末路
「やめろッ!」
殴る、蹴る、叩く、踏みつける、殴る、蹴る、叩く、踏みつける。知恵も教養もあったものではない。原始的な暴力が、破壊が、男──アテルイの目の前で振るわれている。たったひとりの女に向けて、執拗な程に。
余りにも凄惨な光景を見ていられず、アテルイは必死に拘束を解こうと藻掻くも、呪物によって齎される拘束は綻びを見せることはなく。ただ惨めったらしく揺れ動くことしか、アテルイには許されていなかった。
「やめろ」
獣の如き蹂躙が繰り返される度、彼女の噛み殺したかのような呻き声は徐々に小さく、か細くなっていく。彼女を縛る枷なぞ存在しないにも関わらず、彼女は抵抗しない。殴られれば殴られるまま、蹴られれば蹴られるまま。一切の抵抗をせず、されるがまま。彼女は抵抗しなかった。他ならぬアテルイこそが、彼女の枷になってしまっているから。
「やめろ……」
強い女だった。戦の強さだけではない。心の強さも持ち合わせた女だった。人の営みに拒絶された不憫な生まれであろうとも、人の営みを尊べる優しい女だった。草花を好み、生命を想える慈しみ深い女だった。忌子と恐れられようとも、神子と崇められようとも、女は変わらず素朴で純粋だった。姿のみならず、在り方さえ気高く、そして美しい女だった。それが、今、その在り方故に嬲られている。
「やめてくれ……」
傷ひとつない、初雪を思わせる肌は今や兵士によって踏み荒らされ、見るも無惨に血濡れている。暴威を受ければ受けるほど、彼女の生命が零れていく。もはや呻き声さえ聞こえなくなって、ただ、肉が壊れる悍ましい音だけが耳を刺す。
「ア、テ……ル」
振り絞ったかのような、掠れてしまった、女の声。女が紡ぎたかったであろう言葉は、最後まで紡がれることはなく。致命的な音によって遮られた。
「モレッ! ︎︎モレ! ︎︎モレ……モレッ!」
男の背後。振り下ろされた鉄の一閃。
ぽとりと落ちる、首がひとつ。
届けたかった声は届くことなく。
血を払う無常な剣の音、ひとつ。