未亡人サンジ(※死ネタ)

未亡人サンジ(※死ネタ)


名有りモブ視点

未亡人サンジです、夢を叶えた後若くして命を落とした♀ルフィと♀ゾロと2人を想い続けるサンジ

死ネタと爆速転生要素も含みます








紺碧の屋根が目印のその小さな小さなビストロは、市場の外れの花畑も森も抜けた先、全ての朝の終わりとと全ての夜の始まりと海の端っこを見渡せる崖のすぐ側に立っているの。海から船でこの諸島に寄るのなら、最初に見えるのがこのお店なんてとても素敵なことだわ。本当は親しいお友達にだけ教えたいんだけど、きっと無理ね。

とても新鮮なお魚とお野菜を使った繊細で美しいアンティパストとボリュームたっぷりのメインのお肉料理、それに種類豊富なお酒、そしてそれを作り出す綺麗な手を持ったコックさんがいるんですもの、このビストロの名前は直ぐに東の海で話題になるに違いないわ。でも、もしかしたら全ての海全ての世界、天国や地獄でさえ有名になっていたりするのかも。





年中無休、開店時間は11時から夜中の2時まで。懐中時計を確認する。丁度12時を少し超えたところだった。入口のベルを鳴らせばまるで扉の前で待機していたかのように内側に開き、真上に輝く太陽に照らされたブロンドが光を携えて私を出迎える。


彼は少なくとも30半ばを過ぎていて、海風に晒された髪は少し傷んでうねってもいたけれどそれをハーフアップに纏めあげて日にあまり焼けていない項をほんの少し隠している。そうして、振り向く度に瞬く左耳にだけ着けたティアドロップ型のゴールドの三連ピアスが人々の目を奪って止まないの。

着古た、けれど毎日洗濯しているのであろう染み1つないコックコート。1番上まできちんと留られているボタンと固く締められたネクタイであまり見えないけれど実は2つのリングが通ったネックレスを着けていることを知っている人がどれ程いるかしら?

皮膚は多少カサついてはいるけれど深爪気味の指先はとても綺麗で、その指どれにも指輪の跡はないことにきっとほっとしている人もいるでしょうね。キッチリと着込んでいるから細身に見えるけれど実は背中も広くて腕だってがっしりしている。船乗りだったこともあるらしいわ。

長年吸っている煙草のせいで掠れてしまっているバリトンで紡がれる、やや早口の北の海訛りの柔らかい声音はだからこそセクシーで、お会計金額を読み上げる何でもない一言でさえ世界中の女性を虜にするでしょうね。だから付き合いたてのカップルさん達なんかはこのお店をデートに使うのはお勧めできないわ。きっと彼女は目の前の彼氏さんよりもコックさんに釘付けになってしまうから。


「ああ、来てくれて嬉しいな、マダム・チェーロ、今日もとても美しいよ、その微笑みがあんまりにも眩しいから太陽も隠れてしまったようだね、窓際の席を用意したけれど海も貴女を羨んで止まないかな?」

「ありがとう、今日も相変わらずね、オススメは何かしら?」

「マダムが望むもの全てを。今日は良いカレイが入ったんだ、トマトとオリーブのリグーリア風なんてどうかな、ピッタリの白ワインもあるよ」


私の手を引いて席に案内してくれた彼は今日も歯の浮くような甘くて優しい言葉をマドラーのようにくるくると回して、だけれどメニューを差し出す時、食材を思い出す時にだけすぅと目を細めるものだからどちらが本当の姿なのか分からなくなってしまう。多分、どちらも本当の彼なのね。


彼とは、もう1年ほど前からの付き合いだ。どこからやってきたのか、東の海の地図にも時々描き漏らされるような諸島の街の外れ。この辺りにビストロを開きたいのだけれどと尋ねてきた彼に、もう使わないからとあの人が住んでいた家を貸して、交換条件としてその代わりにお料理を偶にご馳走してくれないかしらと提案したの。本当にただの戯れで半ば冗談だったそれは大正解だったと直ぐに分かった。彼はこの海、ううん、この世界でも五本の指に入るくらいに優秀なコックさんだったんですもの。


まるで息をするように女の子を褒め讃えるのに、それと同じくらい自然で当然のように彼は食材の声を聞き魚肉野菜全てが活き活きとしてぴったりと噛み合うような料理を生み出すの。


「料理をしているときの貴方は本当に楽しそうね」

「ありがとうマダム、でも僕は美女といる時も同じくらいに楽しんでいるよ」


カウンターの向こうで包丁を自分の手指のように動かしながらはそんなことを言う。気づいてないのは本人だけ。ふとした時に目を伏せて鮮やかな海と同じ瞳を濁らせて暗くさせていることに。貴方が降り注ぐ甘い言葉に惑わされる若い子は何十人といるのに、でも決して一線を超えてこようとしない理由に貴方は気づかないのね。貴方が知らずに引いている、本当に大切な人だけが入れる境界線はいつからそこにあるのかしらなんて無粋なことを一瞬考えて、はしたないわと口元に着いたソースと共に拭い取れば、そんな私を見ていた彼はああと何かに気づいたように私の襟の辺りに視線を落とした。


「僕としたことが気づくのが遅れてしまった、今日はいつもと違うブローチだね、それはゴールドダストかな?」

「うふふ、そうよ、せっかく貴方に見せたくて着けてきたのに」

「ごめんね、貴女の美しい瞳ばかり見つめていたんだ。お詫びにその明るいレモンイエローに合わせてミモザのカクテルはどうかな?」

「あらありがとう、貴方はアクセサリーを変えないの?綺麗な金色の髪をしているんだもの、シルバーの物がよく似合うと思うわ」


私はカクテルと前菜をサーブしてくれた彼にそう話しかけて初めてそれが失言だと気が付いたの。彼は私の言葉に釣られたように口角を上げたけれどそれが微笑みではないことに彼自身も気づいてしまったのね。彼は咄嗟に、左耳の3連ピアスに指を伸ばしかけて止めたような中途半端な格好で固まっていたわ。


「これ、おれなんかには似合わないよね、もっと似合う人がいるのだけれど」


くるりとまるまった眉を下げて曖昧に笑う、彼の視線は私を見ているけれど、私を見ていない。

彼は、世界中の女の子全てに平等で大袈裟なほどの愛を注ぐけれど、でもその誰もを愛しながら誰をも見ていない。

『ぼく』ではなく『おれ』は、一体誰を見ているのかしら。




彼はそのビストロをたった1人で回していた。仕入れも仕込みも調理も配膳も片付けもお見送りも。今まで何十人もの女の子達がバイトに立候補したけれど誰もやんわりと断られたらしい。噂は、すぐ隣に住んでいる私のところに簡単に入ってくる。


ビストロのすぐ裏手には畑があった。幾つかの野菜とハーブ、みかんの木が植わっていて、例えば営業中に食材が切れた時───そんな時は滅多にないのだけれど───彼は裏口からさっと畑に入って幾つかの野菜で有り合わせにはとても見えない1品をすぐに作ってみせるの。


「大きな茄子ね」

「うん、ここの気候に合ってたみたいだ、次は何を植えようか」


厨房に立っていない時、お店に居ない時、彼は大体裏の畑にいる。いつ寝ているのだろうか、細かい皺が目立ち始めた目元に薄い隈ができていない時を私は知らない。


彼は畑仕事に出る時はコックコートを脱いでラフな服装に着替え、古ぼけた、けれどとても手入れの行き届いた麦わら帽子を被るの。どこかでみたことのあるような、と思うけれど私のでも記憶違いか見間違いかもしれない。彼に世間話を振りながらたまに草抜きや水やりを手伝ったりもするわ。ありがとう、と微笑む彼の、麦わら帽子で影になった暗い瞳。


「……今日も暑いね」


太陽をぼんやりと見上げる彼の横顔はちょうど私の日傘に隠れてしまって見ることは叶わなかった。

彼はよくそうやって太陽を見上げている。眩しげに目を細めているのか、苦々しげに何かを噛み殺しているのか。私が知って良いようなことでは無いのだろうと思うの。日に焼けても直ぐに赤くなるばかりで色の変わらないの彼の白い手は、麦わら帽子に優しく添えられていたのを覚えている。





子供達のところに顔を出していたから彼のところに顔を出すのは3ヶ月ぶりくらいだった。開店前だけれど彼はもう店にいるだろうからお土産を持ってお店のベルを鳴らす。いつもなら直ぐに扉が開くか又は裏の畑から彼が駆け寄ってくるのだけれど、今日はしばらく間があって、勢いよく扉が開かれたので私は思わず1歩後ずさったわ。彼はそんな開け方をしないから。


思った通りにそこには彼ではなく10代半ばかそこらかの少女が大きな丸い黒目を瞬かせて立っていたわ。口元は何かの食べかすで汚れていて、二次性徴前の日に焼けてはいるけれど頼りないひょろりと長いばかりの手足が目立っていて、赤いシャツに青のパンツというどこにでもあるような格好に、エプロンを身に付けている。だけれど結び目が随分と絡まっている上にシワだらけね。

極めつけは、室内に居たはずなのに何故か麦わら帽子を被っている。どこかで見たことあるようなデザインだなと思ったけれど、でも麦わら帽子なんてやっぱりどこにでもあるものだからと自分を納得させたの。


「おばさん誰だ?客か?ええと、開店時間は11時からで、」

「おいこのクソゴムおれのスペシャルな試作品を摘み食いしやがったな逃げんじゃねぇ!」


聞いたことも無い大声と足音が店の奥から飛んできて私は思わず口をあんぐりと開けてしまったわ。


「ああおい待て待てクソマリモはいつになったら覚えんだ!?そっちはトイレだ倉庫は左!分かるか?箸を持つ方、ああクソてめェは両利きだったか、いいか、とりあえずそこを動くな!」


ここからじゃ見えないけれどもう1人いるらしい誰かに呼びかけながら随分と口の悪い剣幕と共に少女の首根っこを掴んだ彼はようやく私に気がついたようで、驚いたように少女を取り落としかけたけれど慌てていつものように慇懃なお辞儀をしたの。


「ああ、ああ、マダム!おれ、いや僕としたことがとんだ失態を……!このバ……この子が何か失礼なことを言ってないかい?」


慌てたように取り繕うその様があまりにもおかしくて私は思わず笑い転げてしまった。


「……いらっしゃいませ」


少女の耳を掴んで平身低頭しながらいつもの窓際の席に案内し店の奥に消えていった彼と行き違いに現れたのは、ここら辺では珍しい緑色の短髪の少女だった。

黒髪の少女と同じくらい、いやもしかしたら少し年上なのかもしれない。鋭い瞳と意志の強そうな眉、しなやかな手足はやや筋肉質で黒のエプロンを際立たせて似合っていたわ。海風に揺られて左耳を飾るゴールドのピアスがシャラシャラと心地よい音を立てる。


「こんにちは、新しいアルバイトさんかしら?」

「いや……まぁ……手伝いみたいなもんだ」


ぶっきらぼうに答えつつお水の入ったコップを差し出す。少女は今にも裏に引っ込みたそうだったけれど、私は彼が戻ってこないうちにと久しぶりに目覚めた好奇心と勢いのまま少女の手を掴んだの。


「可愛らしいお嬢さん、彼との関係を聞いてもいいかしら?」


少女は少し戸惑ったように視線をさまよわせていたけれど、それは直ぐにいつの間にかテーブルに戻ってきていた黒髪の少女に遮られてしまう。


「決まってんだろ、おれ達はふう……」

「馬鹿やろう言うな!」


黒髪の少女の後を追ってきたらしい彼が口を手で覆ったけれど言いたくて、自慢したくて、世界中に宣言したいのだとでも言いたげに手足をばたつかせて抵抗している。それを呆れながらも見やっていた緑髪の方の少女が私をちらと盗み見て、彼の意識がこちらに向いてないことを確認したようだった。


「………………身内だ」


少女は低く小さい声で呟いてからさっと何故か頬を赤く染めた。


「身内?」


家族、ではなく身内、と言うのが少し引っかかった。彼のお子さんかしらと思ったけれどでも黒髪と緑髪に金髪と皆髪がバラバラですものね。もしかしたら姪御さんなのかしら。だけれど、そんなことは多分、とっても些細なことね。


「でも良かったわ」


私は心からそう言って、まだ黒髪の少女に振り回されている彼を見つめる。

彼の、誰も彼もに注がれる甘く優しい賛美よりも、よっぽど価値があって美しい、誰かに向ける激しい感情のこと。静かで凪いでいる平穏そのものの島より、彼はきっと嵐の中荒れ狂う海の真ん中騒がしい船の中で生きるのが似合う人なんだわ。彼の口説き文句を聞ける人も微笑みを見られるもは世界中にいるだろうけれど、彼のスラング混じりと罵倒を、つり上がった目尻を、半音ひっくり返った語尾を、聞くことが出来るのも見ることが出来るのも貴女達だけなんでしょうね。


「あんなに楽しそうに幸せそうに笑うコックさんも、乱暴な言葉を使うコックさんも初めて見たの」


黒髪の少女が彼の手からいつの間にか逃れて、彼の身体に手足を巻き付けて、まるで彼が自分の物のように主張しているみたいだった。私を含めて何百人もの女性が触れられなかった彼の心の奥にきっとこの2人の少女がいる。彼が引いている境界線の内側はぴったり、その2人で埋まっているのだ。


「いつもよりよっぽど活き活きしていて、ずっとずっと、とっても素敵よ」


彼は羞恥で頬を僅かに染めていたけれど、少女達は2人顔を見合わせてニヤリと笑っていたわ。その首元にネックレスが輝いていてリングが通っていたの。赤と緑の宝石で縁取られていて、そうね、それはとても婚約指輪によく似ていたわ。



転生後♀ルフィはゴムゴムの実を食べていないのでクソゴムじゃないんですけれどもサンジは10年以上前に染み付いてしまった癖でそう呼んじゃってます

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