最終話
「少し、お話しませんか?」
ライダーの見慣れない現代着を不意打ちでくらい少々面食らってしまい言葉が出ない。何時もの明朗快活なライダーとは思えない程にしっとりとした声と窓から射し込む月の明かりに照らされた濡れそぼったような艶やかな黒髪に目を奪われる。
「…あ、ああ。少し待ってくれ、今お茶を用意するから」
「はい、縁側で待っていますね」
ライダー…牛若丸にそう伝えキッチンへと向かう。明らかに心臓の音が煩い、美作と話している時も大人しく何時もと様子が違うと思っていたが…
「あれは反則だろ…」
口元を抑えつつ顔の温度が上がるのを感じる、何時もは言い方が悪いが大型の犬がじゃれついてくるような感覚だったのだ、だが今夜の牛若はなんというか、こう、艶かしいというか色っぽいというか…
頭の中をぐるぐると考えが回っている間にお湯が沸く、慌ててお茶を入れ以前みんなで買いに行ったお煎餅を用意してお盆に急須と湯呑み、お煎餅を載せ縁側へと向かう。
そこには縁側に腰掛け、月を見上げている牛若がいた。
その後継の美しさに息を呑む、声をかけようと口を開くが声が出ない
「…主殿?どうしましたか?」
「あ、ああ。とりあえずお茶入れてきたぞ」
「ふふ、ありがとうございます。お茶請けは以前みんなで買いに行ったものですか、良いですね」
そう言ってライダーはお茶の入った湯呑みを手に取りお茶を飲む。その手は少し震えているようだった
「それで、話ってなんだ?」
「主殿は風情がありませんね、いきなり本題に入るだなんて…」
「仕方ないだろ、牛若。お前の体はもう…」
そう言って牛若丸の方を見る、普通の人ならば分からないが魔術師ならばすぐに分かる。牛若丸の体を恐ろしい程の呪いが蝕んでいる事に
「…仕方ありません、あれだけの呪詛を放つ怪物と戦ったのです。むしろこうやって話せるだけでも奇跡です」
そう言って自分の手を見る牛若丸、明らかに呪いにより力が衰えてしまっている、湯呑みを持つ時も少し手が震えてしまったほどだ。
「…あの時俺が捕まらなけりゃ」
「主殿のせいではありませんよ、責めないでください」
そう言ってコチラを向く牛若、その顔は少々怒っているようで
「それに、長くないとわかっているなら自分を責めるのではなく私の願いを叶えて欲しいです」
ぷくりと頬を膨らませこちらにピッタリくっついてくる牛若丸、髪からふわりと香りが広がりコチラを鼻腔をくすぐる。
「わ、わかった…何をすればいいんだ?」
「ふふ、言ったではありませんか。おしゃべり、しましょ?」
そう言っていたずらっぽく笑顔を浮かべる。
「わかったよ、どんな事話そうか」
「そうですね…なんでも良いですよ、主殿のお話なら何でも」
「ハハッ、じゃあ前に言った美作の家での事件でも話すか」
そうして月明かりの下、肩を触れ合わせながら取り留めのない話を二人でし続ける。幼い頃の失敗談で牛若丸伝説を聞いて真似しようとして夜の二条大橋に縦笛代わりのリコーダーを拭きながら橋の欄干に乗ろうとして落ちたことを話して牛若丸に「鍛え方が足りなかったのでしょうね」と少しズレたツッコミを受けたり、美作邸にて起きた小さい頃の大冒険の話をして「私もしてみたいです」と言い出したり、最近学校であったちょっとした事件を美作と二人で渋々解決することになった等本当にどうでもいい日常の話をする。
牛若丸はそれを面白そうに、時に泣き、時に笑いながら聞いていた。
ふと、もっとこんな時間が続けばいいなと隼人は言う。
その言葉に牛若丸も同意を示すように無言で肩に頭を載せる。そして互いに心地のいい無言の時間を過ごしながら空を見上げる、既に月は無く東の空が若干白んできていた。
「…もう少しで夜が明けるな」
「…そうですね」
「牛若丸…」
「…はい」
「牛若が俺のサーヴァントで本当に良かった」
「ふふ、当たり前です。私は天才ですので」
「…もし、聖杯を使ってお前を現世に留めておきたいって言ったらどうする?」
神永の問にライダー隼人キッパリと答えた。
「ありがたいお話ですが、断ると思います。私は死人の影法師、今を生きる貴方の重荷にはなりたくありません」
二人の別れは必定であると牛若丸の口から言われる、隼人はそれ聞いて少し押し黙ってしまった。そして再び口を開いた
「そうか…なぁ牛若」
「はい、なんでしょうか?」
「最後に俺の事…名前、名前で呼んでくれ」
「…ふふっ我儘ですね」
「良いだろ?お前のマスターだぜ?」
「そうですね、では隼人」
「おう」
「美作殿に迷惑をかけすぎないで下さい、困っていたなら二人で支えあって下さいね」
「わかってるよ、お母さんか牛若は」
「それと、身体に気をつけて下さい」
「ああ、わかった」
「それと…重荷にはなりたくないと言いましたが…私のこと、忘れないでくださいね」
「……ッ!わか…った」
「泣かないでくださいよ、もう涙を拭う事さえ出来ないんですから…」
「だ、大…丈夫だ…これくらい自分で出来る」
「それなら安心です!隼人、本当にありがとう」
「ッ!牛若!!!」
隼人が隣を見た瞬間、笑顔で涙を流し牛若丸の肉体のエーテルが解けて黄金の粒子となって虚空に消えてしまったいった。
隼人が手を伸ばすも届かず、空を切るのみ。
隼人は泣きながら拳を握りしめる。
「ッ…牛若丸───」
涙を流しながらも上を向く、空には既に太陽が登っていた。
「随分酷い顔ね」
「寝てないからな」
日が登り少ししてから美作がアタッシュケースを持って神永邸に訪れる。美作も美作で目の下には特大の隈ができていた。
「そっちも随分酷い顔だな…」
「土御門が管理していた霊地の譲渡と支配権の上書きで寝てなくてね、そっちは?」
「牛若丸と少し話しててな」
「そ、そういう割には凹んでないわね」
「約束でな、下手な姿をしてられないんだよ」
「へぇーオトコノコね、ま色々やることは山積みなんだから凹まれてても困るのよ」
そう言ってアタッシュケースから聖杯を取り出す、呪いで汚染された危険物だ。
「この聖杯は一族で管理、保管する事になったわ。如何せん呪いが強力すぎて扱いが難しいのよ」
「成程、こっちの方は俺の言った通りで良いんだな?」
「ええ、問題ないわ。出来れば私も連名で出してもいい?余計なちょっかい受けたくないのよね」
「問題ないぞ、変わりにお前が向こう行く時俺も連れてってくれ」
「わかったわ」
と、二人で聖杯の処遇や処置に関する話をし続ける。
「…聖杯戦争が終わっても日常は続くな」
「そうよ、止まってなんかいられないんだから」
「そうだな…!」
そして彼らは自分たちの今後の為に相談を続ける、空は晴天。彼らのことを陽が照らしていた──────。
かくして京の都で行われた聖杯戦争は幕を閉じる、今後彼らがどのような出来事に遭遇するかは未だ不明。
だが少なくとも聖杯戦争の経験が困難を超える力にはなるだろう……。