしっかり掴んでやる。

 一瞬だけ、視線があった。黄金色の綺麗な瞳だ。

 皇帝の鎧は、もうすぐ完全に集まって再生を終える。それまでに私を引っ剥がすことを諦めた彼は大人しく私の言葉に従うことを選んだ。


「私は堕天使だ。だから魔を支配することはできるが呪いは専門外だ。もちろん魔法生物も専門外。能力で操ることはできない。私は科学者で、さっきのは超強力な爆発反応を起こす物質を使った。他にも科学反応を起こす物質は持ってきているが、科学では物理的な効果しか起こせない。魔法に干渉はできない」

「確か呪いは魔法現象じゃないですよね?」

「……呪いは因果に影響を与えて物理現象を起こす。奇跡の裏返しだ」

「温度を下げる科学反応は起こせますか?」


 私の言葉を聞くと同時に、白衣の男はすぐさま再生しつつあった皇帝の鎧へと振り返り、その懐から何かを取り出して手のひらから放った。

 真珠のような小さな純白の球体が、逆回しに再生していく皇帝の鎧の、まだ塞がっていない胸甲の中心部に吸い込まれていく。そして、一度だけ光った。


『皇帝に、したガエ…………!』


 手甲をこちらに伸ばしたポーズのまま、皇帝の鎧は凍りついた。

 そしてそれきり動かなくなった。


「それで、次はどうする?」

「考えがあります」


 ◆◆◆


 転移の気配を感じる。奇跡の力だ。


 ほんの一瞬で、凍結していた自らの仮の肉体が砕ける。

 それは破壊ではない。

 砕けていく肉体は、細かく散っていく変化の過程で液体へと戻り、その液体は即座に自らの肉体としての自由を取り戻すのだ。

 たとえここが何処だとしても、自らが不滅の存在であることを彼は知っている。

 ゆっくり再生して力を蓄え、再びこの世界に皇帝として帝国を築き上げればいい。

 皇帝の鎧はいずれ訪れる再びの自分の栄華を確信していた。

 それはほんの僅かな刹那の思考。


 皇帝の鎧は、知覚を周囲に巡らせた。

 だが、解凍されたその瞬間には、もう目の前は深海400,00Kmの彼方であった。


 最後の瞬間にそれが見たものは、無限の海に沈む巨大なる邪神の眠る姿。

 それきり、皇帝の鎧は二度と動き出すことはなかった。


 ◆◆◆


「交渉人の仕事、お疲れさん」

「はーい、ありがとうございます。お酒ください。よく眠れるあったまるやつ」


 あれから色々あって、ようやくすべての仕事を終えて村から都市まで戻れたのは、一週間も後のことだった。

 あのクソ皇帝の手甲じゃないけど、頭脳の重労働で頭が痛い。


「まさか、帝国の残党が絡んでいたとはね」

「呪われた死体を無関係な畑に埋めた反乱軍もクソですけど、あんなクソ鎧の命令で生きる栄光が忘れられなくて掘り起こした帝国の残党もクソでしたね」

「クソの見本市か」

「反乱軍は悪評を広めない約束で、帝国の残党は首にかかってた賞金で、たーんまりお金をふんだくってやりましたよ」


 ケッと吐いてワインを喉まで一気に流し込む。喉が焼ける感じが良い。

 アルコールが頭に回って、ちょっと頭が悪くなる感じ。

 しばらくのところ味わえなかったから、今夜はじっくりと楽しみたいところだ。


「そいつを村の復興資金にか。立派な心がけじゃないか」

「半分はもらいましたよ?」

「郵便ギルドのトムから、例の死んだ冒険者の家族に送金したって聞いたけどな」

「トムはクビですね」

「慈善事業のウワサは広まってナンボだろ。気を使ったんだから責めてやるな」

「そういうの嫌いなんですよ。私の中ではトムもクソの仲間入りです」

「かわいそうに」


 お代わりのワインが注がれる。奢りだ。余計なことを口にした詫びだろう。

 こういう気が利くところが、このおっさんが冒険者ギルドのマスターを続けてられる理由の一つだ。味方を増やすよりも、敵を少なくする方が良い職業もある。


「ところで、例の鎧はどうなったんだ? もう、戻ってこないんだろうな?」

「大丈夫ですよ」

「一体どこに送ったんだ? 反乱軍の連中にはちゃんと教えてやったんだろう?」

「ヒミツです」


 とある事件で関わった、海辺の村の教団の人達にお願いしたのだ。

 彼らの偉大なる神の身許に送ってほしいと。

 本来それは、彼らの一族のみが許される栄誉なのだが、大陸を支配していた皇帝その人もまた、偉大なる神の身許で眠る権利があると彼らは考えたようだ。

 自分もいつかその時が来たらと誘われたけれど、丁重に断っておいた。


 こうして、村を荒らした犯人達は牢に入った。

 そのついでに皇帝の鎧は永遠に歴史の闇に葬られた。

 一つだけ心残りは、恐らく冒険者達を殺したエルフの呪い水。

 これについては、多少、思うところがあるのだけれど、だからといって森のエルフに触れる勇気は私にはないので、胸の底に沈めておくことにする。


 私はお代わりのワインを飲み干して、冒険者たちの冥福を祈るのだった。

 あるいは、今も大陸制覇の夢を見続けている、帝国の鎧の残骸に、乾杯。


 ◆◆◆


『村外れ、皇帝の人骨不法投棄事件』 END

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