望むものは何か。
傀儡呪詛師呪具師との戦いで滅多に慣れない呪力放出をし過ぎたのか、眞尋は気絶をしてしまった。あれだけ呪具の核を壊したのだから無理もない。一斉に殴りに掛かったメンバーの中で、眞尋は随一に戦う力を持たない。術式も呪力供給と吸収でサポート型の能力。派手に動いて狙われて、傷を負ったのだから、仕方のないことなのだろう。
「...お疲れ様、眞尋」
遠くの方で会話をしている彼らを見つめる。俺を取り込んだ無為転変の使い手。派手に兄妹喧嘩をしている桜の人とその兄。取り押さえられている猫と盗人。絵面だけ見れば最悪だね、本当に。
彼女が見ていなくて良かったと安堵するも束の間、攻撃により飛んできた岩が此方へ飛来する。
「うわっ、危ないな」
咄嗟に出した死骸で覆い、誰もいないであろう方向へ岩を飛ばす。使い方さえ慣れてしまえばこの術式も楽なもの。眞尋が近くにいるから、余計に張り切っていることが自分でも分かる。
「...我ながら、扱いやすいな...」
斬撃が飛ぶ度に死体で防御して、飛来を防ぐ。あの兄妹はあそこまで喧嘩をするほど仲が良かったのだろう。ほら、喧嘩するほど仲が良いってやつ。
いいね、そんな家族がいてくれて。
ふと、脳裏に浮かんだ2つの笑顔を思い浮かべて、瞼を下す。自分が呪詛師となったその日に殺してしまった姉妹。両親と共に逝かせた、あの日。喧嘩もできずに終わってしまった兄妹関係は、やはり悲しいものかな。
「後悔をしてない、と言えば、嘘になるかな」
自分の問いに自分で答え、自嘲する。その瞬間にズドーンと激しい音が鳴り、戦いに終結が齎されたのだと知る。大方、桜の人が領域展開でもして相手が混乱したのだろう。あの能力は、痛いものだから。
「...?」
ふと此方を見る視線に気付く。何度も経験した殺意を向けられる目。誰かが自分を狙っている証で、殺したがっていると言うこと。
まぁ、それもそうか。敵となって襲い掛かったと思ったら、仲間内にいて戦っている。笑える話だ。
「虫が良すぎるね、確かにそうだ」
恐らく、上層部では死刑執行でも決められているのだろうね。所有権のある無為転変の彼もそれを承諾するだろう。けれど、俺は死なないし死ねない。少なくとも、彼女が生きている限り。そのように縁を繋げて引いて、魂ごと呪ってしまったのは、他でもない自分自身なのだから。
「...その時が来たら甘んじて受けるさ。けれど、それで眞尋が死ぬって言うなら...」
彼女の感情に関わらず、ここにいる眞尋の仲間全員を殺してしまおう。そうすれば彼女は死なない。死なずに生きていてくれる。
「...馬鹿だな、招いたのは俺なのに」
幾年前の後悔が再び募る。縛りを強固にして繋いでしまった自分と彼女の縁。見たくもない惨状が思い起こされ、記憶の片隅に投げた。
そう思い耽って、膝に眠る眞尋の髪を撫でる。相変わらずサラサラしていて、触り心地がいい。けれど、少し傷んでいるのは頂けない。今度無理やり休みを取らせよう。
『ーーー』
『〜! ...ー?』
「...へぇ、狗巻の」
空に響く大きな声に耳を傾ければ、どうやら呪言使いの変異体がいるらしい。呪霊となってしまった哀れな人。眞尋が世話になっている、あの特級並の実力を持つ彼の想い人らしい。へぇ、重いな。ドロドロし過ぎてて気持ち悪い、あそこだけ昼ドラかよ。
それにしても、
「呪言か...流石に耐え切れないな」
耳を塞ぐだけでどうにかなればいいけど、対策はしなければならない。曰く、ずっとあの彼を追ってきたらしいのだから、粘着力も重質も凄まじいに決まってる。戦うとなると、此方に分がないのは分かり切っている。
「...でも、従うつもりもないからなぁ」
全力で抗って見ようではないか。既に生者の道は外れた。きっと首を切っても腹を切っても死ぬことはない。ならば、彼女の生だけを望んで生きることができるこの時を、全力で謳歌しよう。
「...ん、...ち、せ?」
「駄目だよ眞尋、まだ寝てる時間。起こしてあげるから、寝てしまっていいよ」
起き上がりかけた眞尋の瞼を右手で覆う。数秒経って寝息が聞こえ手を外すと、すっかり眠ってしまった眞尋がいる。普通に見える彼女も、やはりイカれている。そんな所も愛おしい。
見れば向こうはまだ修羅場、彼方側に行くのはまだ惜しいし、隈のできている彼女を休ませるには絶好の機会。まだ暫く話し合っててもらおう。此方としても、今後を考えるのに今はちょうどいい。
「...ふふ、こんなにも楽しい時間は久々だ」
最も、死んでしまっているけれど。酷い自虐をして、また髪を撫ぜた。下を向いて彼女を見れば、眉間に皺を寄せて眠っている。もう少し穏やかに眠れないものなのかな。やはり休みを取らせよう。
望むものは何か──────
──────無論、彼女の全てのみ。