朝日が昇るまで
🎹×🌅
(23タ"―ヒ"―×さ月しょ〜)
⚠️閲覧注意
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何がどうしてこうなったのだろう。
「黄金旅亭」と刻まれた看板が掲げられた正真正銘のラブホテルで、困り笑顔で受付を済ませるソールオリエンスをどこか諦念の目で見つめながら、タスティエーラは心中そう独りごちた。
そもそもどうして自分たちはラブホなんかにいるのか。
それは単純な経緯で、「折角だから買い物に着いてきてほしい」と彼に誘われて街を歩いている最中に大雨に降られてしまい、ただ雨宿りをするのに絶好の場所だったホテルを選んだだけなのだ。
ただ、そのホテルの名前を見た瞬間、タスティエーラは青ざめた。
『黄金旅亭』―一見寂れたホテルだが、この店がかなりの繁栄を記録していることは知っている。同じ厩舎内でもこのホテルが、本当にほんの少しとはいえ話の中に出てくることがあるからだ。話題にしていた本人たちが実際に足を運んでいたのかは別として、タスティエーラ的には先後輩のそっちの事情とかは別に知りたくもないことなのだが。
まさか自分がその当本人になるとは。入る前にできる限り抵抗はしたが、おそらくこの同期はこの建物がラブホテルだとは知らなかったのだろう、なんでそんなに必死なのか分からないという顔をされた。
確かに、共に来館したのがただのライバル兼友人だったのなら、自分だってここまで焦っていなかった。ラブホテルとはいえ、互いに恋愛感情を持たない2人が泊まったところで、まさか(違う意味で)一夜を共にすることにはならないだろう。
ただ、恋人となれば話は違う。めちゃくちゃ違う。
自分たちは初夜は明かしたとはいえ、それ以降一度も体を重ねていない。あまりに苦痛に悶える彼を見るのが苦しかったのも、それから自分の手で満足させられるほど快楽を与えられる自信がそれほどなかったのもそうだが、単純に一夜過ごす決意をするのも限りない勇気が必要なのだ。
ただ、自分だって若い牡だ。恋人と交わるのが嫌という訳では断じて違うし、むしろ自分の下でいつもの快活さを潜めてただ快感を求める愛おしい彼の姿をまた見たいという気持ちだってもちろんある。
ただラブホは違うのではないか???
だからこそ、タスティエーラはここまで焦っているのだ。しかし悲しいことに、自分が悶々考えている間に彼はとうにチェックインを済ませ部屋のキーを受け取っていた。
「タスティくん!部屋取れたから行きましょ、先にシャワー浴びたいとかありますか?」
「う、ああ…いや、別に……」
「そっか!ならよかった」
そう言うと、ソールオリエンスは笑顔で手を引いてエレベーターに向かっていく。移動中も彼はよく話しかけてきたが、正直全然頭には入らなかった。
部屋を取る時にラブホ特有のオプションとか聞かれなかったのか?とか、そもそもラブホの部屋って普通にゴムとかコンドームとか置かれてるのでは?とか、だとしたら彼はどんな反応をするんだ?とか、疑問ばかりが頭に積み重なっていく。
やがてエレベーターの軽快な音が鳴って上へと上がっていく感覚が消えると、これまたソールオリエンスは手を握ってキーに示された部屋を探して歩き出す。こちとら一々彼を認識する度心臓が跳ねる思いをしているのに、本当にこっちの事情が分からないやつだ!と、また心の中で悪態をつきながらそう吐き出した。
「あっ、ここか。失礼しま〜す……わ、結構広い」
ソールの言う通り、用意された部屋は想像よりもかなりのスペースを有していた。ちなみに、ベッドはシングルだが枕は2つ置かれている。あからさまに特別な関係の2人が来ることを想定されているが、大抵のラブホテルはこんなものだろう、行ったことないけど。
「はあ…随分と大層な部屋ですね、日帰りなのに」
「え?宿泊ですけど」
「ふぅん…………え、はっ?」
宿泊?泊まる?何故?雨宿りのためなのに??シャワー浴びて雨上がるのを待てばいいだけなのに??
自分が今素っ頓狂な顔をしているのだろうと鏡がなくても分かった。ただでさえ数々と浮かんでいた疑問が、ここに来てさらに大きなそれに崩されてしまったみたいだ。
「え、なんで?泊まろうなんて言ってなかったでしょ、それに第一雨宿りの為なのに…」
「分かってますよ、そんなこと。ただ、ね、タスティくん」
ソールが1歩こちらに近付く。
「…俺が今日、なんであなたを誘ったか分かりますか?……いや、本当はもう少し後でもよかったんだけど」
そこで初めて、自分が部屋に入ってからほぼ1歩も動いていないことに気付いた。いつの間にか、少しづつ迫ってきていたソールと背後のドアに挟まれる形になったからだ。
囲い込むように両隣に手をつくと、彼は少し上目遣いがちになりながら見上げてきた。超能力なんて持っちゃいないのに、その瞳にある感情がどういうものなのか分かってしまって、こんがらがっていた頭が変に冷静さを取り戻していくようだった。
「最初からこうするつもりだったんです。買いたい物があるとか、全部嘘でした。騙していてごめんなさい、タスティくん」
…本気で謝る気はないんだろうなとは、すぐに分かった。謝意が感じられないわけではなかったが、それ以上の欲望がそこにあったからだ。仮に僕がベッドのそばにいたなら、迷うことなく彼はシーツに押し倒してきたのだろう。
する、と彼は襟を退けて首筋に頭を滑り込ませた。ぐりぐりと押し付けて、はぁっ、と甘い息を漏らす。
「タスティくん、タスティくん。騙してたのは、後でいくらでも謝ります。だから―…」
「……分かった。じゃあ、そのお詫びは」
「ぁ、っ…」
「こっちで、いいよ」
上着の下に手を差し込んでズボンのベルトを抜き取ると、首元から離れた頭を掴んで強引に口付ける。キスの感想なんて聞いていないからそれが上手か下手かは分からないが、唇を離した後の彼の表情を見るにどうやらそこまで拙かった訳ではないようだ。
「……ふ、今、ケモノみたいな顔してますよ、タスティくん」
「そっちからしたら、間違いじゃないかもな」
彼からの『誘い』の真意は全く違ったものだったが、どっちにしろ断る理由などない。今回のような事態はさすがに全く想定していなかったとはいえ、今となれば自分だって情欲に溺れる寸前なのだから。
まだ窓の外の空は、月さえ鮮明になっていない完全な暗闇に染まる前だった。