有為転変
雲ひとつない新月の夜、テントの中で他が寝静まる中、青髪の男だけは起きていた。 青髪の女性的な顔立ちをした彼は隣に居る同じ一枚の毛布に包まれて眠る少女を愛おしそうな目で見ていた。
「四級…やっぱりオマエは可愛いな」
男は子供を愛でる親のような優しい声色でそう呟くと、彼女の頬を撫でた。 そして、親が子を撫でるているときのような手つきと暖かさで彼女を包む。 幸せそうな表情の彼であったが、すぐにその顔は哀しみを孕む。
「俺は、俺の想いは……伝えるわけにはいかないんだ…どう転ぼうとお互いに辛くなるだけだから…」
それは呪術師という立場故のリスクを考慮して自分の想いを封じようとする彼なりの理性の形。 或いはお互いを不幸にしないための一種の防衛本能であった。
「もう、大事な人を失うのは御免だ……」
男は昔のことを思い出しながらそう呟く。 それは数年前に殉職した先輩術師のことで、彼が心から尊敬していた人物であるり、彼の訃報を聞いたときには外にも出られなくなったほどだ。
「でももし、俺達が呪術師じゃなかったら……いや、それじゃ食っていけないな」
一瞬だけ希望が見えたかと思えば、また理性が働いて現実に引き戻される。 彼女との幸せな将来を望む欲望とそれを許さない理性の争いの中で、男はゴールのない迷宮という名の無限地獄に落ちていく。
「……好きだよ、四級」
男は僅かに頬を濡らしながらそう言い残して毛布の中に深く潜り、眠りについた。