月と果物と、穏やかな乾杯と。

月と果物と、穏やかな乾杯と。

寧々ちゃんと阿国さんがジュースで乾杯してます。ダショルカ戦その後のお話


「寧ー々様っ!」

「阿国さん、お疲れ様」

 ショーでルカを取り戻した日の夜、草薙寧々は自室の窓から月を見上げていた。

 部屋のドアは真面目な阿国が気を使わなくていいようにと、あらかじめ浅く開けられている。その隙間から霊体化を解いた阿国が、弾むような声と共に覗き込んだ。

 ベッドの上で窓を見ていた寧々は、阿国の声に返事をし、それを受けた阿国は丁寧にドアを閉めて入室する。

 「ええ。本日の、公演お疲れ様にございました。いやぁ…本当に夢のようなひと時でしたね…。」

「ふふっ、わたしもおんなじ気持ち。阿国さんと─みんなと最後まで演じて、歌って踊り切れて…すごく楽しかった」

 腰をかけたまま、寧々と阿国はショーでの出来事を懐古する。敵の手によって悪しき力を与えられたルカ、その力によって意識を乗っ取られ、夢遊病のように夜のシブヤを徘徊する一般人達。

 そんな絶望的な状況を打開すべく、全員で案を出したのが、今回の大規模な舞台だったのだ。

 「練習の時はごめんね。わたしが中学の初公演を思い出して、落ち込んで、阿国さんに迷惑かけ…」

「寧ー々ーさーま?"迷惑などではない"と何度も申し上げたはずですよ?むしろ逆です、"苦しい時にご自分で抱え切ろうとしてしまう"のは、寧々様の悪い癖でございますっ!無理しい筆頭の神代様をとやかく言えませんよっ。

 "気の知れた相手に油断すると、毒が強くなる癖'と共に、気をつけてくださいまし!」

 その言葉に寧々は言葉を「うっ…毒、まで…ご、ごめんなさい」と詰まらせる。阿国にとって、寧々の抱え込んでしまう部分は仲間を想う優しさ、毒舌は理性的な『草薙寧々』を表している、愛すべき個性なのだが、その個性達が巡り巡って寧々自身を刺しては甲斐がない。そういった考えの元、やや軽快な調子で寧々を窘めた。(余談だが、毒舌に関しては日頃から気になっていたのでついでに言及したのである)

 俯いてしまった寧々に「私の方こそ失礼しました」と謝罪しつつ、阿国は「それに──」と話を元に戻した。

 「過去のことにより悩んでしまうのも、寧々様が『皆様とのショーを良いものにしたい。巡音様を幸せにしたい。おかえりと言わせて欲しい』と真剣に思われていたからです。そんな想いを託してもらえるのは、私にとって、とても喜ばしいことなのですから!」

「──!」

 晴れた様な笑顔で心境を明かす阿国に、寧々は微笑みを返しこう言った。

「うん、ありがと。阿国さん」


その後もしばらく談笑していると、ふいに寧々が阿国に提案した。

「……阿国さん、もう一つだけ我儘。いいかな?」

「はい、なんでございましょう?」

「あのね──」

 悪戯の計画でも教える様に寧々が耳打ちすると、「仕方ありませんねぇ」と阿国は頷いた。


数分後。

「お待たせ、持ってきたよ」

「はい、ありがとうございます」

騒音を立てない様に一階へと降りた寧々が戻ってきた。寧々は二人分のコップと、グレープフルーツジュースが入ったボトルを持っている。このジュースは、少しお高めの物を寧々が自腹で購入した、寧々にとって特別な一品だった。

 寧々の『我儘』とは、このジュースをお供に阿国と二人で月見をすることである。それを阿国は「夜も遅いですから、一杯だけ」と了承した。

「では寧々様、コップをこちらに。僭越ながらこの出雲阿国、一つお酌をば♪」

「お酌って…お酒じゃないんだから」

「そこはご愛嬌の程を。本日の主演、アーンド、功労者たる寧々様を、私なりに労いたいのです」

「…じゃあお言葉に甘えようかな。お願い、阿国さん」

 はいはいっ!と楽しそうに答える阿国に、寧々が自分のコップを差し出す。グレープフルーツを使用したジュースが、透明なコップに注ぎ込まれ、程よい量になったところで止まる。

 寧々がお礼を伝え、コップを一度机に置く。

阿国が自分のコップにも、とボトルを持ち直すと、寧々が「あっ」と短く小さい声を上げた。

「寧々様?」

「あー…迷惑じゃなければだけど、わたしも、阿国さんにお酌していい?主演に─選んでもらえたのはわたしだけど、主役はみんなだったわけだし、阿国さんのことも労いたいの」

 頰を掻きながら申し出る寧々の提案を、予想していなかった阿国はぱちくりと瞬きをする。

「ショーをしてる時の阿国さん、すっごく素敵だったし。楽しいショーになったのは、阿国さんのおかげでもあるから」

付け加える寧々の言葉に、阿国は思わず顔を綻ばせた。

 「これは"お酒ではございませんよっ"寧々様?」

「お、阿国さんが先に言ったのに…」

 「申し訳ありません。嬉しくてつい。是非お願いしても?」そう言って機嫌良くコップを差し出す阿国に応え、寧々は溢れないよう慎重にジュースを注いだ。

「では寧々様」

 「…?」

 一瞬だけ目を閉じた阿国は、穏やかに寧々の名前を呼びながら、コップを手に持ち寧々の瞳を見る。

 そして、月夜に映える凛とした声色でこう伝えた。


「天馬司様、鳳えむ様、神代類様、ネネロボ様。そして」

 

ひと呼吸、大切な物を指でなぞる様に。

「我が召喚者、歌姫、草薙寧々様。ワンダーランズ×ショウタイムの皆様に」

 「…!」

寧々は阿国の意図を察する。役者の大先輩・頼りになる相棒として尊敬する阿国から『歌姫』と呼ばれたことに気恥ずかしいが、阿国に応えるためにコップを持つ。

 背筋を伸ばして、温もりのある声で"相棒"へと向き合う。

「それじゃあ、大好きな阿国さんと斬ザブロー、シャルルさんに高杉さん、ナーサリーに。あの今日のショーを見てくれたみんなに」


乾杯──。


同時にそう告げながら、二人は互いにお酌したジュースを飲み込んだ。

 …みんなに笑顔を届ける。囚われた仲間達、残ったレンとカイトを取り戻す。そして───音楽を取り返す。そのための戦いは、佳境に至るもまだ終わらない。

 ワンダーランドに集まる十名の戦いは続く、その最中で、更なる困難が待ち受けているのだろう。その先に、胸を裂く様な離別もあるのだろう。

 だけど今は、月の光に照らされる、二人の女優の間にあるのは──笑い合える喜びと、その幸福だけだった。

 「明日からもまた頑張ろうね、阿国さん」

「はいっ。寧々様!」

 武器は取らず、戦わず、しかして困難に挑み続ける。そんな誓いを胸に秘める二人の"友"は、限られた冒険の中で未来の話を楽しむ。

「明日はもう一回、ルカさんにおかえりって会いたいな」

「その後は、私と斬ザブローの自己紹介をさせてくださいまし!」

 温かいひと時は、緩やかな夜風と共に少しずつ過ぎていく。

流れていく雲の下、穏やかな乾杯を知るのは、月を見上げる二人だけ。


「それはそれとして、寝る前はもう一度歯磨きですよ?」

「はーい、阿国さん」


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