最後の出会い

最後の出会い



「・・・・・・今の所順調だな」


ルフィたちはボン・クレーに助けられ、渡してくれた永久指針を頼りに次の島へと向かっていた。

天候は現在は晴れだが偉大なる航路の天候は何が起きてもおかしくない。一瞬の油断が自分だけでなく大切な家族の命を危険に晒すことに繋がる以上、警戒度は常に最大まで高めている。


「・・・おとうさん」


「ん?どうした、ミライ」


「・・・おかあさん、今までよりもずっと苦しそうだよ・・・大丈夫だよね・・・?」


部屋から出てきたミライの言葉に思わず息を呑む。

今まで気丈に振る舞っていたウタだが、ついに取り繕うことができなくなるほどに力を奪われてしまったようだ。


原因はあの日、天竜人に付けられた海楼石の手錠。

粗悪品か古びていたのかはわからないが間を繋ぐ鎖は破壊することができた。しかしその手に付けられた錠はルフィの実力では破壊することができなかった。


不安げな表情を見せている愛娘に心の内を察知されないように満面の笑みを浮かべ、頭を撫でて抱きしめる。


「わふっ」


「大丈夫だぞ!ミライ!!ウタ・・・母ちゃんはちょっと疲れてるだけなんだ!!だからそんな顔すんな!!母ちゃんも心配するぞ?」


「・・・・・・うん」


「父ちゃんは母ちゃんのそばにいてやれねェからな・・・ミライ、お前が母ちゃんのそばにいてやってくれ。それだけで母ちゃん嬉しいと思うぞ!!」


「・・・ん、わかった・・・おとうさんも無理しないでね?」


「おう!当たり前だ!!!」


もう一度強く抱きしめ、ミライをウタが横になっている船室へと戻っていく。

それを見送るルフィの目は笑っておらず、その心は自責の念に支配されていた。


「・・・・・・クソ・・・!おれがもっと強けりゃあんなの・・・おっさんたちなら壊せてんだろうなぁ・・・」


ウタを苦しめ、まだ小さなミライにもあんな辛そうな表情をさせてしまう自分の弱さが憎い。

あの手錠を壊そうと触れたからこそウタがどれだけ苦しんでいるのかがよくわかってしまう。それなのに不安げなミライにあんな言葉しか吐けない自分に腹が立つ。


そんな荒れ狂う内心とは裏腹に天候は憎たらしいほどに澄み渡っていた。

その澄み渡った空の元、ルフィは船を動かす。

またもや運に救われたのか永久指針が指し示す場所に辿り着くまで航海に支障が出るほどの嵐は起こらなかった。しかし、当然だがそんな奇跡はそう何度も起きない。


永久指針で辿り着いた無人島、そこがルフィたちの逃亡劇の最終地点となる。


ーーーーー


?????


「・・・・・・・・・」


船の上で男は行先を睨みつけていた。

士気は思ったよりは高く、船旅は順調だった。


「・・・・・・なんか変な気分だ」


そんな中、男は出航時から胸に走る妙な感覚に耐えられず部屋へと早足で戻っていく。

そこでは最も信頼している愛弟子たちが忙しそうに動き回っていた。


「おう、アイン」


「あ、先生。どうされましたか?」


「いや、少しお前らが気になってな・・・どうだ、何か問題はないか?」


「・・・そうですね・・・いえ、今のところは何も問題はありません。すこぶる順調です。このままいけばあと一週間も経たずに彼らの向かう島に辿り着くはずです」


「・・・・・・・・・・・・」


「先生?」


その言葉を聞いた時、その感覚が大きくなるのを感じた。

こんな案件に限って長年の勘とも言うべきものが騒いでいる。


「・・・・・・アイン、航路の変更を頼む」


「え?」


「どれだ・・・・・・・・・これだな」


記録指針とは別に船に持ち込んでいた永久指針の一つを取り出してアインに手渡す。

アインがゼファーと永久指針の二つに交互に視線をやり、困惑したような表情を浮かべる。


「先生・・・確かこの永久指針はあの島では買えないものでは・・・」


「おう、悪ィがここに行ってくれるか?責任は全部おれが取る」


やはり戸惑いは隠せないアインだったがそれでもゼファーのその願いに答える。

すぐさまアインは船に乗る海兵に指示を出し、航路の変更に移る。

他の船員もそれを聞き、当然困惑したような雰囲気だったがゼファーの指示だということを受け、微妙な表情を浮かべながらも行動を開始する。


「・・・・・・外れてくれりゃあいいんだがなァ・・・」


彼らを追うものとしてらしくない言動をしながらゼファーは部屋の椅子に深く腰掛ける。

あの戦いで失った右腕に触れ、ふとあの日の少年が誓った言葉を思い浮かべる。


『おれは何があってもあいつらを守る。ウタの父ちゃんたちとも約束したんだ!!何があってもおれがあいつらを守るって!!』


「・・・・・・おれが何があっても守ってやれって言わなきゃこんなことにはならなかったのか?・・・ねェな、あいつはそんなヤワな男じゃねェ。おれが何を言おうがあんなことになりゃあ全てを投げ捨ててでも守るだろうな・・・」


家族を持っていたものとしてその在り方が少し羨ましく感じる。

そんなことを思いながらゼファーはしばしの休息を取るのであった。


ーーーーー


「よっと・・・ウタ、歩けるか?」


「ん・・・ごめん、無理かも・・・」


「無理しなくていい、おれが背負う。ミライ、少し持ってもらっていいか?」


「わかった」


ボン・クレーから託された永久指針が指し示す島に辿り着いたルフィは船を隠し、ウタを背負い、島の中へと進んでいく。

見聞色を広げていくが範囲内にはボン・クレーの言う通り人の気配は感じ取れない。しかし油断はできない。こういう時に限って最悪の展開というものは訪れるものだ。


「とりあえずどっか休めそうなとこ探さねェとな。ミライは大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ、お父さん」


現在の状況はルフィの背にウタ、その手とミライの手にしばらく過ごせる程度の食料と水を抱え、お世辞にも道とは言えない道を進んでいるといった状況だ。

そんな中、ふとミライが進行方向とは違う方をじっと見つめる。


「ん?どうした、ミライ」


「・・・あっちの方に何かありそう」


「ホントか?・・・行ってみるか」


ミライの言葉を頼りに道なき道を進んでいくとなんと洞窟が見つかった。

人がいたような形跡や人の手が入ったような形跡は一切ないが妙に小綺麗な洞窟だった。


「おお!すげェなミライ!よくこんなのに気づいたな!!」


「えへへ・・・なんか空気がほんの少し変だと思ったんだ。合っててよかった・・・」


「・・・お手柄だね・・・・・・ミライ」


ルフィがミライを褒め、肩口から覗き込みウタもミライへと笑みを浮かべる。

ミライは照れくさそうな笑みを浮かべながら先頭で洞窟の中へ入っていく。

中は思ったより広く、しばらく過ごす分にはもってこいの洞窟だった。


「ウタ、降ろすぞ。ミライ、それ壁に置いてくれ」


「ここでいいの?」


背負っていたウタを壁を背もたれにして座らせる。

身体を傷つけないようにきちんと前回の島で買っておいたクッションは挟んである。


「大丈夫か?」


「・・・体・・・重い・・・」


「・・・そうだよな」


付けられた手錠を握る。瞬間、全身から力が抜けていく。

それを堪えて覇気を流そうとするがやはり上手くいかず、その手が離れる。


「悪ィ、ウタ・・・まだおれじゃ壊せねェ・・・」


「気にしないで・・・体が重たいだけだから・・・でも・・・・・・やっぱり足手纏いになっちゃうなぁ・・・」


「そんなこと気にすんな。足手纏いになんかならねェよ」


ウタのそばに膝をつき、力無く笑うウタの頬に手を当てる。

ミライはウタにくっつき、暖めるかのようにギュッとくっつく。


「・・・ふふっ、ありがと・・・二人とも・・・?どうしたの、ルフィ・・・顔怖いよ?」


「えっ・・・あ、ああなんでもねェ!・・・なあウタ、寝れそうか?」


「・・・・・・そばにいてくれる?」


「・・・おう!」


「じゃあ寝れそうかな・・・おやすみ、ルフィ・・・ミライ・・・」


「おう、おやすみ」


甘えるように手を伸ばすウタを軽く抱きしめる。もちろんミライと一緒に。

背に触れ、その髪に触れているうちに穏やかな寝息が聞こえてきた。

しばらくしてそっと二人から離れ、ぐっと身体を伸ばす。


脱出して以降、あまり身体を動かせていなかったが思いの外身体は動きそうだ。

一度視線を外し、洞窟の入り口を・・・その先に感じる敵の気配を睨みつける。

そしてもう一度ウタとミライ、二人を優しく見つめる。穏やかな寝顔で眠るウタの隣で精神的な限界が来たのかミライも眠っていた。


「・・・・・・ごめん、ウタ。そばにいてやれねェ」


そっと髪を梳き、笑みを落とす。

らしくないとはわかってはいる。けれどももう二度と会えないのかもしれないのなら悔いは残しておきたくない。

ウタとの約束を破ってしまうことを謝罪し、ルフィはウタとミライのそばを離れる。


この先の未来を生き残るために一人の漢は立ち上がった。


ーーーーー


洞窟を出る。暖かな陽射しがルフィを照らすがそれは目の前の光景によって全てが台無しになっていた。

外にはルフィが出てきた洞窟を囲むように数十人の海兵が立っていた。そのどれもが銃を携え、じっと狙いを定めていた。よく見ると見知った海兵も多い・・・いいや、そこに立つ全ての海兵はルフィの顔見知りであり、兄弟子、姉弟子と言える者であった。


「お前らがいるってことはせんせ・・・おっさんも来てるんだな・・・」


僅かながら海兵たちの顔が歪む。ルフィにはそれが少し嬉しく思えてしまった。こんなになってもまだ自分たちに情を向けてくれているのだと・・・


「・・・・・・ルフィ中将・・・いいえ、叛逆者“モンキー・D・ルフィ”。大人しく私たちと共に来なさい。そうすれば手荒な真似はしないわ」


「・・・姉ちゃん・・・・・・悪ィけどできねェよ。そんなことしたらあいつらはもう二度と救われねェ」


ルフィとウタが姉のように慕う女海兵、アイン。

ルフィたちが戦いたくない相手の一人だ。


「・・・・・・そうね・・・そうに決まってるわよね。そうじゃなきゃあなたらしくないものね」


何も変わっていないルフィに嬉しそうな悲しそうな笑顔を浮かべ、合図をするために右腕を上げる。それに反応し、銃の引き鉄に指がかかる。


ただの銃ならばルフィには効かない。むしろ反撃の道具にすることもできる。

だがそれは当然、アインたちもわかっているだろう。


恐らくあの銃に込められているのは能力者を捕えるための海楼石の網、もしくは貴重な海楼石の弾丸。

どちらにせよ当たればその時点で終わりだ。


アインの右腕が動く。それに対応するようにルフィが足に力を込める。

アインの右腕が振り下ろされる───


「待て、アイン」


「っ!」


その右腕はある男によって握られ振り下ろされることはなかった。


「ゼファー先生・・・」


「おう」


目を細めるアインを後ろに置き、ゼファーがルフィの前に出る。

ルフィは臨戦態勢を解かず、ただ油断なくゼファーを見つめる。


「意外と元気そうじゃねェか、ルフィ」


「・・・・・・おっさんもな」


「もう先生とは呼んでくれねェのか?」


「・・・おれにそんな資格はねェだろ」


その言葉にアインが思わず目を逸らす。ゼファーの表情はサングラスに遮られて見えない。


「呼び方に資格なんざいらねェよ・・・まあテメェの好きなように呼びゃあいい」


その言葉を聞いてもルフィの表情は変わらない。その眼差しはただただゼファーたちを油断なく見つめている・・・・・・明らかな敵意を持って。


「そんなこと話すために来たんじゃねェだろ?」


「・・・そんなこと・・・か・・・・・・ああ、まあそうだな・・・さっきアインも言ってただろうがもう一度言うぞ、ルフィ。大人しくおれたちと来い。そうすればお前にもお前の家族にも攻撃は加えねェ」


その言葉に嘘はない。このまま大人しく来るというのなら危険な目に遭わせるつもりはない・・・・・・あくまで“ゼファーたち”だが。


「・・・答えは変わんねェ。おれはお前らに着いていくつもりはねェ・・・お前らに着いてったらあのゴミに引き渡されるだけだろ」


「・・・・・・ああ、そうだ。天竜人の命によりおれたち海軍はテメェらを捕らえなきゃならねェ。テメェらがどこまで逃げようがおれたちはそこに行かなきゃならねェ」


感情を押し殺したような声音でゼファーは話す。周りにいるかつての仲間たちの空気も重い。この場にいる誰もがこんなことはしたくはないのだ。


それでも────


「お前らを天竜人が・・・この世界の神が求めている。ならばおれたちはそれに応えなくちゃならねェ」


この世界の神が命じたのだ。それに逆らうことはできない。

その心がどれだけ荒れようが、この世界の神の命令は絶対なのだ。


「・・・知ってるよ。じいちゃんにも仏のおっさんにも・・・おっさんにも何回も言われたからな・・・・・・でもそんなの納得いかねェ」


背中にかかっている『正義』のコートを握りしめる。

初めて将校になった日にガープ・・・ではなく元帥であるセンゴクから贈られたコート。


あの日、家族を守るために海兵である自分を捨てたはずなのに何故か未だにそのコートを脱ぎ捨てることができていなかった。着ている資格なんてもうないというのに・・・


「おれはウタとミライを守るために海兵になったんだ。あいつらを守れないおれはいらねェ・・・あいつらを守れない正義もいらねェ・・・」


「・・・ならば何故そのコートを捨てない。海軍の正義を捨てたお前にそのコートを着る資格はない」


ルフィの言葉に対してゼファーも言葉を紡ぐ。

何かを試すかのように・・・何かを期待するかのように・・・


「・・・・・・なんで捨てられなかったのかずっとわかんなかった。何回捨てようとしても捨てられなかったんだ・・・でも今、ようやくわかった」


ルフィの瞳に強い光が宿る。

その光を見て、サングラスの奥でゼファーが目を細める。


「おれが中途半端で自分の『正義』を見つけられてなかったからだ・・・・・・どこかでまだ・・・元通りになるんじゃねェかって・・・そう思ってたんだ・・・」


誰かが息を呑む音がした。

漏れたのはルフィの本音のようなもの。心の奥深くに隠れていてルフィ自身も気付けなかった淡い期待。


「けどそんなこと起きるわけがねェんだ。ここにおっさんたちが来てやっと気付けた、ありがとう」


ルフィらしからぬどこか達観したような言葉。


「でもやっとおれの『正義』が見つかった。この『正義』は何があっても折れねぇ」


「・・・・・・その『正義』とは?」


しかと前を見据え、この場にいる全ての者に宣言するかのように堂々と言い放つ。

それと同時にコートを脱ぎ捨てる。




「『奪わせない正義』」




あの日、大切な家族を奪われそうになったルフィが出した『正義』の答え。

何があろうとも、他の何を犠牲にしようとも家族を奪わせない・・・そんな『正義』。


ガープが聞けばどんな反応をするだろうか。

正義を見つけた孫の成長を喜ぶのかはたまたそんな正義を見つけてしまったことを嘆くのか。


恐らくはそのどちらでもないだろう。


「・・・それがお前の正義か・・・」


「ああ・・・失望したか?」


「いいや、何の文句もねェ・・・捕える前にお前の答えが聞けたことを嬉しく思うぜ」


これでルフィとゼファーの問答は終わり。これ以上の会話は無意味。


「構えなさい」


アインの指示で再び海兵たちが銃を構える。

瞬間────


「っ!!!?」


ルフィが覇王色の覇気を放つ。

アインは一瞬意識を失うが手にナイフを突き刺し、かろうじて意識を回復させる。

しかし、ルフィを囲んでいた海兵たちのおよそ9割は意識を失っていた。


「覇王・・・色・・・」


「やるじゃねェの・・・」


ニヤリと笑みを浮かべるゼファーだったが、その顔には一筋の汗が流れていた。


(覇気が強まってやがる・・・ただ逃げてたってわけじゃねェのか・・・?)


海兵時代と比べて遥かに洗練された覇王色の覇気。

前までのルフィなら持って行けても半分ほどだったはずだ。


「・・・・・・アイン、他の連中を連れて船に戻っておけ」


「なっ!?何故ですか!!先生!!!」


「今のを食らって耐えれた奴が何人いる?この場で戦いになれば巻き込まれるのは確実だ。周りを気にしてくれるほど今のあいつは甘くねェぞ」


唇を噛み締め、周囲を見渡す。

残っているのは本当に僅か。その残っている人間も意識が朦朧としており、まともに戦うことなどできないだろう。

こんなところで戦いになればよくて重傷、最悪死んでしまう可能性もある。


「しかし・・・!先生にだけ重荷を───」


「重荷になんかならねェさ。あいつが覚悟を示したんだ。じゃああいつの師であるおれが応えてやらねェとなァ・・・!」


ゼファーの顔に浮かんでいるのは笑み。

その笑みを見て、アインも説得を諦める。それと同時にこの二人の間に自分の居場所がないことを少し悔しく思う。

指示により気絶した海兵やかろうじて耐えた海兵たちが撤退していく。

それをルフィは黙って見送る。


「いいのか?放っておいても」


「おう、今はおっさんを倒すことだけに集中したいからな」


「言ってくれるじゃねェか」


拳を地面につけ、自身の血流を加速させる。

身体から蒸気が吹き出し、その身体能力を高める。


「ギア・・・2!!」


「さぁ・・・やろうか!!!」


鋭い踏み込みによって地面が抉れる。

ルフィの拳とバトルスマッシャーがぶつかり、大きな衝撃波を生み出す。


「ぐあっ・・・!」


吹き飛ばされたのはルフィ。バトルスマッシャーの特性・・・それは海楼石製であること。

ぶつかった箇所から力が奪われ、拮抗した力がルフィに浴びせられる。

態勢を立て直そうとするルフィだったが、目にも止まらぬ速さで右足を掴まれる。


「やべっ・・・!」


「おおおおおおおお!!!!」


次の瞬間、そのまま地面へと叩きつけられる。

地面が爆砕し、鋭い破片がルフィの身体を傷つけていく。

能力者でなければこの一撃で決着はついているほどの威力。


「さあ立て!!!モンキー・D・ルフィ!!!」




「テメェに最後の訓練をつけてやる!!!」




戦いはまだ始まったばかりだ。


Report Page