月夜の出会い
とある日の深夜。
疎らに雲が散り月光を隠す中を、一人の獣人……デルタが駆けまわっていた。
「ハッ…ハッ…ハッ…!」
何かアテがある訳ではない。
身内には満場一致で『おバカ』扱いされ、そもそも野性のような衝動と思い付きで動く彼女が、明確な計画を持って動く事は早々無い。
故に、この月夜の疾走もまた計画あっての事ではなく。
「強く…強く…!!」
己の内から湧き上がる、例えようのない焦燥と不安に突き動かされ、かかる靄を無理に晴らそうとする闇雲なものに他ならない。
(何も出来なかった…デルタ、何も出来なかったっ…!!!)
機人・シーニーによる先のアレクサンドリア襲撃。
そこでデルタが味わったのは、鉄砲玉にすらなれず木の葉のように翻弄され、何時の間にか退場させられていたという無力感だ。
自慢の切り札である鉄塊が無意味と化すのはこれで何度目か。
砕かれ、斬られ、解け……暴君の二つ名をほしいままにしたデルタの暴力性は、ここにきて尽く無力化されている。
今回とてそうだ。
次々押し寄せる木偶人形に高をくくって居たら、何時の間にか消耗させられ…明らかに毛色の違う『以前も出会った』人形を前にして、反応する間もなく落とされた。
もう油断はしないと構えていたのに、それすら無に帰す形で。
一応擁護するならば、白騎士・ヒイロ…デルタの言う『アイツ』の介入と盟主シャドウの力添え、そして機人が気まぐれを起こした事で今回の事件はようやく収束しており、デルタのみならず七陰やナンバーズ全員の心に傷を残している。
つまり彼女の抱く焦りは彼女だけのものではないのだが……明確な指針を打ち出せないからこそ、ただただ駆け回る事しか出来ないのだ。
(技を学べとボスは言ってたです…でも、デルタ憶えられない…どうやって学べばいいです…!?)
仮に浮かんでもこの通り、手からするりと抜けて行ってしまう。
……『ボス』の教える武術はどうしてもデルタに合わず、加えて元々強かった事もあり、第一席であるアルファにだっていずれ勝てると信じて憚らなかった。
そんな彼女が、今初めて術理を求めて、しかしままならぬ現実を走力に変え続けている現状。
もしもアルファが、そして『ボス』ことシャドウ…シド・カゲノーが知ったならば、あるいは成長したと捉えるかもしれない。
決して何の解決にならないとしても。
(こうなったら、強いやつを見つけて、そいつら全部…!!)
とうとう数撃ちゃ当たる戦法へ手を出すデルタ。
一見いつもの事のように見るが、内心ぐちゃぐちゃでどうして良いか分からず、結果同じ場所に着地したに過ぎないのだろう。
だがそうと決まれば早かった。抱く不安の分だけ駆ける速度は一層増し、そして見つける。
凄まじい剣気を放つ一人の魔剣士を。
「うがああああぁぁぁっ!!!!!」
ない交ぜになった感情と衝動のままに、それを強く振り切ろうとするかのように、デルタは咆哮をあげてその魔剣士へ飛びかかる。
合せたかのように突風が吹き、散った雲から月明かりが差し込んで、未だ顔も見えなかったその魔剣士を照らし出した。
自慢の切り札を一刀の下に自身ごと切り伏せた、剣術においては『ボス』であっても及ばない世界最強の魔剣士。
紅き剣姫、アイリス・ミドガルの姿を。
「あ」
…これは武術を身に着けた暴君に陰の盟主と金猫が慄く、少し前の物語。
奇妙な師弟関係、その始まりである。