未だ孵らぬダメタマゴ

未だ孵らぬダメタマゴ


3日間ずっと行方不明のままだったカキツバタが、ある日沢山の傷をこさえて急に戻って来た

「3日?こいつぁ今年もまだガッコー通えそうだねぃ」

なんて軽口を叩いているが、イッシュからのお医者さんに様態を聞いても口をつぐむだけで

失踪していた間、何があったのか知る手立てはない


…そして変化はもうひとつ、カキツバタは常になにかのタマゴを懐に抱えているようで、いつもはリーグ部の椅子でだらけては菓子をつまんでいたというのにやたらとドームでの活動に精を出しているらしい

まさかあのカキツバタが孵化厳選でも始めたのかとはじめは思ったが、抱えているタマゴが孵ったという話はいちども聞かない


カキツバタは変わった、それも何か良くない方向に


「……話?オイラそーいうの苦手だから、他のやつらに」

「カキツバタ、あのとき何があったの」

凶暴なドラゴンポケモンの鎮圧、そのために電気石の岩窟に赴き、途中で動けなくなっていた部員を保護………伝わっている情報はこれだけ

ただ強いドラゴンポケモンを鎮めるためなら3日も行方をくらませたりなんかしない、手持の相性で有利な筈のわたしが未だ勝てないカキツバタはそんな男じゃない

「誤魔化しもおふざけも無しに答えて」

かわいくないしかめっ面を作って詰め寄る

テーブルに手をついた衝撃でティーセットがカチャリと音を立てるも、眼前の男には全く響かない


のらりくらりとかわされないよう睨みつける

「おぉ怖い、つってもツバっさん自身そんな覚えてねぇのよ」

むしろオイラの方こそ知りたいくらいだねぃ

なんて、嘘だ

「…っじゃあ、いつも抱えているタマゴは何なの、帰ってきてからだよね」

その質問にへらへら顔のカキツバタから、ほんの一瞬、虚ろな表情を見せ、そしてもとのへらへら顔にもどる

「こいつ?…あ〜、なんだ、拾いもんだよ、なんて名前のポケモンかもわからねぇから孵していっちょ拝んでみようとね」

「……全然孵らないみたいだけど」

「オイラのなまけっぷりを知っててそれ言うかぁ?タロも中々いい性格してんじゃねぇか」

けらけら、楽しくもないのに笑っている

何も情報が得られない


「……じゃあ、あの怪我は…」

「岩窟で結構無茶してねぃ、バトルの余波食らっただけでこれさ、流石のオイラも自分の脆さにびっくりだ」

「凶暴なっ、ドラゴンポケモンは」

軽薄な笑みはそのままに声が強張った

「帰ったさ、元の場所に………元々はドームのポケモンじゃなかったみたいで、外に連れてってやったらそのまま海の上をすいーっと」

もういないんだ、安心しろぃ

そう言って前のように机に身体をあずけたカキツバタの、ジャージから見える包帯に包まれた腕の細さについ口を強く引き結ぶ

元から縦に細長いイメージだったものの対格が良い方ではなかったカキツバタは、さらに痩せこけたように見えて

「…………っ!」

わたしにはどうする事も出来ない

ここで諦めてはいけない筈なのに、そう思ってしまった


「気は済んだかよ?ほんじゃあここいらで御暇させてもらうぜぃ」

そう言って立ち上がり、少しよろけた後ろ姿を何を言うでもなく見送る

本当に案じているのならもっと強引に聞き出すべきなのに、そうするべきではないと手を引いてしまった自己嫌悪に俯く

床には、お菓子の空箱ひとつなかった












医者からもらった薬を水で流し込む

シャワーを浴びるため服を脱ぎ散らかしマントをラックにかけると、必然的に己の身体につけられた無数の生傷が目に入った

そして、なによりも特徴的な電撃傷が身体中にまるで植物が根を張っているかのように広がっている

「はあ、どうにか消せないもんかね」

痛みは薬のおかげなのか治っているのかはわからないが、全くと言っていいほど無い

だがこれだけはどれだけ経っても消えないのだ


頭からシャワーを浴びる

「ちべてっ」

冷水のままだったようでそのまま全身でひやみずを被さってしまい、流石に耐性があるとはいえ寒くて仕方がない

温度調節のハンドルを急いで熱湯に切り替えるとすぐに適温にかわる、最悪今のショックで死んでいたかもなと思い、だとしたら相当間抜けな死に顔だろうと内心苦笑した


………でんきタイプの発する電気は基本的に人体への害はそれほどない

電流と電圧の関係が〜、なんていまどうでもいいか

要は10まんボルトを食らっても確かに痛かったり痺れたりはするが、命に別状はない

本来であればその筈だった

何度も何回も何時間も何日もの長い間、ずっとずっとずっと食らい続ければその限りではない

栄養を考えられて作られたポケモンフーズであるならば毎日何kgも与え続けてもまともに健康でいられるのか?という話だ

何事も過ぎれば毒となる


全身の傷を見せた医者は"惨いものをみた"って顔してこれからの健康についてのリスクの話をこんこんと説明する

内蔵がだめになっているかもしれない、不整脈を感じたならばすぐに人を呼びなさい

そして散々すきに"突っ込まれた"部分から目を背け

適した薬を処方した、医者は何も聞かなかった

良い大人だ、こんな学園に呼ばれるのが場違いなほどに


「タオルどこだったっけかな」

脱衣所の上の方に雑に畳んだバスタオルを手探りで引き寄せて頭からわしわしと拭いているあいだ、ボディソープの香りが素肌からする

シャワーを浴びるのは好きだ、だがシャワーからあがってこうして髪や身体を拭かなくてはならないのは面倒くさいことこの上ない、特性がちょすいのポケモンならこんな悩みも無縁だろうか

備え付けのドライヤーを無視してバスタオル一枚で部屋に戻る、あれは乾くまでずぅっと耳元でゴオオオオとさわぐのでうるさくてかなわないのだ

滴らない程度に水気は取れたのだからあとは自然乾燥でいいだろう、髪が傷むことを気にするような繊細な人間ではない


部屋のベッドのうえ、白地に緑の斑点のタマゴが枕の上を占領している

「お前さん、いったいいつになったら孵るのかね」

オイラとおんなじなまけ者かぃ?

うりうりと指先でつつくともぞもぞ揺れて

バチッ

「っ、」

指先から脳まで、直であの甘い痺れが伝わる

「本当に、将来有望なやつだよお前さんは…」

正体不明のいつまで経っても孵らないタマゴ、親に心当たりがないと言えば嘘になる


電気石の岩窟、一番奥の一番暗い虚、そこでの心を失うほどの蜜月も思い返せばたったの3日だというのだから、つい乾いた笑いが喉からくく、となる

死ぬまで一生このままなんじゃないかと受け入れかけて、そして次にまた何度目かわからない気絶から目を覚ますと、あのタマゴひとつを残して何もかもなくなっていた

恐る恐る、痛む身体を無理して動かしてもそれらしい姿はどこにもない

破れたデンチュラの巣はそのまま、どこにもポケモン一匹の気配もなく、脱ぎ捨てられた服とそのタマゴをついでに拾って戻って来たのだ

待ち望んでいた平穏はあまりにぬるく、あんな事が起きる前とはどうやら視座が変わってしまったのかどこか落ち着かない


おまけに、予想もしていなかった事態が起きた

性欲の処理が異常に難しくなったのだ

もとよりそこまで関心はなかったし、数週間にいちどくらいの不定期なペースで抜くだけだった淡白なそれは

日中、常に身体すべてを蝕む疼きというかたちであらわれた

いくら前を握ってもなかなか望む性感を得られないうえに、やっとの思いで吐精したところでまったく収まらない

まさかと思い、手近なハンドクリームか何かでべとべとにした指で尻の穴に触れた瞬間、胎の疼きがその奥への刺激を渇望していることにようやく気付かされる

自分は男としてもう終わったのだと、なけなしのプライドのようなものが粉々になって、結局その日は日付が変わった事にも気付けないほどに自慰に耽った、そうでもしなければ心を保てなかった


そして数日たてばまた同じように胎が疼く

その度に自らを慰め、また疼く

そんな情けないイタチごっこの原因はわかっている

何度も何度も、それこそ意識を失うほどに腕ぐらいある雄の猛りに無遠慮に好き勝手に突かれ、喉に噛みつかれながら種付けされ、喉元と胎の両方から電流を流し込まれ続けるあの狂気の行為

それに心より先に身体の方が屈伏してしまったのだ

モラトリアムに浸る時間すら蝕まれ、叩き込まれた雌としての悦びをただ貪るだけの日々

それでもなお、最奥が疼く


ベッドに倒れ込み傍の潤滑油代わりのハンドクリームを指にとって後孔に塗り込む

手慣れてしまった一連の流れに感じた屈辱のような感情を、必死に頭を振って追い出す

冷静になったほうが余計に惨めだ

目を閉じてあの日の情景を瞼の裏に浮かべて、指をいれる

「…っは、」

暗闇の中に浮かぶ電気石に反射したボディの眩き

「ん、ぅ…くっ」

内蔵を突き破られるかのような恐怖、抵抗の手が全て潰えた絶望

どれだけ嫌と言おうが通じないあの慄然とした感覚

「っ♡、はぁ、…ふーっ♡」

忘れるようにつとめるべきあの情景が忘れられない、そうするにはあまりにもこの行為と紐付き過ぎている


背の方、後ろからいれた指の本数を増やしてばらばらに動かす

「あ、あっ♡…ゃ、っ……んくっ♡」

ちぅちぅと吸い付くように雄の猛りを求める媚肉を指であやせばもうすっかり出来上がる

……曲がりなりにも学生、年で言ってもいわゆるオトナのオモチャというものに手が出せない都合上、やれることはたかが知れている

あの、身体ごと貫いて、内蔵を押し潰して、奥の奥までを余さず犯す熱に比べたら、この自らの指のなんと頼りないことか

「ふ♡、ぁあっ♡…もっと♡もっとおくっ♡」

足りない、足りない、手が、指が届かない程の奥に

「もっ、…やだっ♡やだ、やだっ♡♡おくさみしいっ♡」

なんとかならないかともがいてよじって、腰を揺らして誰にでもなく慈悲を懇う


ころん、と

ベッドを揺らしすぎたのだろう、枕の上に鎮座していたタマゴがこちらに転がる

「…っ♡?………あ、」

危ない、浮いていた腰を落ち着かせひとまずどこか床なんかに避難させようと姿勢を変えるとマットの沈み込みの関係で、そのタマゴは電撃傷が張り巡らされた腹の方へ転がり当たって


バチッ


「…〜〜〜〜ッ"♡♡♡♡♡??っイ♡…ぎゅ♡♡、んぇ"っ♡♡♡♡?」

思考がショートする

フラッシュバックするのはあの紫電の____

「ぉ、ごッ♡♡♡ぅ"♡♡あっ♡やぇ♡、お"っ♡♡♡」

腹から微弱な電流がなかに伝わる

電流と快楽がイコールになった身体は反射的にタマゴに覆い被さりより強い電流を求めて薄い腹を押し付ける

「はぐっ♡ぁ、やら♡♡やめろっ♡やだっやだっ♡♡」

もうここが自室であったことも忘れて自ら腹を押し付けたタマゴに慈悲を願うが、自らにとっての救いとはいったい何であったか、何をやめてほしいのかなんて

もう焦げ付いた頭で考えることは出来ない

「ハ、ッ♡ひ、あ"♡っぎィ♡♡♡!はな"、せっ"♡♡♡」

記憶と重なる、終わりの来ない快楽がずっとずっとずっとわだかまり、血管全てに電気が流れる感覚は紛れもなくあの時と同じで


快楽に溺れて膝が崩れ落ち、そのせいでタマゴがぐり、と食い込むと

「_____カ、ヒュ"」

もう喉から音が出ることはなかった


意識が落ちたから、ということも理由のひとつだが

あまりに高い金切り声は時として音にならない

酷使した全身の筋肉と声帯は一度の気絶で休まるものではないだろう

それ以前に、未だ孵らないダメタマゴはこうして彼の腹の傍に抱かれたままなのだから




由緒正しき高潔なドラゴン使いの一族の落ちこぼれ

本当はわかっている、こんな虚しいだけの自涜よりももっと手近にわかりやすい解決手段が傍にいると

それでも、そこまで振り切って堕ちに堕ちれるほどカキツバタは自分を愛せない


確かに一族の事を"ドラゴン使い"とは言う

ただ、彼らと共にある者達をそう呼ぶだけで、決して彼らは自らの好きに振り回してよい道具などでは決して無いのだ

手持ちの彼らが、自らの主人の事をどう想おうとそれだけは決して許せない、それだけがカキツバタにとっての最後の砦


だから、また明日も虚無に溺れていく

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