本番

本番


「ラ、ラヴィーネ…本気?…」

戸惑うカンネ。当然だ。動きの取れない状態で私とキスすることになるなんて想像もしてなかっただろう

「…大丈夫だ。わ、悪い様にはしないから…」

「そういうことじゃなくて…ラヴィーネはいいの?…私となんて…初めてででしょ?ラヴィーネも」

ラヴィーネも…『も』…よし!お互いファーストキスだ!長年一緒にいた甲斐があったもんだ

「だからなんだ…お前を助けるためなんだぞ。………いくぞ」

もう聞く耳は持たない。言う言葉もない。ただカンネは瞳から逃さない。ゆっくりと顔と唇を近づける。

鼻頭が触れ合う距離だが触れているかは分からない。そこ以外はどうでもいいと感覚が唇に集中しているからだ。

カンネがゴクリと喉を鳴らす。私の心臓の鼓動と同じくらいに。

カンネは目を開いて私を見つめてくれている。だが徐々にその瞼を降ろしていく。

私もそうだ。これから起こることは目の前の光景すらも捨てる価値がある。

二人の瞼が閉じた瞬間が――唇が重なった瞬間だ。

柔かい………日常の戯れの最中に指とかが触れた時はあるが……これは柔らかいとしか言いようがない…

唇を合わせながらゆっくりと瞼をあげる私たち。

よかった…まずは拒絶されていないようだ…

このままカンネと唇を啄み合いたいところではあるが、ぐっと我慢して私はゆっくりと舌を前進させカンネの唇に触れる

その瞬間カンネは少し震えたが抵抗せずに…同じことをしてきた。私の舌がカンネの唇を別けて先端が口内に侵入したらすぐに…カンネの舌と触れた。再会の挨拶のハグの様にお互いの舌の先端同士を軽く絡ませたところでカンネの舌が退いて私を口内へと誘う。

なめらかで瑞々しい弾力がカンネの舌から伝わってくる

まるで、いや他の何かに例えるなんて無粋だ。これはカンネの舌の感触、私だけが味わうことができた大切な感触…

完全に入り込んだ私の舌をカンネの舌が纏うように絡みついてくるから負けじと私も舌を躍らす。

一通りカンネの舌を味わったら…私の舌はカンネの口内を余すところがないように舐め始める。

その最中もカンネの舌がツンツンと私の舌をもの欲しげに突いてきて…口内の巡回を中断して舌を絡ませ合う。

理由はわからないが正直ここまでカンネがキスが始めると積極的になるとは……嬉しいことには変わりないが。

…そんな至福の時間も終わる時が来た。口内を蹂躙しきったからだ。最後の逢瀬とばかりにこれまでで最も長く舌を絡ませ合った後、私が舌を退き始める。

カンネはあまり執着せず先端だけ絡む程度に触れながら私の舌を見送った。

ゆっくり、ゆっくりと私は舌を引っ込め、元の位置へと戻し―――

ツプ、という音と共に、私とカンネの唇が離れる。糸を引きながら拳一つ分くらいの距離をとると、紅潮させてどこか呆けた感じのカンネの顔が映る。今まで見たこともない表情だ…もちろん魅力的だ。…逆に私は今…どんな顔をしているんだろう。

唇の間に引かれた糸が切れたのが合図の様に、私は言葉を発した。

「…これで大丈夫だろ」

本当はカンネの感想を言いたかったのだが、なんとか我慢できた。

「……うん。でも…」

カンネは納得してくれたようだ。しかし『でも』とは…?

「まだでしょ?」

「まだ?」

「まだ…だって…ラヴィーネの方も…その…しないと…」


私がそう言うとラヴィーネはピンときていない顔をする

「だって私の方のやつ(毒)はラヴィーネの方に入ってないよ」

今のキスはラヴィーネから私の中への一方通行なキスだ、だからラヴィーネの方は解毒できていないはず…

「あ…確かに」

「まったくもう…独りよがりのキス…しちゃってさ ラヴィーネってば」

「そりゃないだろ、…あんなに舌絡ませにきておいて」

「…!!い…いいでしょ初めてだったんだからちょっとくらい」

ますます顔が赤くなる私…どうしてあんなにラヴィーネの舌に絡ませちゃったんだろう…それはともかく!

「いいから今度は私の番だよラヴィーネ、ほら口出して!」

「わ、わかったよ……ほら、いいぞ、早くしろ」

私の剣幕に押されて覚悟を決めたのかラヴィーネは瞳を閉じてキス待ちの状態になった

私はちゃんと見つめ合ってたのに…この根性無し

とはいえ私も緊張しちゃってるし…ここは頑張らないと

さっきほどでもないけどドキドキしながら私はラヴィーネの時と同じように顔を近づけて…唇を合わせる

ラヴィーネの白い肌に似合う薄紅の唇は綺麗で…柔らかくて…そんな唇に私の唇は釣り合うのものか分からない

でも…今は私だけのものだから、私しかラヴィーネの唇を知らないんだから

合わせた唇のわずかな隙間から、私は舌をラヴィーネの口の中に入りこませていく

少ししたらラヴィーネの舌に触れ、そのままゆっくりと二つの舌が重なり絡む面積を増やしていく

ラヴィーネの瞳が開いた。間近で見る蒼い瞳はとても綺麗で私の昔から好きな色合いそのものだ。

見つめ合いながら、私はラヴィーネの口内をまさぐるように舐め回し始める

もちろんこんな事をするのは始めてだから、さっきラヴィーネが私にしてくれた動きを思い出して口内の隅々に舌を触れさせる

そのあいだラヴィーネは私の舌を追いかけようとはせず、あまり動かないようにしていた

私の時はできるだけ触れていようと思ってラヴィーネの舌を追っかけてたのに…愛想がなくない?

まあ…集中できるからいいけど

……一通り口の中を舐め回したところで、突然、私を拘束していた触手が消え去った

「「!!」」

言っていた解毒が完了したのだろう、けどいきなりだから体勢が…

パシッ

ラヴィーネがとっさに私の両手を掴んで支えてくれた

そのまま自然といつものような指を絡ませた繋ぎ方になる、ただその握り方はいつもより優しかった

…けれど、もう大丈夫ってことだね…ちょっとだけ名残惜しいけど、このキスも終わりだね

私はラヴィーネと最後の別れとばかりに舌を絡ませて、そして、ラヴィーネの口から引き抜いていく

私の舌がラヴィーネの唇を抜けると、私は舌の先を少し出したまま、唇をゆっくりと離した

キスの熱さでとろけた表情のままのカンネの舌の先端とラヴィーネの唇の間に引かれた糸が、プツンと切れ―――


その瞬間

ラヴィーネが迫りその唇でカンネの唇を塞いだ

(ラ…ラヴィーネ!? もうキスはする必要はないよ!?)

驚くカンネにラヴィーネは何も答えず、舌をカンネの口内にねじこんでいく

カンネは困惑するが意図が分からない以上受け入れられない、舌を伸ばして押し返そうとする

(もしかして私からのキスで終わりなのが納得いかないとか…?)

(カンネ…カンネ…!まだ終わらせたくない…)

ラヴィーネは伸びてきたカンネの舌を絡めとるとそこから奥に進もうとせず、カンネの舌先を踊るように舐め続ける

カンネは舌で押し返すと、合わさっていた二人の唇が離れる。だがラヴィーネは止めようともせず、カンネの舌にじゃれ続けている

離れた唇と唇の間で絡み合う舌は外からも丸見えだ、ピチャピチャと水音も漏れ続ける

すると、ぎゅっ、とラヴィーネはカンネと繋がった手に力を入れた。この力具合はカンネに心当たりがあった。

(いつもの喧嘩の時の握り方だ。そうか、そういうことだね)

カンネも手に力を入れて握り返す

(カンネ、今だけは…分って欲しい…)

カンネも、ラヴィーネの舌へと積極的に絡ませてきた

(これは、いつもの喧嘩、取っ組み合ったりしているいつもの喧嘩がキスになっただけ…)

舌と舌の触れる音がリズミカルにすら聞こえてくる

(カンネ…お前が悪いんだぞ、お前が可愛すぎるから…)

絡み合いで混ざり合った唾液が二人の胸元に流れ落ちる……

(ラヴィーネ…ラヴィーネ…)

気持ちが際限なく高まり合うのを感じる、喧嘩だという建前が、切なくて、だけど、それが背徳感を押しとどめているようで…

(カンネ…カンネ…)

お互い切ない表情のまま絡み合い続ける激しいキス、終わりを告げる気配は微塵も感じられない

だが…

ラヴィーネはキスを続けながら左手を、組んでいたカンネの右手とほどいた。そして、その左手を

カンネの細腰に手を回し――

「!!」

腰のくびれに触れた瞬間、カンネはビクッと小さく震え

「……ダメっ!」

キスは中断、カンネは頭を少し俯かせて首を退き、右手でラヴィーネの手を腰から離した

もう片方の手繋ぎも思い切り振り払われてしまう

「……ダメ……ダメっ」

二回目のダメは自分の意思確認、三回目のダメは再度の拒否通告…ラヴィーネはそう察した

(受け入れてくれなかった…)

沈黙が場を支配するが…ほどなくしてカンネが口を開いた

「………ラヴィーネのスケベ」

「なっ…」

「節操無し」

「…う…」

「いやらし魔法使い」

「そ、そこまで言うかてめぇ!…だいたいお前がいつまでも終わらせる気配がないから…」

「はぁ!?私のせい?そっちだっていきなりキスしてきてず~っとそのままで」

「終わらせたかったら退けばいいだろ、今みたいによ」

「…だって…」

(なんだ急にモジモジし始めたぞこいつ。可愛いけど何言いだす気だよ)

「…せっかくのファーストキスなんだから、ちょっとは欲張りしてもいいじゃん…って…」

(なんだなんだこいつは私を悶え殺す気か)

続けてカンネは上目遣いになって人差し指を自分の唇に当てて

「『初めて』、のキス…だよ?ラヴィーネはなんとも思わないの?」

「思う。ノーカンにしたい」

「ヒドイ!散々やっといて!」

(いやもちろん冗談だぞ、ノーカンどころか殿堂入りだぜ。頼むから本気でとってくれるなよ。こーでも言わないと切り返せないんだ。

けど…『初めて』か。『初めて』…もし、さっき拒絶されなかったり、この先に進んでいったら、もしかしたら、もっと先の『初めて』が…)

ラヴィーネは心の奥底の欲望がよこしまな期待に惹かれ波立つの感じていた

(いかんいかん、何しに来たんだ私は)

理性でそれを抑え、ラヴィーネは場を仕切る事で冷静を取り戻そうとした

「いい加減この部屋は見飽きたよな。さあ、次の部屋にいこうぜ」

ラヴィーネは次の部屋への入り口へ向いて歩き始める

「あっ 待って、ラヴィーネ」

後ろのカンネが呼んでいる。声色からして緊急事態ではない、ちょっと呼び止める感じの声だ。

「何だ」

歩みを止めてラヴィーネは振り向いた


チュッ…

ラヴィーネの頬に、カンネの唇が触れる

(…!!)

「えへへ…言うの忘れててゴメン。さっきは助けてくれてありがとう」

後ろ手に組み、満面の…というほどではないが照れ気味の笑顔を浮かべるカンネ

(好きだ、って言葉がもう喉元まで出かかってたぞ!)

ラヴィーネにとっては先ほどまでのキスの応酬の感触すらすっとんでいきかねないご褒美に感じられた

表情を抑えるのに必死で返事も出す余裕がないラヴィーネの横に、カンネが並ぶ

「それじゃあ次いこっか」

「…ああ、あんまり離れるなよ」


(カンネ。かけがえのない私の大切な幼馴染み。今…私が垣間見せた欲望、その全てをさらけだす時が来ても、お前はそばにいてくれるのだろうか)

(ずっと友達でいたい私の大切な幼馴染み。けど、今みたいなのが続いたら私たち”友達”でいられなくなっちゃうのかな…ラヴィーネ)


おわり

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