杏山カズサと別腹の関係
杏山カズサは、いわゆる不良のレッテルを貼られている。
ただし不良といっても自らドロップアウトしたわけではなく、ただ単に降りかかる火の粉を払っていたら、いつのまにか不良と同じように扱われていただけだった。
始まりはいつだったかもう覚えていない。
たしか期間限定のスイーツを買いに行ったときに強引に割り込みを掛けて来た奴を叩きのめし、報復に来た集団を更に返り討ちにしたことが、後から振り返ると、杏山カズサの不良伝説の幕開けだったのだろう。
普通ならばそこで負けるはずだが、生憎カズサのスイーツへの執念は普通ではなかった。
数の暴力でさえひっくり返す実力があり、その姿に恐れをなして不良は退散、迷惑を被っていた他の客からは感謝されたため、カズサとしても悪い気はしなかった。
だがそれ以来、何やら強いヤツがいるから倒してみよう、と世紀末思考の不良に絡まれることが多くなってしまった。
そうしてちょっかいを掛けてくる邪魔な奴を撃退していたら、いつの間にか不良扱いで、伝説のスケバンだとか望まぬ異名までついていたのだった。
周囲はそれを知り、巻き込まれてはかなわない、と離れていった。
別にそれ自体は何とも思っていない。
元から友達付き合いが得意というわけでもないカズサとしては、客観的に見て不良に目をつけられるような人間との交流は危ないから止めとけ、とこっちが言いたいくらいだからだ。
残ったのは空気の読めないバカくらいである。
「おお、新作のアイスは当たりだな」
「ちょっと! 一口って言ったじゃない! 何もっと食べようとしてんのよ!」
「いいじゃないか、ほれ、私のブルーベリーミルクアイスも少しやろう」
「もうコーンしか残ってないじゃないのよ!」
「ナツちゃんもヨシミちゃんも喧嘩しないで。ほら、私のチョコミント上げるから」
「アイリは甘やかしすぎないで!」
「よし、次は別の店に行こう。我々スイーツ部はまずトリニティの全てのスイーツを制覇しなければならない。総合学園に入るのは来年からだが、3年は短すぎる。今からでも動かなければ在学中にスイーツを全種食べ尽くすのに間に合わなくなる」
ふと、真昼間に通りすがりですれ違った少女たちが、アイスをシェアしながら騒ぐ声が耳に入る。
(……ああ、いいな)
スイーツは好きだ。
一人で店に並ぶことを恥ずかしく思うような感性は持っていないし、一人で食べることに何の躊躇もない。
誰にも邪魔されず、静かに、豊かに、それで心が救われることをカズサは知っている。
だが、気のおけない友人とああしてシェアして、スイーツを食べれたら……それはまた別の楽しみがあるのだろうな、とカズサは思った。
だからカズサは、受験勉強をすることにした。
「だってのに……」
目の前にはスケバンの集団。
彼女たちはカズサのことなど気づかず、集まってどこかを目指している。
よくもやったな、報復だ、と漏れ聞こえる内容から、誰かがスケバンの怒りを買ったらしい。
カズサとしては、そのことはどうでもよかった。
誰が誰の怒りを買おうと、面子を潰されようと知ったことではない。
ご愁傷様と言って終わりにするつもりだった。
だが時間とタイミングが悪かった。
誰だってやる気を出した瞬間に、それを邪魔されたら苛立つことはあるだろう。
カズサは静かな夜に、勉強をするつもりでいたのだ。
「ねえ」
「あん? 何だおま――えっ?」
カズサの問いかけに、集まっていたスケバンの一人が振り向く。
フードを目深に被って顔が見えないカズサを見て、はてどこかで見たような? と首を傾げる。
その顔に理解の色が及んだ瞬間、カズサは腰だめに構えたマシンガンのトリガーを引いた。
「うるさい。今何時だと思ってんの」
「ぎゃああああ!」
「きゃ、キャスパリーグだああ!」
「ちきしょう、お前ら組んでやがったのか!」
「うへ~、誰?」
あわれ、勉学の時間を邪魔された怒りでマシンガンの掃射を受け、スケバンたちは弾かれるように吹き飛ばされていった。
彼女たちからすれば、いきなり横合いから理不尽に殴りつけられた形だった。
結果として絡まれていた少女を助けることになったのは、カズサとしても意外な心境だった。
なにせ囲まれていた少女を見て、助ける必要がない、と直感で理解したからだ。
「救援ありがとねぇ。こっちも手伝うよ~」
「え、ちょ……2人同時はヤバいって!」
大きな盾を構えた少女、ホシノが吶喊する。
カズサに気を取られていたところを横合いから殴りつけられ、スケバンが悲鳴を上げた。
「2人どころじゃない数で攻めておいて、今更なに言ってんのさ」
「そうだよ~。ちょっとは反省しな」
カズサの掃射で穴が開いた集団に、盾を構えて飛び込んでいくホシノ。
さほど時間も掛けず、十倍以上いたスケバンたちは沈黙する羽目になった。
「お疲れ~、なかなかやるね」
「うん……その、悪かったね。あいつら、ここ最近調子乗ってたからシメといたんだけど、それが逆に巻き込んだみたいで」
「別にあれくらいはどってことないね」
各々が好き勝手に動いた結果ではあるが、急造であっても中々の連携になっていたようだ。
だがホシノが銃を撃たない姿勢を、カズサが見咎める。
「ふーん、そう……その割には銃も持ってるだけで全然撃たなかったし、なにあんた、ジャムってんの?」
「いやいや、整備はしっかりしてるよ~。でもこう見えておじさん金欠でさ、弾代が
もったいなくてね~」
「は? どこの貧乏学校だっての」
今時コンビニでも買えるほどに銃弾は供給過多だ。
スケバンですら弾代に苦心することはないというのに。
「アビドスだよ。知ってる?」
「砂しかないとこじゃん。あんなとこに通ってるなんて、変な奴」
「うう、砂しかないのは否定できない。おじさん胸が痛いよ~」
胸を押さえてオーバーにリアクションするホシノに毒気を抜かれたのか、カズサは愛用のマシンガンを肩に掛けて背負う。
ホシノとは争うつもりはない。
先程の身のこなしから只者ではないと確信したため、敵対すればただでは済まないと理解していたからだ
「……あの~、もう大丈夫ですか?」
「おっと、忘れてた。ハナコちゃんもう出てきていいよ~」
「なんだ、もう一人いたんだ……ってあんた、もしかして浦和ハナコ?」
「え、どうして私のことを……」
「……ねぇ君、ハナコちゃんのこと知ってるの?」
「あんた知らないの? 有名だよ、トリニティきっての才媛だってさ。次期ティーパーティーのホスト間違いなしとか言われてるくらいだ。身代金目当てに狙われたんなら、あながち間違いじゃないね」
「そんな……」
ショックを受けたように沈むハナコとは対照的に、へえそうなんだ~、と呑気なホシノ。
「ま、さっきのスケバンたちは知らなかったみたいだし、ハナコちゃんもそこまで気にすることもないと思うよ~」
「そうでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。あれくらいどうってことないよ、ね?」
「なんでこっち振るのさ、初対面だし」
「でも助けてくれたじゃん? おじさんは嬉しいよ~」
「それは……ただの偶然だっての。もういいでしょ」
話を打ち切ろうとするカズサに、うんうんそうだね、とホシノがうなずく。
そのしぐさにイラっときたカズサが声を上げる。
「今さっき会ったばかりのくせに、少し早く生まれただけで先輩面しないでくれる?」
「あ~うん、ごめんごめん。おじさんにもこんな時期あったなと思ったらつい、ねぇ」
「古臭い」
「花も恥じらう乙女になんてことを!」
「花も恥じらう乙女はおじさんなんて自称しない……ていうか、その言い方が古臭いよ」
「ぐう、胸が痛い。これがキャスパリーグの破壊力か!」
「……その呼び方止めてくれる? 好きじゃない」
ホシノがダメージを受けて胸を押さえてつぶやくと、カズサはその呼称を否定する。
キャスパリーグ、というのはそもそも自分で付けた名前ではない。
こういうのはスケバンたちが勝手につけたものだ。
自分たちが負けたから、あいつは強いのだとあだ名を付けて、負けても仕方がないと無聊を慰める。。
強い異名を持たせて、あわよくば命知らずが倒してくれることを願う、姑息な奴らの考えそうなことだ。
「キャスパリーグ、というのは『アーサー王伝説』に登場する怪猫ですね。村一つを壊滅させた、180人の戦士がやられた、などの強さが描写されています。アーサー王に重傷を与えた、あるいは殺した、という説もありますね」
「なーるほどねぇ、猫つながりか」
横からのハナコの補足に、カズサの頭で揺れる猫耳を見て、ホシノは納得といった様子で頷いた。
「わかる? あいつらは難しい漢字とか、無駄にかっこいい横文字とか好きだからいいんだろうけど、そんなあだ名を自称する痛いヤツだと思われたくないの」
「あーあるある。『世紀末覇王』とか『天上天下唯我独尊』とか服に入れているの見たことある。元ネタも知らないのに字面だけで入れるやつね」
「誰が考えてるのか知らないけどね、こういうのはあいつらの流行り廃りで付けられるのはよくあるみたい。現に何年か前には『ホルス』とかいうやつが大暴れしたらしいし」
「んぐ」
「……どうしたの?」
「なんでもないなんでもない……おかしいな全員ぶっ飛ばして口止めしたはずなんだけど」
小さな声でつぶやくホシノ。
幸いカズサには聞こえなかった。
カズサは懐からスマートフォンを取り出して、画面をホシノに見せた。
「ん」
「え、どしたの急に?」
「モモトークだよ、見てわかんない?」
「……ああ! モモトークね、はいはい。いやあ最近使ってなかったから忘れてたよ~」
「アビドスじゃ連絡する相手もいないんだ?」
「中々辛辣なこと言うじゃん。アビドスにだって目に入れても痛くない可愛い後輩がいるし。おじさんは面と向かって話す温もりを大事にしてるんだよ~」
ホシノもスマホを取り出してモモトークアプリを立ち上げる。
ピロリン、と軽い音がして連絡先が交換された。
「ふ~ん、小鳥遊、ホシノか……」
「そっちはカズサちゃんって言うんだねぇ、よろしく~」
そういってホシノは飴玉を一つ口に放り込み、にへら、と笑った。
その手元をみてカズサは聞いた。
「それ、どこのやつ? 見たことないけど」
「ん? これはおじさん特製のスペシャルキャンディだよ~。よかったらカズサちゃんにもあげ、あ、あげ……あ~げない!」
「は? ムカつく。別に欲しいなんて言ってないし」
カズサに飴玉を渡そうとしていたホシノだったが、直前になって惜しくなったのか手を引っ込める。
その様子がまるで『お小遣いをあげる』と言って、お金を持ち上げて『はい上げた』とからかう親戚のように見えていら立つカズサ。
青筋を立てるカズサに、ホシノは両手を合わせて平謝りだった。
「これは上げられないんだ、ごめんよ~。でもよかったら今度、アビドスにおいでよ」
「へぇ、何があんの?」
「す、砂風呂なら……」
「リゾート地でもないのに砂風呂? 絶対嫌だね」
「そんなこと言わないでさぁ、砂風呂楽しいよ? 砂のお城だって好きなだけ作れるし」
「い、や!」
強く断言するカズサに、そんなぁ、と凹むホシノ。
「うう、そのうち観光の目玉商品ができたら歓迎するからね、その時は遊びに来てよ」
「期待しないで待ってる」
「……言ったね、カズサちゃん? 約束したからね?」
「なにその顔、うざ……」
スマホをしまって、カズサは踵を返した。
用も済んだ以上、この場に長居する必要はない。
「それじゃあね」
「うん、じゃあね~。おじさんたちは散歩の続きするよ~」
「あ、ホシノさん、ずるいです。どうしてあの子の方が先なんですか? 私も! 私ともモモトーク交換しましょうよ!」
「うへぇ、分かったから引っ張らないでハナコちゃん。袖が伸びちゃうから~」
場違いに明るい調子で去っていく二人。
浦和ハナコの方はまだよくわからなかったが、小鳥遊ホシノとは少し話が弾んだ気がする。
「……変な奴ら」
おそらくカズサはこの日を後から思い返した時、悪くはなかった、と結論付けるのだろう。
たった3人の、誰に問われたとして答えることのない、そんな秘密の出会いだった。
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「………………ねえ」
『どうしたの?』
「ここ、わかる?」
『うん? ああ、これか~。教科書ある?』
「ん」
『そこの公式のページ開いてくれる? そうそう、その上から二番目のやつ使う』
「これ? ほんとに?」
『ひっかけ問題だからねぇ。余分な情報そぎ落として必要な数字集めたらこの公式に当てはめるの。その取捨選択は――——で————だから――――』
「……うん、わかった……ありがと」
『どういたしまして~』
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『トリニティ合格おめでとう!』
「……ねえ」
『あれ、あんまり嬉しそうじゃない?』
「前にあんたと一緒にいた浦和ハナコ、なんで水着で徘徊してんの?」
『……あー、やっちゃったかぁ』
「やっちゃったかぁ、じゃない! 知り合いと思われたくなくて隠れる羽目になったじゃん」
『いやこれには深い理由があったりなかったりでね』
「あるのかないのかはっきりして」
『ハナコちゃんは自分に正直に生きることに決めたんだよ~。そこにおじさんがとやかく言うのは違うかなって思ってさ~』
「素直になった結果が痴女ってどういうこと? 浦和ハナコのこと、ちゃんと躾といてよ」
『うわ、カズサちゃん、人のことをペット呼ばわりはまずいよ~』
「とにかく! ちゃんとした格好してないと近寄らないからね」
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「何か空が変なことになってるけど、そっちは?」
『こっちも一緒。ビナーっていうおっきな機械の蛇が暴れてたから倒したけど』
「ちょっと、大丈夫なの?」
『ビーム撃って来てびっくりした。ちょっと痛かった』
「……はぁ」
『心配してくれたの? ありがと~』
「っ!? 誰が心配なんて――」
『あ、ごめんねカズサちゃん。おじさんたちこれから宇宙行くから』
「は? 宇宙?」
『うちの可愛い後輩助けに行くんだ。悪いけどおみやげは期待しないでね』
「何言って……切れた。何だっての……」
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「……」
『……』
「……チッ」
『……』
「既読スルーとか、ムカつく」
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「……なにか、おかしい」
今の自らを取り巻く現状を顧みて、カズサは違和感を覚えた。
今いる場所はトリニティのはずなのに、まるでゲヘナの無法地帯のように頻繁に爆発騒ぎが起きている。
カズサの感覚が、ピリピリと警戒を発していた。
放課後スイーツ部のみんなは、先日制服のまま川に飛び込んだとニュースになっていた。
それならナツの悪ふざけにまきこまれたのか、と納得はした。
しかしそれ以降、ろくな返事もなく3人で行動を続けている。
別に全員一緒でなければいけない、という決まりは放課後スイーツ部にはない。
各々の懐事情もあるし、カズサだって一人で行動して静かに食べたいときもある。
だがもう二週間以上顔を見ていない。
さすがにこれは異常だ。
「何が起きてるの……?」
3人のモモトークに連絡を入れても、電話をしても返事はない。
朝昼夜、と時間をずらしてもなしのつぶてだった。
文明の利器が役に立たないため、カズサは歩いて彼女たちが行きそうな場所、かつて4人で食べ歩いた店を順に回っていくしかできなかった。
と、そこへモモトークがピロリン、と反応する。
「……ナツから?」
『やあやあカズサ、連絡できなくてすまないね。最近見つけたスイーツ店が素晴らしいものだったんだ。ロマンあふれるメニューに心奪われてしまっていたのだ』
「なんだ、よかった」
同時に送られてきた写真に、3人の姿が写っている。
怪我などしている様子もなく、カズサはホッと安堵のため息をついた。
『やはり砂糖は素晴らしい。甘味という神の授けた贈り物は我々を一つ上の次元へと誘ってくれる。そこにはロマンがあり、それ以外はカスであると断言できる』
「……ん?」
『砂糖を愛する身としては人類の叡智の結晶たる砂糖を独占することは悪であり、断固たる決意で反逆することも辞さない。カズサもそう思うだろう?』
やはりおかしい。
ナツという少女は、確かにスイーツを愛していたし、ロマンを求めていた。
だがそれは彼女なりの哲学であり、自身がそれを理解していれば良くて、他人にわざわざ同調を求めるようなことはしなかったはずだ。
こんな上滑りするようなセリフは、ナツらしくない。
「この写真、背景からするとこっちか」
三人の写真の背景に住所がちらりと見えた。
元は救急車などを呼ぶときの場所の説明のための物だろう。
今のカズサにとってはありがたいものだった。
僅かな情報を頼りに、カズサはスイーツ部のみんなの足取りを追った。
追い掛けたカズサが見たのは、スイーツ部のみんなが飴玉を口に放り込むところだった。
「みんな、何やってんの!? 吐き出して、それ絶対ヤバいやつだって!」
飴玉一つで恍惚とした表情を浮かべる姿に、カズサの背筋が粟立つ。
スケバン時代に鍛えた直感がダメだと、全力で危険信号を発していた。
だが……
「は? 何言ってんのよ。コレが良いんじゃないの。つまんないカズサ」
「ヨシミ……」
「カズサ、この世に砂糖以上に優先すべきものなど無いだろう?」
「ナツ……」
「カズサちゃんさ、他人の好きな食べ物を否定できるくらい偉いの?」
「……アイリぃ」
「私たちはこれが良いの。歯磨き粉みたいなアイスなんて、もうどうでもいいんだから!」
それは、決別の言葉だった。
あんなに愛していたチョコミントアイス。
他人から歯磨き粉みたいな味とか言われても、『それでも私は好きだから』と自分のポリシーを曲げなかったアイリが、あの時好きだと言った自らの過去をドブに捨てた瞬間だった。
「私たちはスイーツ部などという甘ったるい部活は辞めることにした」
「ナツ!?」
「いくら丁寧な仕事をしようと、どれだけ上等な食材を使おうと、美味しくなければ等しくカスだ。今の我々は砂糖の可能性を追い求める獣、その名も『アビドスイーツ団』だ!」
「つまんないカズサは入れてあ~げない」
「カズサちゃんも砂糖を食べてくれるなら入れてあげる。嫌ならもう顔も見たくないから消えて」
「そん、な……」
助けようと伸ばした手は、無情にも振り払われた。
何を言えばいいのか、どうすればいいのかわからず、言葉にならなかった。
目の前にカズサがいるのに、カズサが視界に入らないかのように無視して去って行く3人。
カズサはただひとり、まるで白昼夢でも見たかのように立ち尽くすしかなかった。
「砂糖……飴玉……アビドスイーツ団……アビドス?」
カズサの手は、知らず知らずのうちにモモトークのアプリを開いていた。
僅かなスクロールで出てきた相手の名前をタップする。
既読スルーされたことなど忘れて、相手の事情など知らぬと電話を掛ける。
数コールの後、果たしてその相手、ホシノは電話に出た。
『うへぇ、どうしたのさカズサちゃん?』
「ナツも、ヨシミも、アイリも、変な飴玉を食べてから、みんなおかしくなった」
『うん?』
カラカラ、と何かが転がる音が電話越しに聞こえる。
思い出した。
初めて会った時から、こいつは飴玉を舐めていた。
ナツや、ヨシミや、アイリが舐めていたあの飴玉と同じものを。
「アビドス産の砂糖だってさ。アビドスには砂しかないってあんた言ってたよね。そんな特産品あるわけないのに……ねえ、あんた何か知ってるんでしょ? 『特製のスペシャルキャンディだ』って言ってたもんね? 誰でもいい……浦和ハナコでもいいから、説明して……しろ……どうしてあんなものを広めた? なんとか言え…………答えろ、小鳥遊ホシノぉっ!!」
愛用のマビノギオンを軋むほどに握りしめて、スマホの先にいるホシノに激発するカズサ
そんなカズサの感情に頓着せず、ホシノはのんびりとした声で返す。
『……あ~あ、気づいちゃったか~』
「っ!?」
否定して欲しかった。
関係ないと、自分も被害者なのだと、そう言って欲しかった。
だがカズサの希望は、続く言葉に切って捨てられる。
『そうだよ、おじさんが広めたんだ~。我ながらいい出来だと感心するよ』
「なん、で……浦和ハナコは?」
『ハナコちゃんもいい手駒になってくれたよ? やっぱりトリニティの才媛は伊達じゃないね! 次期ティーパーティーのホスト間違いなしと言われるだけあって、前から目をつけていた甲斐があったというものだねぇ』
嘘だったのか。
あの日、カズサがハナコを見て名前を呼んだ時、一歩前に出て守るように立っていたホシノが、ハナコを利用するために近づいた?
『カズサちゃんも来なよ。ヒナちゃんが来てくれて治安良くなったけど、まだ実働部隊が足りてないんだよねぇ。キャスパリーグなら異名もばっちりだし』
カズサに勉強を教えてくれたのも、トリニティの合格を祝ってくれたのも、カズサを引き込むための嘘だった?
足元が崩れ落ちるような感覚を覚えてふらつくカズサに、ホシノは続ける。
『アビドスへおいで、カズサちゃん。目玉商品ができたんだ。カズサちゃんの大好きなスイーツもたくさんある。歓迎するよ~』
いつもの、平素と変わらぬ口調で、あの日の約束を告げるホシノ。
ブツリと切れた電話口からは、ツーツーと機械的な電子音だけが虚しく響いていた。
通話の切れた画面を無言で見つめていたカズサは、おもむろにスマホを壁に叩き付けた。
「……」
落下したスマホめがけて、ガガガガガッ! と片手に持っていたマシンガンを構えて連射する。
一発当たるごとに跳ねるように動くスマホを、丁寧に丁寧に、周到ともいえる意志で撃つ。
バラバラに崩れていくが、知ったことか。
ここにもう、残しておくような思い出は残っていない。
カチ、カチ、と弾が切れるまでトリガーを引き続けたカズサは、愛用のマビノギオンを投げ捨て蹲った。
「ううう、ああああ……ああああああああああああああっ!!」
赤子のように体を丸めて、声も嗄れよと言わんばかりに大声で泣きじゃくる。
助けてと声を上げたいのに言葉にならず、喉からは呻くように音が漏れるだけだった。
友達も、先輩も、全ていなくなった。
かつて伝説のスケバンと言われた姿は微塵もなく、ただ孤独に泣き叫ぶ一人の少女の姿がそこにあった。
もはや誰も、その背中をさすって慰めてくれることはない。
やがて涙が枯れ果て、声がかすれるほどに泣いたカズサが、ふらりと立ち上がる。
「もう、ぜんぶどうでもいい」
事情を知らぬ者が見れば、まるで幽鬼のようだと評するだろう。
血のように真っ赤に染まった眼だけが爛々と輝いていた。
「殺す」
ここに怪猫キャスパリーグが目を覚ました。
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「……あ」
「邪魔。ジュース買えない」
「う、うん。ごめんねぇ」
「……」
「……」
「……」
「……い、良い天気だね?」
「は? 目ぇ腐ってんの? 外曇ってんだけど」
「い、いやあおじさん曇り大好きだよ、うん。ちょー好き」
「うざい……」
「うへぇ……」
「……」
「……」
「……」
「……ねえ、本当に私を殺さなくていいの?」
「は? あんた、砂糖の摂り過ぎで目だけじゃなくて頭も腐ったの?」
「いやでもさ、カズサちゃんにはその権利あると思うよ。私も抵抗しないし」
「……あーもう! 死にたいのはあんたの勝手。どうして私があんたの望みを叶えてやんなくちゃいけないのさ」
「それは」
「過去は消えない。やったことはなかったことにはならない。当然のこと、常識でしょうが。いくら重圧に押し潰されそうだからって、安易に死んで『はいオッケー』なんて許されるはずがないし、私は許さない」
「でもカズサちゃん、殺したいって言ってたじゃん?」
「確かに言ったよ、殺すって。だから私は勇者なんかと手を組んだ。あのクソッたれの砂蛇とも戦った」
「それは感謝してるけど」
「小鳥遊ホシノは、2度とアビドスの対策委員会には戻れないし、対策委員会を名乗ることもできない。それがあんたに与えられた罰で、末路だよ。キャスパリーグの牙は、確かにアビドスの王に届いた。王様は死んで、それで終わり。もうお腹いっぱいで、顔も見たくもない」
「うん、そうだね……うへへ」
「……」
「……」
「……ねえホシノ、この後暇でしょ。スイパラ行くよ」
「え、スイパラ? 今『お腹いっぱい』って……カズサちゃん、私の顔も見たくないんじゃないの?」
「は? 見たくないに決まってるじゃない。でも……」
「でも……?」
「甘いものは『別腹』だって言うでしょ、常識」