月雪ミヤコと変わり行く日常
パチリ、と装置の蓋を閉じると室内に電気が灯る。
モエは一仕事終えた、と深く息を吐いた。
「あ~疲れた。これで終わりっと」
「お疲れ様です。モエ、どうですか?」
手で扇いでぬるい風を浴びているモエに、ミヤコが経過を聞いた。
「ご注文通り、空調のシステム回り全部直したよ。まったく、私はオペレーターであって現場作業は管轄外だっての」
「エアコン修理だけならともかく、システムまでいじるならモエがやった方が早いでしょう?」
「それはそうだけどさぁ……もう秋も終わり位だってのに、おかげで汗だくだよ」
「文句が長いぞモエ、私たちだって動き回ってたんだからな」
ぶーたれているモエに反論したのはサキだった。
彼女もまたあちこちに汚れが付いている。
「おっつー、そっちは古い配管の廃棄作業だっけ?」
「う、うん……サキちゃんやミヤコちゃんと一緒に運んだよ……」
モエの質問に答えたのはサキの後ろに隠れていたミユだった。
RABBIT小隊勢ぞろいだが、行っていたのは部隊としての行動ではなく、いつものアルバイトだった。
「皆様、お疲れ様です。修理ありがとうございました」
彼女たちに礼を言ったのは、この店の店長だ。
「なにぶんこういった機械作業は不得意で、騙されたと分かっても出ていくにも先立つものがなく……」
「かまいません。私たちはSRTですから。助けを求める声を無視することはできません」
ここは居抜き物件に入った新しいケーキ屋だ。
出店コストを抑えようとしていたのだろうが、外側だけは綺麗だったものの裏側を見てみれば配管がボロボロで詰まっており、空調システムも色々とガタが来ているのが少し詳しいものであれば一目瞭然だった。
店長がそれに気づいて文句を言ったものの、『我々は隠してはいない、最初に確認しなかった方が悪い』としらを切られてしまい、途方に暮れていたところを通り掛かったRABBIT小隊が修理を手伝うことになったのだった。
「本当にありがとうございます。売れ残りで申し訳ないのですが、よかったらケーキを持って行かれませんか?」
「ケーキ! まじ!? やったー!」
店長の言葉に真っ先に食いついたのはモエだった。
「こらモエ、意地汚いぞ」
「なんだよう、サキは要らないっての?」
「い、要らないなんて言ってないだろう!」
「じゃあサキも同じ穴の狢じゃん。ケーキ食べたいって素直に言った方が相手も喜ぶってもんでしょ」
「……くっ」
「ケーキ……へへっ……」
彼女たちは甘いものは中々食べられていない。
いくら普段訓練して我慢していても、甘味に対する欲求を抑えるのは未熟な彼女たちでは難しい。
「いいのですか?」
「今日はもう終わりなので。どうせ廃棄するだけなら美味しく食べてもらった方が嬉しいですからね」
「ありがとうございます。いただきます」
「では人数分ご用意しますね。新製品のケーキで、味には自信ありますよ。なんてったってアビドスで新しく取れた特別製の『砂糖』を使ってますからね!」
にこやかに笑う店長の好意に、ミヤコは感謝で頭を下げるのだった。
「ケーキケーキ! ショート? チョコ? チーズ? モンブラン! 何が入ってるかな~?」
子ウサギ公園まで帰った彼女たちは、ケーキの箱を前にして高鳴る胸を抑えきれなかった。
久々の甘味であるため無理もない。
モエは既に鼻歌を歌っている。
サキもミユもじっと箱を見ながら中身が何かを想像してにやけていた。
「では開けますね」
「くひひっ、御開帳ぉ~っ! ……って、あれ?」
いち早く覗き込んだモエが首を傾げる。
「1、2、3……3つしかない!?」
「え、そんな……」
「あの店長、数間違えたな」
RABBIT小隊は4人、ケーキは3つ。
人数分と言っていたはずなのに数が少ないのは明らかにミスだ。
「戻って足りないから追加で欲しいって言う?」
「馬鹿! そんな恥ずかしいことができるか!」
「ええ……じゃあ誰か一人食べられないってこと?」
「4等分に分けるにしても、そんなに大きくないぞコレ」
「わ、私はヤダよ! だって汗だくになるまで働いたんだから、私は食べる権利あるでしょ。体が甘味を求めて疼いてるの!」
「私だって満足に食べたい! でも……」
「わ、私が……」
分けるか、誰かが食べられないかで声を上げるモエとサキ。
だがそこで顔を暗くしたのはミユだった。
「私が地味で目立たないから……だから気付かれなかったんだ……」
「あ~……あながち間違いじゃない、かも? ミユはサキの後ろに隠れてたし」
「うう、うわ~ん!」
「モエ! ミユを泣かすな!」
「ええ? 私が悪いのこれ? 狙撃してるわけでもないのに隠れてたのが原因じゃね?」
「だとしても言い方ってものがあるだろうが」
「それもそっか……ミユごめ~ん。言い過ぎた~」
「……はあ」
泣くミユ、怒るサキ、無神経なことを言ったと謝るモエで場は混沌としていた。
このままでは収拾がつかぬと判断したミヤコはため息を一つ吐いて、喧嘩にならない案を提案した。
「ミユ、私は要らないので、ミユが食べてください」
「え、でもミヤコちゃん……」
「モエは今回一番働いてくれました。サキも肉体労働では人一倍です。私はそこまで疲れていないので、今回はミユに譲ります」
「……いいの?」
「その代わり、次の仕事はしっかりと働いてもらいますから。そのお金で今度は4人分のケーキを買います」
「わかった……私、がんばるね?」
「いい? もう良いよね? いただきまーす!」
「……ミヤコ、次はケーキだけじゃなくてプリンも付けていいぞ」
待ちきれないとケーキに手を伸ばしたモエ。
サキはぼそりとミヤコに耳打ちしてから、続いてケーキを手に取った。
「ミヤコちゃん、ありがとう……いただきます」
最後に残ったケーキを手に、ミユがミヤコに礼を言う。
美味しそうだな、という思いに蓋をしたミヤコは、彼女たちのパーティーを見守った。
次は自分だけちょっと高いケーキを食べることを夢に見ながら。
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何かがおかしい、と漠然とした感覚がミヤコを襲う。
いつもと変わらぬ子ウサギ公園で寝起きをして、いつもと変わらぬ作業に従事している。
小隊のメンバーとのブリーフィングでも特に問題はなかったはずだ。
それでも何か、歯車がズレたように物事がうまく行かない。
例えば
「お前たちのような悪者の首は要らない! 命だけおいてけ!」
「サキ、それ以上はヘイローが壊れてしまいます。止めなさい!」
サキは制圧した相手に対する過剰なまでに暴行を加えるようになった。
「くひひっ、もういいよね? それ爆破―っ!」
「ちょっと、まだ私たちが避難していなっ!?」
モエは前よりも刹那主義に磨きがかかり、タイミングすら無視して爆破するようになった。
「………………」
「ミユ……? ミユどこですか?」
ミユは前よりも無口になった。地味で目立たないということがコンプレックスであったというのに、ミヤコの声にまともな返事すらしなくなり見つけるのに苦労する有様だった。
サキの暴力、モエの刹那主義、ミユの存在感の薄さ。
どれも各々が元から持ち合わせていたものだけれど、そこまでひどいものではなかったはずだ。
RABBIT小隊のリーダーとしてミヤコ自身にも何かしらの欠点というものはあるはずだが、ここまで目立つようなものではない。
SRTの誇る小隊として動くにあたって各個人の能力は知っており連携は叩き込まれている。
こんなにも小隊としての統率が取れない状況など、本来ならばあり得ないのだ。
「みんな、どうしてしまったのでしょうか?」
今だってそうだ。
仕事が終わったからもう自由時間で良いよね、とモエが言い出したことにサキとミユが賛同し、ミヤコが止める間もなくどこかへ消えてしまった。
多数決で一致団結されれば、ミヤコ一人では止めることはできなかった。
シャーレの当番などで呼ばれることもあり、誰かが一人で行動する、ということは別に珍しいものではない。
モエがこんなことを言い出すことも今に始まったことではないし、目くじらを立てるほどでもないのかもしれない。
けれど、決して良いはずはないのだ。
RABBIT小隊は子ウサギ公園で野宿を続けている身なのだから、身の回りのことは全て自分たちでやらなければならない。
食事だって廃棄弁当に頼ることが多いのだから、仕事が終われば武器の整備や弾薬の補給、汗を流すためのドラム缶風呂の用意だって必要だ。
やるべきことを後回しにして遊び惚けるなど言語道断だというのに。
「そういう日もあります、よね? 仕方がないので、私だけでもやりましょう。ね、ぴょんこ?」
傍らで野菜を食べているウサギを一撫でして、できることはやろうと腰を上げるミヤコ。
まずは弾薬の補充をしなければ、とテントの奥を漁る。
基本的にテントにいることの多いモエが管理している場所だが、そこには弾薬の補充や兵器の整備費用のための金銭が隠されている。
RABBIT小隊全員のお金なのだからミヤコが触っても問題はない。
荒らされたように整えられてないテントの中を見て辟易するが、それも含めて帰って来たら整理するように強く言おうとミヤコは決意した。
「……え?」