未来IF₍キドキラキド未満)
※未来if 捏造注意
※職業はSBS準拠
※キドキラキド未満ですがキッドがキラーに絆されてる話なので片思い連鎖の一部に片がついてます(完全に絆されるのも時間の問題)
「こんの薄情モンめ。あーあ、今回はだいぶ集まり悪りィなァ」
電話口から聞こえる文句にローは苦笑いした。高校卒業以降定期的に行われている同窓会の幹事を毎度快く引き受けてくれている相手に、急なキャンセルを伝えるのは流石に罪悪感を覚える。
飛行機で十三時間。世界一のメガシティに降り立ったローは出迎えを受け病院へ直行した。患者の説明にオペの段取りの打ち合わせ、時差ボケでクラクラする頭をどうにか働かせて仕事を終え、病院側が押さえていたホテルへと帰り着くとアプーから電話が掛かってきた。出国前に送っていた同窓会のキャンセルの連絡に、手が空く時間を書き添えていたのだ。
「悪りィなアプー。至急オペが必要な患者が居るんだよ」
「その為の海外出張ってか?」
「患者を動かすより、おれが動く方が簡単だからな」
「すっかり真面目なヤツになっちまいやがってよォ」
文句を言ってみせるのも単なるポーズだと知っているのでローは笑って謝った。
「土産は食いもんでいいんだろ?」
「ボニーと麦わらが覚悟しとけって言ってたぜ」
出国前にネットで見繕った適当な菓子を空輸で配送する手続きをしていたので、心に余裕を持って分かったと答えた。
「それにしてもよォ、キラーもしばらく参加できないかもつってたし、相変わらずキッドの野郎は予定が合わねェって言ってきやがるし。オラッチ達の友情は一体どうなっちまったんだ? トラファルガーからも文句言ってやってくれよ」
「おれもユースタス屋には一年は会ってねェが……会ったら言っておいてやるよ」
挨拶をして電話を切ると、届いていたメッセージを開いた。送信元は『ユースタス・キッド』。この国にいる間に少し会えないか、といった内容だった。
無事にオペを終え、念のため帰国までに数日の猶予を取っていたローは朝から患者の経過を見に病院を訪れた後、指定されたレストランへと向かった。
慣れない道に昼時をやや過ぎてしまったが、お陰で混雑を避けられたと思うことにする。指定された店は米が食えるらしいと聞いて浮足立っていた。この国ときたら、飯と言えば馬鹿みたいにデカいハンバーガーだのホットドッグだのピザだのと、正気とは思えないラインナップに気が狂いそうな思いをしていたのだ。
ローが店の前に着くと、よく目立つ赤い髪の男が通りの反対側から軽く右手を振って表れたので、こっちも同じように振り返した。
「よォ薄情者。次回の同窓会には出てやれよ」
「ハハ、アプーからも言われた」
昔トレードマークだったゴーグルは今はもう着けていないが、ワックスで後ろに流した派手な髪と、着崩したスーツ、顔の左側にある大きな傷跡、控えめに言って堅気ではない。実に一年振りの再会だったが服装以外に変わったところは無いように感じられた。少し表情が硬い気もするが、四半期決算前にはこんな顔で歩いている人間は山ほどいる。
腹も減っていたので早速店に入りメニューを食い入るように眺め、米と思わしき料理を片っ端から頼む。食いきれなくともどうせ同行者がいくらでも食えるタイプの人間なので気にしない。ついでにテイクアウトもできることを確認してようやくひと心地着いた。
キッドの顔を見た店員がこちらに確認もせず喫煙席に通したため、ローはありがたく煙草を取り出し咥えた。しかしライターが見当たらずポケットをひっくり返していると、対面側に座ったキッドがオイルライターを差し出して来たので息を吸い火を着けた。そのままポケットにオイルライターを戻したのを見てふと疑問を持った。
「ユースタス屋は吸わねェのか?」
「あァ、煙草はやめたからな」
「うちの病院に入院してた頃は結構なヘビースモーカーだったろ」
キッドはほんの数年前にローの勤務する病院にやってきた。血塗れで、救急車に乗せられて。
トラックの居眠り運転が発端の大規模な玉突き事故に巻き込まれたキッドは、自分一人であれば能力でどうとでも助かったはずだが周囲の人間も助けようとして重症を負った。事故の規模に反して、怪我人こそ居たものの死者の居なかったこの件は奇跡的な結果とも言え、当時メディアは挙って取り上げニュースには連日ドライブレコーダーの映像が流れた。しかしその奇跡の立役者は全身に傷跡が残り、左腕に至っては切断を余儀なくされたのを当時執刀したローはよく知っている。
きついリハビリに文句ひとつ言わなかったこの男が、よく煙草が吸いたいと愚痴をこぼしていたのを記憶していた。
キッドは頬杖をついて、こともなげに言う。
「てめェがやめろって言ったからやめたんだよ」
「……は?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとはこういった気分なのかもしれない。
医者という生き物は、自分はスパスパ煙草を吸っている癖に患者に禁煙を勧めるものだ。ローも例に漏れず同じような生態をしているため、当時煙草を吸いたいなどと言っていたキッドに禁煙を勧めたような気もする。ほんの冗談のつもりだったし、そもそも散々喧嘩をした相手から言われたことを鵜吞みにする人間だとは認識していなかった。
いかつい野郎がこちらの言うことを案外素直に聞いたりするギャップに、何だかよく分からない部分がくすぐられているような心地になる。
「……なるほど、キラー屋はこういう気分をいつも味わってたのか」
「キラーがどうした? まァいいや。禁煙してから飯はうめェし、ヤニ切れでイライラしなくなったしでQOLが上がったぜ」
てめェも禁煙しろよ、と言われたが当面禁煙の予定は無いとは流石に言えないため生返事を返すと、呆れた顔を向けられた。この話題に関しては立場が弱いので、そっと話題を反らす。
「吸わねェのになんでライター持ち歩いてんだよ」
「仕事相手は喫煙者ばっかだからなァ。古い連中は喫煙所で仕事の話進めやがるし、煙草を持ち歩かなきゃ機会を逃す」
「どこの業界も変わらねェな。ん? ユースタス屋、お前今こっちが拠点なのか」
「いや、偶々仕事の都合で来てただけだ。普段はあちこち飛び回ってる。あれ、今の仕事の話したこと無かったか」
「聞いてねェな」
数年前の事故の後からキッドは同窓会にも時々しか顔を出さなくなった。同情の目で見られるのが嫌なのだと思ったものだが、ローよりも事情に通じていたキラーが言うには転職してからバタついているとのことだった。その内顔を出すだろうと考えていたが、一年ほど前からぱったりと姿を見せなくなった。
「今までなにやってた?」
キッドが答えようと口を開いた時に、さっき頼んだ料理が次々と運ばれてきた。パエリア、カリフォルニア巻き、チーズリゾット、スパニッシュライス、ジャンバラヤ。こんなに食えるのかと対面から疑惑の目で見られたのでチーズリゾットにスプーンを着けて押し付けた。
カリフォルニア巻きをつついていると、チーズリゾットを既に半分以上食べ終えたキッドが話し始めた。
「トラファルガーのとこの病院を退院した後、仕事探してた時に知り合ったおっさんが今の仕事に誘ってくれてな。何年かおっさんのとこで働いて、今はその地盤を継いで一応トップでやってる」
「ユースタス屋……お前他人の下で働けたのか。起業とかするタイプだろ」
「否定はしねェが、何のコネもなくやっていける業界じゃねェんだよ。今の仕事は向いてると思ってるしな」
ローはスパニッシュライスに手を付けながら「ふーん」と答えた。
「今の仕事は、まァ、卸売業だな。メーカーから仕入れて需要があるところに売りに行く。取引や商品の受け渡しがある時は世界中飛び回ってるし、そうじゃない時は大抵船に乗ってる」
「船?」
「コンテナ船だな。海運で近隣の港まで運んでそっから空輸かトラックを使って現地に運ぶ」
「てめェらしいんじゃねェの」
コンテナ船が拠点というのは面白そうな話だったが、詳しい話は企業機密らしく濁されてしまった。
早々にチーズリゾットを片付けたキッドは空いた皿を押しのけて水の入ったグラスを持ち上げた。左手で。
オペ室で自分が切り落とした左腕の状態は今でも覚えている。昔からガジェット好きだったこいつなら義手くらい当然着けていると思っていたが、黒の革手袋をはめた左手が思いがけず滑らかに動き、目を奪われた。ジロジロ見ていたつもりは無かったが、キッドは左手の手袋とカフスボタンを外して手首の上の辺りまで袖を捲り上げこちらに見せる。
義手は装飾用の肌の色に合わせたものではなく、ゴツゴツとしたとした金属フレームがむき出しになっていてどこまでもキッドらしいと感じた。動作は左腕が無いことを知らなければ違和感すら持たない程に生身の手と変わらず、筋肉の電気信号を読み取って動く節電義手の動きとは一線を画していた。
一言断って触らせてもらうと軽い金属でできたフレームが絶妙なバランスで組み上げられているのが分かる。ほう、と感嘆の溜息がでた。
「随分いい義手だな」
「だろ?」
「おれの知らないメーカーだな、どこだ?」
「義肢メーカーじゃなくて軍事企業だからな。仕事で付き合いがあって試作品を一つもらった。ある程度は能力で動かしてるが駆動部が良くできてて、動かした時の感覚は本物に近い」
「かっけェな、ソラの仲間のロボみたいだ」
「ドレークとホーキンスに会った時も似たようなこと言われたんだが、お前ら相変わらずだな……」
興味があるならカタログを送ると言うのでローは一も二もなく頷いた。
キッドは右手でジャンバラヤの皿を引き寄せると勝手に食べ始めた。カリフォルニア巻きと食べかけのスパニッシュライスでかなり腹が膨れてきていたので黙って食わせておく。この国の料理は脂っこい上にいちいち量が多いのだ。
「ドレーク屋達に会ったっていつのことだ?」
ローが聞くと、キッドは左手の袖を直しながら答えた。
「あー、半年くらい前か」
「意外と最近だな」
「キラーがおれの会社に転職するってんで迎えに行った時だな。予定が圧してて人と会う余裕は無かったんだが、どういう訳かあいつらがイチャついてるところに出くわした」
残ったパエリアを一口だけ味見して残りをキッドの方に押し付ける。グラスの水で効きすぎたスパイスを洗い流すと、たった今聞いた興味深い話を反芻した。
「キラー屋がユースタス屋のところに転職した?」
「そうだが」
「なんでだ?」
「なんでって、キラーが望んだから」
「”そういうこと”なのかって聞いてるんだよおれは」
「”そういうこと”だって言ったら?」
固まるローを尻目に平然とジャンバラヤを食べ終え、パエリアに手を付け始めた男に詰め寄る。
「まて、おれたちの間には認識の齟齬があるかもしれない。ユースタス屋、一つずつ話せ。すり合わせをしよう」
「キラーが死にそうな顔で、おれのことが好きだから傍で支えさせてくれって言ってきた」
「まじか。そんな大事なことなんでもっと早く言わねェんだよ馬鹿。それで、ユースタス屋はなんて答えた?『おれが一生幸せにする』って言ったのか」
「いや」
「いやってなんだよてめェ」
カトラリーのナイフを掴み襲い掛からんばかりの形相のローを一瞥したキッドは、能力を使いローの手からナイフを奪う。妙に対応が手馴れている。他の同期の面子にも似たような反応をされたのかもしれない。
「おれはキラーに、家族愛みたいなものじゃだめなのかと聞いた。でもそれじゃだめらしい」
親愛、敬愛、家族愛。色恋を絡めない愛情で満足できないか、一番悩んだのはキラーだと誰もが知っている。
学生時代、隣に居るのに決定的にすれ違っていたこいつらを見ていると、こんなにも苦しむくらいなら傍になんていない方が楽なのだろうか、なんて考えてしまうこともあった。離れて忘れられる程度の想いであれば苦しむ必要もない、無意味でしかない想定だ。こういった想いは相手から断ち切られない限り、心に巣食い続けるのだと自分自身よく理解している。
目を細め、通りに面した大きな窓を見つめてキッドは続ける。
「だから『おれが欲しいなら落としてみろ』って言った。そうしたらおれの一番近くに居れる場所はどこかと聞かれたから、おれの会社を紹介した。なァ、やっぱりてめェもキラーの考えを知ってたクチか」
「知ってるに決まってる。おい、赤飯炊くか?」
「おれが落ちる前提かよ。正直、まだ実感が湧かねェんだが……だが、他ならぬキラーの気持ちを無下にするのは主義に反するからな。あいつとはちゃんと向き合うつもりだ」
こんなにも素直に心情を吐露するやつだっただろうか。何せローには常に喧嘩腰だった男だ。今こうして穏やかに話ができていることが意外ですらある。
だが、相棒に対しては誠実なやつだったことも確かだ。譲歩ではなく本心から受け入れられる時が来るとローは信じている。
「お祝いなら同期連中も呼んで盛大にやってやる。アプーが寂しそうにしてたからな」
「寂しがってるのはアプーだけかよ」
「同窓会サボってばっかりだから人望ねェんだよ」
久しぶりの軽口の応酬に自然と笑いがこぼれる。今日はどこか表情の硬かったキッドが、ローのよく知る憎たらしい顔で笑ったのを見て、時間が巻き戻ったような気分になった。
キッドが姿を見せなかったここ一年の友人達の様子を簡単に話してやっている内にパエリアを食べ終えたキッドは、二人分のコーヒーを注文した。店員はすぐにカップとポットを持って現れると手早く注いで去っていく。
夜の飛行機の便でこの国を発つらしく、時折時間を気にする仕草をしていたがコーヒーを飲み終えると急に改まった顔でローを見た。
「トラファルガー、頼みがあるんだが」
「なんだ?」
そして泣き出しそうにも、どこか憑き物が落ちたようにも見える顔で笑うと、
「おれをフれ、トラファルガー」
と言った。
撤収、という指示がトランシーバーからキラーのよく知る声で発せられた。
大通り沿いのレストランを見下ろせるポイントに、スナイパーライフルを構えて待機していたがようやく解放されるらしい。会計を済ませたキッドが店から出てきて通りを歩いているところをライフルのスコープ越しに確認する。迎えの車は一ブロック先だ。
キラーの役目はここまでで、通りを歩くキッドの護衛は別のポイントにいる仲間が既に引き継いでいる。
しかしキラーはキッドから目を離せなかった。ローとどんな会話をしたのかまでは分からないが、キッド本人が「けじめをつけてくる」と言っていたので想像は容易い。
キッドがキラーからの告白に今でも戸惑っていることを知っている。
武器商人という新しい仕事が生涯安寧を得られないものであることも知っている。
それでも一番傍に居たいのだ。もうキラーの知らない場所でキッドが命の危険に晒されるなどあってはならない。
あの大事故の後、ローから連絡を受け急ぎ病院に駆け付け、体中チューブに繋がれ麻酔で眠る青白い顔を見た時の絶望を生涯忘れることはできないだろう。
トランシーバーとは別で持っていた個人端末に電話が掛かってくる。相手の名前は『ユースタス・キッド』。スコープの向こうではキッドが店のウインドウに背中を預けて端末を耳に当てていた。
通話を繋げる。
「キラー、もう撤収の連絡をしたはずだが」
こいつは相変わらずキラーのことになると察しがいい。
「あァ、聞いたな」
「次は西のパイプラインの利権争いだ。急がないと飛行機に遅れるぜ」
「分かってる」
スコープから目を離し、肉眼でキッドの居る辺りへと目をやり赤い影を探す。風が強くなってきた。目線を隠す前髪が巻き上げられ乱れる。
「おい、まさかまだこっち見てんのか?」
「見ていいのか?」
「やめろよ。分かってんだろ」
そう言ってぶつりと通話を切られる。
遠くにぼんやりと見える赤い影をようやく見つけ出すと、その影はほんの短い間口元を押さえて俯き、そしてすぐに前を向いて歩き出した。この距離では見えるはずもないのだが、俯いた時に地面にポツリポツリと落ちた水滴が、その場に置き去られていく様子が脳裏に焼き付いた。
迎えの車がやってきて姿が完全に見えなくなるまで目で追った後、ようやく撤収に動き出すとトランシーバーが今度はがなり声を発した。たった今車に乗り込んだばかりの男からの連絡だ。
「キラー! 何やってんだ、さっさと行くぞ! Over!」
そろそろ本格的に怒られそうだ。急いで荷物を肩に掛けながらトランシーバーに応答する。
「キラー了解。Out」
・ヨルムンガンドはいいぞ
・キッドを仕事に誘ったおじさんはただの一般通過武器商人のおじさん でもニュースでキッドのことは知ってたかも