望むままに、望まれるままに
歪みに気付いた退行IFローで書きたいとこだけ書いたちょっとした話
終始退行IFローが可哀想
「おしごと?」
「あァ、今日はどうしても外へ行かないといけなくてな」
「うー…ヤダァ、兄さま行かないでぇ…」
細い手で自分のよりも大きな手を必死に掴んで引っ張ろうとする弟の姿があまりにもいじらしく、握り返してやると切なげに涙を滲ませた
ローはここ数日頭痛が酷く、ベッドからも出られないくらいだった
普段はドフラミンゴが看病しているのだが、今日ばかりはどうしても外出せざるを得ない用事があり、それを伝えた為にローに必死に引き止められているところである
嫌だ行かないでとごねるローの頭を撫でてやれば、嬉しそうに顔を綻ばせた
「悪いな、俺も出来れば一緒にいてやりたいんだが、さっきも言ったが今日は本当に外へ出ないと駄目なんだ」
「やぁ、ヤダァ……ひぅ、ぐすっ……兄さま…ぐす、くすん……」
「出来るだけ早く帰ってくる。だからゆっくり寝てろ」
ローが眠りにつけるように腹部の辺りを優しく規則的に叩いてやると、すぐにうつらうつらとし出し、間もなく寝息を立て始めたのを確認して、ドフラミンゴは部屋を後にした
ドフラミンゴが城を出発して数時間経った頃、ローは目を覚ました
ズキズキと酷く痛む頭を摩りながら、身体を丸く縮こまらせ、早く兄が帰ってきてほしいと祈りながら痛みに耐えていた
(兄さま…はやく、はやくかえってきて……兄さま……)
ズキンズキンと脈打つように、ガンガンと殴られるように、酷い頭痛に意識が朦朧としてくる
(いたい、いたい……兄さま……こんな時ロー兄さまなら……あれ?ロー兄さまって、だれ?)
ふと浮かんだ名前に疑問を抱く
誰かも分からないその名前に何故か安心する気持が湧き上がってくる。それと同時に今、この場所にいる事自体にどうしようもない程の不安感と恐怖心が湧き上がる
思い出そうとすると先程までとは比べ物にならない頭痛に襲われた。しかし、それでも誰か思い出そうと、思い出さなければならないと本能のような物が告げてきて、ローは必死に自分の記憶を漁った
(だれ?だれだっけ?ぅう、いたい、あたまいたいッ!)
「うぅぅう!!いだッ、いたい!ああぁッ!!
激痛で頭を抱えて、ベッドの上でのたうち回る。かかっていた布団を蹴り飛ばし、枕に顔をうずめて絶叫する
「大丈夫か?ほら痛み止めだ」
「あまり痛かったらすぐ呼べ、このボタンで連絡が行って誰かしらが来るからな」
「このぐらいは我が儘には入らねェから安心しろ」
「大丈夫だ…お前が寝るまで傍にいるから」
「あ……」
脳裏に浮かんだ光景は、一時いつの間にか城から離れて迷子のになってしまった時の光景
自分と名前や容姿の似た人物が船長の海賊団に保護され、そこで過ごした時の記憶
暫くの間一緒に過ごし、兄と慕うようになった人物が1人いた
「ロー兄さま…ロー兄さま!」
思い出した
彼らと過ごしてドフラミンゴが与える愛が間違っていると気付いた事
ドフラミンゴに自分を渡さないようにする為に戦ってくれた事
そのせいで彼やその仲間が傷ついた事
全て忘れるように暗示をかけられた事
「ゃ…い、やだ……ッ!!」
まるで鎖で縛る為のような頭痛が治まり、ローは慌ててベッドから降りて部屋を飛び出した
逃げなければ
兄と慕うあの男は実際は兄でも何でもない、自分を手元に置いておく為なら何でもする狂人だ。ならばこんな所に居たくはない
城の使用人に見つかり危うく捕まりそうになるが必死に逃げ回り、やっとの事で玄関まで辿り着くと迷わず扉を開けた
外へ出て強風に煽られ、そして城の建つ土地の端まで行けば、その台地はどこにも繋がっておらず、目の前には悠然とした空が広がっているだけだった
「あ……」
必死になっていたせいでローは忘れていた
何度も空中散歩に連れて行ってもらって、その際に今居る島が空に浮かんでいる事を教えられた事を
これではどうしたって逃げられない
それでも諦める事が出来ず、何とかして島から出られる場所はないだろうかと城の周りを歩き回るが、それらしい場所は見当たらなかった
歩き疲れて城壁に寄り掛かって座り込むと、ぽつぽつと涙が零れ始めた
「ロー兄さま……ロー兄さまァ…………」
自分のせいで傷ついてしまった彼等は無事だろうか
確かめたくてもその術が無い
膝を抱えて泣く事しか出来ず、ローは声を押し殺しながら泣き続けた
その時突然足音が聞こえて顔を上げると、もうすぐ目の前にドフラミンゴが立っていた
「ひっ!!」
小さく悲鳴を上げ、すぐに逃げようと走り出したその身体を、ドフラミンゴは何の苦労もなく抱え上げた
「いやっ!ヤダはなして!!」
「おいおいロー、あんなに行かないでなんて言ってたってのに、一体どうした?」
「だって、だって『あなた』がほんとうはわるい人だって、お、思い出したからッ!!」
他人行儀なその呼び方にドフラミンゴの額に青筋が浮かんだ
「ロー、お前また『悪い子』になっちまったのか」
「あ…」
ぞくり、と背筋に冷や水を当てられたような感覚に襲われ、途端にローの身体は酷く震え出した
「や…ごめ、なさ……ごめん、なさいッ…すてないで、いやッ!すてないで!ごめんなさいごめんなさい!!」
逃げようとした先程とは打って変わって、今度は必死にドフラミンゴに縋り付く
先程確かにローに掛けられた暗示は解けた
幾つかある中の1つだけが
手元に戻ってきたローが自分の下を離れないようにする為にドフラミンゴは暗示を幾つも掛けた。何枚もの扉を用意して鍵をかけるように厳重に
だから1つ解けたところで何の問題もない、現にこうしてローは必死に縋り付いている
―『悪い子』は捨てられる―
―ドフラミンゴに捨てられたら生きていけない―
泣きながら必死に謝り縋ってくるローの姿が愛らしく、少々意地悪をしようと思ったドフラミンゴはローを地面に降ろし、自分は城の入り口へと歩いて行く
「やっ!まって行かないで!!ごめんなさい本当にごめんなさい!!いやァあああああ!!おいてかないでェ!!!おねがい『兄さま』!!!良い子になるから!!!ちゃんと良い子になるからすてないでェえええ!!!」
追いかけて地面に倒れこむようにして脚にしがみ付いて必死に許しを請うローに漸く許しを与える気になり、ドフラミンゴは笑ってローを抱き上げた
「そんなに泣くんじゃねェよ、ったく…フッフッフ、そんなに俺に捨てられるのが嫌か?」
「やっ!いやッ!!ごめんなさいッ!!おねがいだから、おれちゃんと良い子になるから、何でもするから、だからすてないで……」
今度は降ろされないようにと必死にしがみ付いて泣くローの頭を優しく撫でてやると、幾分か落ち着いたらしいローは涙を拭って鼻を啜りながら、ほんの少し嬉しそうに小さく微笑んだ
地面に倒れこんだせいで汚れたローの服の土を払い、2人で城へ戻っていた
風呂に入って汚れを落とし、服も着替えて寝室に連れていかれると、ローは再び不安感と恐怖心に支配される。しかし今度は逃げない、逃げられない
ベッドの上でドフラミンゴに抱き込まれ、甘い香りのお香に意識が曖昧になりながら会話をする
「ロー、お前さっきどこへ行こうとしていたんだ?」
「んぇ?と…ロー兄さまのとこ……」
「おいおい誰だそいつは?城の外に勝手に出たのか?『悪い子』だなァローは」
悪い子という言葉に反応してローはポロポロと涙をこぼす
「ぅ、ぅあ、ひぅ、うぅッ…ごめ、なさ……」
「ちゃんと『良い子』になれるか?」
「ぐすっ、なれる…なる……」
こくこくと何度も頷くローの瞳から零れ続ける涙を拭い頭を撫でてやれば、安心した様子で身体を預けてくる。それが愛おしくて、そして愚かしくてドフラミンゴは小さく笑う
「なら、城の外の事は全部忘れろ。外に出た事も含めて全部だ」
「え…ぁ、わすれる…ぜんぶ、ぜんぶ……」
「お前には俺がいれば良いからな。そうだろう?ロー」
「兄さま…兄さまがいれば良い……おれには、兄さまが……兄さまだけ……」
望まれた言葉を紡ぎ、ドフラミンゴが満足する様子を見て満たされた感覚になり、ローは嬉しそうに笑った
「ならこの部屋の中から出ないな?」
「でない…」
「この城にいる奴以外でお前は誰か知っているか?」
「…しらない…だれも、しらないよ?」
「そうか、ローは良い子だな」
「おれ、いいこ…?」
「あァ、良い子だ」
頭を撫でてやればもっとと強請るように自分の頭をドフラミンゴに手に押し付ける。それに応えてやるように更に撫でれば、ローは恍惚の笑みを浮かべる
「ロー、俺は良い子なお前が好きだ。お前は兄様が好きか?」
「うん……好き、大好き…これからもずっと、ずっと……大好き…」
「フッフッフ、フフフフフ!そうか、その言葉忘れるなよ」
「ん…んぅ……」
瞼が重たくなってうつらうつらと船を漕ぎ出したローを離してベッドに寝かせてやれば、ドフラミンゴは言葉をかけ続けた
「お前は良い子だ。良い子で居続けないといけねェ」
「うん……」
「ローは良い子だからな、大丈夫だろうとは思うが、悪い子じゃ俺は捨てちまうからな?」
「やぁ…やらぁ……」
「俺に捨てられたら生きていけねェからな、怒られたらちゃんと謝るんだ」
「ん、あやま……ごめ、なひゃ……」
「フフフ、偉いぞ。そのまま良い子で居続けろよ?部屋から出ねェ、俺に縋って、俺無くしては生きられない。お前はそんな良い子だ。分かったな?」
「…ぅん、わ、か……」
言う事を聞けば辛くない、怖くない、だからちゃんと受け入れる。それが望まれる良い子だから、捨てられない為に、愛されるように、愛してもらえる為に何でもする
人としての尊厳も何も要らない
ただ愛してもらえるのなら人形になっても構わない
そう
―自分の意思で愛玩される存在であると望む―
だから
―城の外の事は全て忘れて無関心になる―
宝物は宝箱に、仕舞って、鍵を掛けて
鎖で縛って
そして部屋に入れて
部屋の鍵も掛けて
幾つも幾つも、厳重に鍵を掛けて
何も知らない、忘れてしまった幼いローは宝箱の中で眠る
こんなに愛されて、こんなに幸せな場所から出て行く必要なんて何もない
さっきまで恐怖心を抱いていたのが何故なのか思い出せない。そもそも恐怖心を抱いていた事すらもう記憶の中から消し去られた
そんな事はもうどうでも良い、自分は愛されて幸せだ
だって
―ドフラミンゴを愛している―
から