有馬のあとのタイエフ
引き上げるとき、あいつは血を滲ませて笑っていた。やりたいように、走りたいように走れた証拠なんだろう。
悔しくて涙がにじむ。勝者は天才で、敗者は自分達だった。それでもこんなにも思いが違うと分かるのはどうしてだろう。
「悔しいよ」
ぐずぐずといつまでも泣いているなんてみっともないのはわかっている。それでも涙をぬぐう事はできなかった。押し倒したのは自分の方で、勢いのままに吐き出した言葉を下にいる男に投げている。
撃墜王と呼ばれた男は押し倒されたまま落ちてくる涙になにも思わぬようにゆっくりと瞬きをしてじっと見つめ返してくる。
自分ばかりが、とタイトルホルダーは思う。自分ばかりが追いかけている気がする。追いついて追い抜かしたと思えば結局先にいるのはこいつだった。
皐月も有馬も。宝塚は自分が先頭でいた鮮やかな記憶の中で、男は苦々しく、それでも力強く前を向いていた。
いつも怯えられる目はこういうときどうしてずっとうつくしく見えるのだろう。悔しくて虚しくて苦しい。
ずるずると力が抜けて逞しい胸に顔を埋める。芝の匂いと特有の匂い。まぜこぜになってやってくる。強い幸福感と名付けられた男の手がそっと背に触れる。触るなともやめろとも言えなかった。
きっとこの男も不調の時から様々な言葉を投げつけられたのだろう。
彼を知っているから、何も言えなかった。真っすぐな彼をどうして責められるだろう。大人ぶった態度なんて似合わないのに、こういうときだけそんな風にする。弟や妹が多いからだろうか。
そうして改めて、こんなところで止まっている場合ではないのにどうしても動けない。
「タイトルホルダー」
力強く呼ばれて頷く。わかっている。わかっているさ、と。
「先頭で俺と戦おう」
力強い言葉なのに柔らかく耳に馴染む声で言われて「当たり前だ」とぐずついた言葉で返す。