最後の救い

最後の救い

なんて本当に?

 ※Wifロー時空(話の都合上、🥗ローも腕は片腕)

 



「…殺すか?」

「大丈夫…」

「私もまだあなたを殺せる…」

「…いや、いい」

ドフラミンゴが去った後の鳥籠でいつもの問答を済ませる。

【女】の俺が現れてから幾度となく交わしてきた、正気を保っているかどうかの確認。

もし首を縦に振ったら殺す準備と覚悟は出来ている。

それでも最後の救いにすがらないのはこの地獄に一人置いていくことに耐えられないからだろう、お互いに。

世界が違っても俺は俺だ、思考回路は同じだろう。



【女】の俺が現れたのは《鬼ごっこ》の最中だった。

海楼石の枷を外され仮初の自由を与えられた上でドフラミンゴから逃げる…本当の意味で逃げられる訳ではないが。

時間もあやふやな中、俺が力尽きるまで追い詰める悪趣味な遊びだ。

でも付き合わないと俺のクルーの遺品が壊される…選択肢なんてもとからない。

あの日も同じだと思っていたが俺の前に【女】の俺と向こうのドフラミンゴが現れた。

一目見て珀鉛病の末期症状だとわかる、生きているのが不思議なほど。

そしてわかってしまう、あれは【女】だが俺だ。

体の入れ墨、ドフラミンゴになぶられた痕、流れてくる俺と同じ末路を辿る記憶。

前に笑いながら見せられた世界を渡るという《ヘルメス》でこちらの世界に来たんだろう。

折られていたはずの医者としての意識が湧く、あれは患者だ。

「ドフラミンゴ…ドフィ!あの俺は限界だ!俺に治療をさせてくれ!何でも…何でもする!」

少しでも媚びるために愛称で呼んでみっともなく土下座する。

いつもならこれで機嫌が良くなるはず…でも不機嫌な空気を感じて身が震えた。

「あぁ、構わねぇよロー。道具は向こうだ。運ぶのは使用人に手伝ってもらえ。俺は《あいつ》に用がある。」

「あぁ、俺もお前に用がある。」

二人のドフラミンゴが殺気をぶつけ合いながら外に飛び出していく。

いつものドフラミンゴなら治す対価に何かをしなければならないがそれを忘れるほどに《もう一人の自分》が許せなかったらしい。

一瞬、本当に逃げられると思わなかったと言えば嘘になる。

それでも俺を思い留まらせたのは患者の存在だった。

『医者は何があっても患者を見捨ててはならない』

遠い昔の記憶になってしまったフレバンスで教わった医者の矜持が頭に響く。

俺は断ち切るように外に背を向けた。

【女】の俺、患者を使用人に運んでもらう。

ドフラミンゴが示した方に手術ができるだけの部屋があった。

もう自分の周り程度にしか維持ができないROOMを展開して手術を開始する。

俺の足りない右腕の分は運んでもらった使用人にも手伝ってもらった。

ドフラミンゴの不興を買えば死んでしまう人、今まで以上に死なせなくないと思う。

守りたいもののために不必要なプライドを捨てる覚悟を固める。

俺に選択肢なんて存在しないのだから。



何時間たっただろう、時間を忘れて集中して手術を終わらせた。

「なんで…もうすぐ…おわれたのに…」

あぁ、そうだろう。手術の間も記憶は流れ続けてきた。自害も許されないなかやっと見つけた終わる方法。治したところで地獄が続くだけ。それでも。

「俺は…この病にもう何も奪われたくない…」

「そうだな、ロー。よくやった。」

背後から聞こえる声に思わず振り向く。

俺の世界のドフラミンゴだ、なぶられ続けたんだ些細な違いでわかってしまう。

全身返り血まみれで向こうの世界のドフラミンゴを殺してきたのは明らかだった。

もしかしたら、もしかしたら同じ俺であっても俺ではなかったらドフラミンゴは興味を示さず【女】の俺を解放してくれるかもしれない。

そんな希望はすぐに打ち砕かれた。

「喜べ、ロー。《妹》が増えるぞ。」

《妹》?ドフラミンゴは俺と《弟》と呼ぶことがある。それならば俺と同じ立場に、俺と同じようになぶるということなのか?

「あぁ、鳥籠も大きくしねぇとな。兄妹なら一緒がいいだろう?」

「待て、ドフィ、こいつは俺じゃない、関係ない女だ!」

「そんなことはない、向こうの俺が同じローだと。お前に治させるためにつれてきたとさ。」

…もう【女】の俺をドフラミンゴから解放することはできない、なら、ならせめて。

ゆるしてくれ。

「ドフィ、《妹》には何もしないでくれ…ください。本当に何でもするし、何をしても、遺品を…壊してもいいから。」

疲労で崩れ落ちそうになりながらなんとか土下座の姿勢をとる。

自分で言い出すこととはいえ、本当に壊されたら俺は泣き叫ぶことだろう。それでももう俺が出せる手札はこれしかなかった。

「…まって」

台上の【女】の俺が言葉を紡ぐ。

「…ドフィ…《にいさま》だけじゃなく、わたしもあいして…」

ドフラミンゴの《愛》はただの暴力だ。

「何をいってるんだ、そんな体で!」

珀鉛病が治ったとはいえ元々【女】の俺の体はボロボロでまだ後遺症もある。耐えられるとは思えなかった。

「…《にいさま》もおなじでしょ。」

あぁ、そうか。俺の記憶も見られていたのか。

「心配するな、二人とも《愛》してやるからな。」

ドフラミンゴが笑いながら俺たちを担ぎ上げる。

この日から地獄の隣人ができた。



ドフラミンゴは一人だが俺たちは二人。

必然的に一人にかける拷問の時間は短くなる。

肉体的には以前よりマシだろう。

しかし、精神的にはまいっているのを感じざるを得ない。

ドフラミンゴは拷問をするときに同じ部屋で悲鳴を聞かせることを好んだ。

【女】の俺がクルーを模した糸人形になぶられる様を直視しなければならない。

目をそらせばそれを理由に【女】の俺に対する拷問がひどくなる。

一歩間違えればあそこにいるのは俺なのだ。

目をそらすのは逃げていると感じた。

ドフラミンゴは【女】の俺には直接手を出さずクルーの糸人形に拷問させる。

あいつらが絶対に言わないような罵倒とともに。

【女】の俺が泣き叫ぶ様子を見て少しだけ安堵する自分が嫌だった。

夢でもあいつらに責められるのに、起きている時にまでされたら気が狂ってしまうかもしれない。

それでも一つ救いがあるとすれば【女】の俺が嫌でもなれてきてしまったのだろう。

前に比べてクルーの糸人形に恐怖を感じている様子がなくなってきている。

最初はクルーに責められているようだとクルーの名前を叫んで嫌がっていたのに今はそんな様子を見せない。

ただただ責め苦に対する苦痛に呻いている。


ほんの興味本意だった。

鳥籠のなかはひどく退屈で、拷問の時間に怯えていることから目をそらすように【女】の俺と話し合っていたから。

もし同じ責め苦を受けるときに心構えを身につけておこう、ただそう思ってしまった。

「なぁ、悪いんだが今日何を思ってた?」

「何?」

「あいつらの糸人形に責められて」

「あいつらって?」

【女】の俺は心底不思議そうに首をかしげた。

「別に使用人に責められるなんて直接ドフラミンゴに責められるあなたに比べたら…」

「待て、使用人?何をいってるんだ、お前を責めていたのは俺のクルーの人形じゃ…」

しまった、そう思ったときには遅かった。

少し考えればわかったはずだ、クルーの糸人形を使用人と思い込んで少しでも逃げられるようにしていることなんて。

「いや、ちがう、そうよ、あれは私のクルーたちで…私は、それを使用人?私はクルーすらわからなくなったの!?」

【女】の俺が目を見開いて絶叫する。

そのまま鳥籠の柵に頭をぶつけ続ける。

「やめろ!俺が悪かった、あれは使用人だ!」

「ちがう!あれは私のクルーだった!私は私は私は自分のクルーさえ!」

額から血を流しながら【女】の俺が振り向く。

「もう、わたし、むりだ、ころして」

やっと、やっと、言ってくれた。

俺の地獄に巻き込んでしまった。

唯一の終わりへの手段を断ち切ってしまった。

ドフラミンゴの《愛》は元々俺だけが受けるべきだったんだ。

自分で治した相手を殺す、歪んでいるが俺たちに残された最後の救い。

いや、本当は【女】の俺が責め苦を受けているのを見るのが耐えなれなくなったのかもしれない。

自分が責め苦を受けている方が遥かにマシだと思ってしまったから。

【女】の俺を安心させるように笑みを作りながら首に手を伸ばした。

「何をやってるんだ…?」

体の動きがとまる。

ゆっくりと振り返る。

「ドフラミンゴ…」

嘘だ、この部屋には俺たちのいる鳥籠しか、声だって漏れるはずが…

ドフラミンゴが壁を叩くと穴が開き、中から映像電伝虫が出てくる。

言われなくてもわかってしまう。

俺たちは、ずっと、監視されていた。

「死んで逃げるなんて許さねぇ、前にそういったよな?」

ドフラミンゴがゆっくりと鳥籠へ近付いてくる。

「ドフィ!俺がこいつを殺そうとしたんだ。仕置きは俺が受ける!」

「ちがう、ドフィ!私が殺してってお願いしたの。だからお仕置きは私が!」

「いや、仕置きは後だ。」

そういうとそれまで迸ってきた怒気を潜め、なぜか楽しそうな目付きになる。

「フッフッフッ、そんなに死にたいなら。」

懐から何かを取り出して俺たちの方へ投げ渡した。

【女】の俺がそれを手に取る。

鈍く輝きを放つ、ナイフだった。

「それで死んで見せろ。」

その言葉を聞いた瞬間、【女】の俺は喉元にそれを突き立てる。

なんの気まぐれかは知らないが気の変わらないうちに、ということだろう。

これで、【女】の俺は、この地獄から逃げられる…

異変を感じたのはすぐだった。

「なんでっ!なんでっ…!」

【女】の俺は狂ったように何度もナイフを喉元へ突き立てる。

それでもそのナイフは皮膚すら裂かずに肌の上を滑り落ちた。

骨と皮しかないような体だ、きっと力が足りないのだろう。

「落ち着け…俺も手伝う。」

片腕同士で手を添え会う、それでも血の一滴すら流れない。

殺す覚悟はとうにあった、それでも変わらない現状に焦りが生まれる。

…俺たちは、もうこんなにも、弱くなってしまったのか?

じゃあ、最後の救いなんて、はじめから。

「何を遊んでいるんだ?」

ドフラミンゴの楽しそうな声、もうこんなことすらできなくなってしまった様を嘲笑っているようだった。

「これでわかっただろ、もうお前たちは自分で死ぬことも相手を殺すこともできない。」

ナイフが取り上げられる。

抗おうという気持ちは起きなかった、言われた言葉が頭のなかで反響する。

俺たちはドフラミンゴから逃れることはできない。

「ひっ、…うあ、あぁっ…」

呻くように【女】の俺が涙を流す。

俺はそれに気遣う余裕もなかった。

「あぁ、泣くな。今日の仕置きはなしにしてやる。」

ドフラミンゴが涙を拭う。

「これまでもこれからも、兄妹は一緒が一番だ。」

呪いのような言葉を吐くとそのまま部屋から出ていく。

残された俺たちはただただ突きつけられた現状に絶望するしか出来なかった。




(フッフッフッ、玩具のナイフで死ねるわけがないだろう。死ぬだなんて許さない。お前たちは未来永劫、おれの《モノ》だ。)


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