月夜に希う2

月夜に希う2


※現パロ雰囲気ホラー

※幻覚から生まれた幻覚

※ホラゲの序盤共通ルート

※ホラーと言っておきながら怖くない



 バスの振動が止まったことで、どこかに到着したのだと気付いた。

 それがわかっていても、私はその場から動くことは愚か、顔を上げることすらできなかった。止まってくれと祈っていたはずなのに、今は外に出ることが怖い。できることなら、ずっとこのまま蹲っていたい。

 それだというのに、バスは一向に動き出さなかった。まるで、私が下車するのを待っているかのようだ。気味の悪さに泣きそうになる。嘘。もう泣いている。


 私が泣き止んでも発車しないバスに、いい加減腹を括ることにした。ヤケクソとも言う。でもそうしなければ、本気で何もできそうになかった。

 恐る恐る立ち上がる。束になってぶら下がっていた人毛は、いつの間にか消えていた。

 ゆっくりと、元々座っていた座席に移動する。置き去りにしてしまったビニール傘を回収するためだ。今私が持てる最大の武装を、この訳のわからないバスに置き去りにしていくには気が引けた。


 バスの前方へ移動するたび———正確には、運転席に近付くたび、本能的に不快感に訴える臭いが鼻をつく。生ゴミを腐らせたような臭いだが、それよりもっと酷い気がする。

 不快な臭いから逃げるように呼吸を止め、傘を回収してバスから駆け降りる。


 バスから降りてようやく大きく息を吐き出し———背後でバスのドアが閉まる音がした。

 驚いて振り返ると、バスはとっくに動き出し、あっという間に森の暗闇に紛れて消えていった。

 「えぇ………」

 どうやら、本当に私の下車を待っていたようである。正直、欠片も嬉しくない。


 仕方なく、バスが消えた方角とは反対に向き直る。周囲は森、正面には村らしき開けた場所、そのさらに向こうには、小高い山があった。

 今から森に入っても、遭難する気しかしない。山もまた然り。どう見ても怪しいが、人のいる場所以外に行ける選択肢はなかった。


 少し歩けば、入り口らしき場所に石の柱が二本立っていた。入り口だろうか。片方には村の名前が彫られていたようだが、すっかり風化したそれを読み取る技術は、私には無かった。

 石門(?)をくぐり、村に入る。月光のおかげで光源は確保されているが、そのおかげで、どの家も作りが古いことにすぐ気付いてしまった。デザインが古いとかそう言う話ではなく、例えるなら、江戸時代の家屋をそのまま持ってきたような外観なのだ。

 家の周りを何軒か調べてみたが、現代に必須の室外機等は見当たらなかった。クーラーも暖房も無しに暮らしているなんて、正気の沙汰ではない。


 異様だ。

 不気味だ。

 それでも、今の私が家に帰るためには、ここの人に協力してもらう必要があった。

 一番近い家の扉を、恐る恐るノックする。

 家の中で人が動いた気配がして、勢いよく引き戸が開かれる。

 「あ………」

 「おや、今年の巫女かい?こんな所にいちゃいかんでしょう」

 「えっ、は?」

 「さぁ、審神者さんとこに行くぞ。お前も手伝ってくれ」

 「ちょっ……!!」


 家から出てきた中年男性は、家に負けず劣らず古臭い格好をしていた。

 それ以上に、私を見て訳のわからないことを言い出した。巫女ってなんだ。バイトでもやったことは……記憶が確かではないからはっきり言えないが、ないはずだ。見た目だって黒のセーラー服で、巫女らしい要素なんて欠片も無いはずなのに。

 それなのに、この見知らぬおじさんは、私の腕をガッチリ掴んでどこかへ連れて行こうとする。


 腕に食い込む指が痛くて、抵抗する私を意に介さずどこかへ引きずって行こうとする執念が怖くて、咄嗟に傘でおじさんの顔を殴りつけた。拘束が緩んだ隙に抜け出して、おじさんの顎を下から力一杯打ち付ける。

 「巫女が逃げるよ!!」

 おじさんが倒れるのを確認する前に私は駆け出す。背後からおじさんの奥さんらしき中年女性の声が聞こえた。それを聞いたのか、家という家から中年以上の男性がわらわらと出てくる。


 走って逃げて、捕まりそうな時は傘で撃退して、また走り出す。時々物陰や家屋の影に隠れてやり過ごすが、どんどん村の奥へ奥へと誘い込まれているように感じる。一か八かで森や山に逃げ込もうと思っても、行けそうなところは軒並み人が見張りについていた。散々泣いたはずの涙がまた滲んでくる。


 「君」

 「ッ———!!」

 物陰に隠れて隙を窺っていたところに、後ろから突然声をかけられた。潜めるような声だったが、恐怖が極限まで達していた私は過剰反応して、背後の人物目掛けて思い切り傘を振る。

 バシッといい音がして、傘が動かないことで掴まれているとようやく認識した。

 掴んでいる人は、この村に来てから一番若い男性だった。多分二十歳前後のその人は、神社の神主がするような、日常ではあまり見ない格好をしていた。

 必死に傘を取り戻そうと、渾身の力を込めて振り回そうとするが、所詮女子高生の腕力だ。その人はびくともしない。


 「怖がらせてすまない。君たちは必ず無事家に帰そう。だからここは、俺の云うことに合わせてくれないか」

 そこまで言われてようやく、私は彼の背後に同年代くらいの少女がいることに気がついた。私と真逆の白いセーラー服の彼女は、声は出さないものの、暗がりでもよくわかる不安そうな、それでいて私を心配する顔をしていた。


 ここに来て、ようやく私の緊張の糸が切れた。そのまま崩れ落ちそうになる私を二人が支えてくれる。

 彼らに抱えられるように歩いていれば、周囲に足音が集まってきて体が強張った。

 「巫女は見つけた。彼女も混乱していたようだ。今は落ち着いているから、皆は家に帰ってくれ」

 「審神者さんが見つけたってよ」

 「ああ、審神者さんか」

 「ならもう大丈夫だね」

 その人の一声で、周囲の気配が散っていく。強張っていた体から力が抜けた。

 「大丈夫ですよ。サニワさんは、あたしたちの味方です」

 名も知らぬ少女がそっと耳打ちする。………本当に、そうなのだろうか。

 月が映る湖面のように静かな男と、優しく微笑む少女。対照的な表情の二人に導かれるまま、私たちは一つの家に向かっていった。

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