望んだ未来

望んだ未来



某日、海軍本部




センゴクは、真っ黒な男がヒールを鳴らし、廊下を歩いているのに出会してしまった。


トラファルガー・ロー。


センゴクが娘のように大切に育てていたラミの実の兄であり、数ヶ月前にラミを殺した残虐な男。

そう言えば今日は王下七武海会議の日だった。

正面から歩いてきた男にふつふつと怒りや憎しみ、あらゆる感情が湧いてくる。

本当ならば今すぐ殴り飛ばしてやりたいが、七武海相手に手を挙げるなど、許される行為ではない。ぎゅっと拳を握り締め、あらゆる感情を抑え込み、娘の仇とすれ違った。





「おい」




呼びかけに、ぴたりと足を止めて振り返る。

相変わらずの無表情で、どろりと濁った瞳をこちらに向けていたのは、先ほどすれ違ったトラファルガー・ローだ。



「お前か?ラミを拾った海兵は」



ピリピリと空気がヒリつく。

そんな話を持ち出して、何のつもりだ?

相手から仕掛けてくれたならば、殴り飛ばして、そのまま投獄してやっても許されるだろうか。


「あぁ、私だ」


「………そうか、」


正義のコートに隠れて、拳に武装色を纏わせる。センゴクは一挙手一投足を見逃さぬよう、注意深くローを見据える。

ぽつりと言葉を溢したローは、まっすぐセンゴクを見上げ、



「ありがとう」



そう、確かに、はっきりと宣った。

思ってもいなかった言葉に、センゴクは目を見開き固まった。ローは変わらず無表情で言葉を続けた。


「ラミを、守って、育ててくれて」


数伯置いて、センゴクの口が怒りに震える。

そのラミを殺したのは誰だと思って!

感情のまま怒鳴り、殴りつけてやろうと口を開いた時、




「それから、」




「ごめんなさい」


「貴方から、ラミを奪ってしまって」







そう言って、残虐なはずの海賊は、頭を下げた。

センゴクは何も言えず、怒鳴りつけようとした体制のまま動けなかった。

ふ、と。出会ったばかりのラミとの会話を思い出した。




『ラミ、君のお兄さんはどんな人だった?』

『お兄様?』

『あぁ、どんな人か教えてくれたら、必ずお兄さんを見つけるから』

『ほんと!?あのね、お兄様はね!

すっごく優しい人なんだよ!

私がわがまま言ってもしょうがないなって聞いてくれるし、私が落ち込んでたらアイス買ってくれるし、お勉強の邪魔しちゃっても笑って許してくれるし、それから、それから…、

どんなに小さな事でもちゃんとお礼が言える人なの!母様のご飯とか、父様との勉強とか、当たり前な事でもちゃんとお礼を言える人!

あと、喧嘩した時はね、お兄様から謝ってくれるの!私は意地張って謝れないから、そんなところもすごいなって思うの!

あと、あとはね!』




聞きたかったのは容姿の特徴だったが、ラミはずっと兄のすごいところ、優しいところを並べ立てていた。

センゴクはそんなラミを見て、いつか必ず、兄を見つけてやろうと誓ったのだ。そして、ラミと同じように、実の子のように可愛がって、親子三人、仲良く暮らして、…

そんな妄想を膨らませて、ラミと二人、実現しなかったいつかを楽しみにしていたのだ。


いつのまにか顔を上げたローは、じっとこちらを見つめていた。

その濁った瞳が何を見てきたのかは知らない。表情を変えられない理由も知らない。

幼いラミが描いた兄の似顔絵は、優しい笑みを浮かべていたのに。




何も言わないセンゴクに、こてりと首を傾けたローは、何事もなかったかのように歩み出した。

センゴクは黙ってその背を見送った。



トラファルガー・ロー


センゴクが娘のように大切に育てていたラミの実の兄であり、数ヶ月前にラミを殺した残虐な男。

世界政府の被害者。妹と引き離された兄。

センゴクが、守れなかった子供の末路。


あぁ、あの時あの子も一緒に保護できていれば…!ラミは殺されることはなく、あの子も妹を殺す事などなく、三人で、実の親子のように、笑い合っていられたかもしれないのに…!




センゴクは、流れる涙を止められなかった。

ラミと描いた幸せな未来が、今更になって音を立てて崩れていく。センゴクは、ただ嗚咽を溢し、その崩壊を聞いていた。










設定



時間軸はラミが殺された数ヶ月後ぐらい。




トラファルガー・ロー

別にセンゴクへの恨みとかはない。むしろラミ生きてたし真っ当に育てて守ってくれて感謝。 

センゴクがラミの育て親だと言う確信はなかったが、センゴクのローを見る目に、海賊への憎悪とは別の何かが混じっていると気づいたので確認したら正解だった。お礼言えてスッキリ。

謝罪の後にセンゴク見てたのは、ラミ殺した自分を殴りたいなら甘んじて受け入れようと思ってた。大切な人を殺される痛みはよく知ってるので。当然コートに隠した拳にも気付いてる。殴ってこないから放って行った。

謝罪の言葉が「ごめんなさい」なのは、この時のローはファミリーのボスでも裏社会の支配者でも海軍の敵でも兄でもない、『ただのロー』として相対しているので、心の奥の奥、ラミにだって見せたことのない、自分だって気づいていない子供のまま進めないローが溢れてしまって、幼く聞こえる言葉遣いになっている。本当ならもっと丁寧な謝罪をするつもりだった。




センゴクさん

本当はラミとローと三人で幸せになりたかった。ローの笑顔が見たかった。

最初にふつふつと湧いてきた感情には、気づかないフリをしている、我が子に向けるような温かい感情も混じっている。

フレバンスの事は知ってるけど、それを意識してしまったらローに同情してしまうから意識的に思考から追い出してる。でも最後に世界政府の被害だと意識してしまったから今後ローに冷徹になりきれなくなって葛藤することになる。

この後泣き止んだらいつも通り仕事終わらせるけど、家に帰ったらまず額に入れて飾ってあるラミの自信作の絵(センゴクとローとラミが笑ってる絵)を見て崩れ落ちる。そして保管してあった他の絵を引っ張り出してまた泣く。

幸せな未来があのタイミングで崩れたのは、その瞬間まで、無意識に希望を捨てきれなかったから。その昏い瞳に、希望なんて一欠片もないと知ってしまったから。




ラミ

お兄様大好き。センゴクさんがお兄様見つけるって言ったから、たくさんお兄様の絵を描いて見せていた。センゴクさんとローと暮らせる日を楽しみに待っていたが、そんな未来はなかった。


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