最悪の再会
湯浴みの時間。それは私にとって背中の焼印が無防備に晒され最も気を張り詰める時間だ。女ヶ島の皇帝となりゴルゴンの呪いという嘘を流布し万全の体制を敷ける様になった今でもそれは変わらない。むしろ仰々しい人払いを見る度に焼印の事を意識し、私は今日も陰鬱な気持ちで湯船に浸かるのだった。
一体いつまでこんな事を続けるのか、いつかあの忌まわしい過去を忘れられる日は来るのだろうか、そう考えていた時に
ガッシャァァァン!
背後から大きな音を立てて天井の一部と人影が落ちてきた。
「!!」
海軍か、他の海賊か、皇帝の座を狙う戦士か──いや、誰であろうと変わりは無い。背中を見られた以上は殺すのみ!私はタオルを巻き付け臨戦体勢をとった。
しかし向こうから聞こえてきたのは予想外の声だった。
「あー!おまえハンコックか!?そうか蛇姫様っておまえのことだったんだな!」
「え…」
かつて聞いた懐かしい声。奴隷だった頃に何度も脳内で反芻した声。聴き間違えるはずが無い、この声の主は──
「おれだよおれ!ルフィだ!ひっさしぶりだなァハンコック…ってここ風呂場か?悪りィ悪りィすぐ出るからよ」
「ルフィ……か久しぶりじゃな」
久しぶりに見たルフィは記憶よりも随分と逞しく、でも笑顔は昔のままで私は駆け寄りたい気持ちをぐっと堪える。
「おう!いきなりだけどよ、おれくまの奴にここまで飛ばされちまってな。送って欲しい場所が…」
「待て!」
ルフィの言葉を遮り私は祈るように問いかけた。
「……そなた今……わらわの背中を見たか……?」
どうか気付かないで欲しい。私の秘密を、汚れた過去を見ないで欲しい。しかしその問いに対する返答は残酷なものだった。
「ん?あーどっかで見たなァそのしるし。なんだっけな…」
「…………そう。なら──死んでもらうわ」
「ハンコック!?何言って…」
ルフィに色仕掛けが効かないであろう事は幼い頃のやり取りで想像が付く。ならば体術と覇気で圧倒する。一気にルフィと距離を詰め床に押し倒し首を押さえつける。ルフィも我に帰り防戦しようとするが敵意の有無や実践経験の差、何より覇気の有無にはなすすべも無い。このまま首を折ればルフィは絶命するだろう。
ルフィの命を奪う。ああ、それは──
できない。
「……っ、ぅ……ぅあ……!」
口から嗚咽が漏れる。理性では始末するべきだと分かっている。それでも私は大好きな人を、殺す事なんて出来ない……!
「そなたに…!あなたにだけは見られたく無かった!知られたく、なかった……!」
私から零れ落ちた涙がルフィの顔を濡らす中で、私は慟哭し続けた。