最後の一滴まで

最後の一滴まで


 新世界、カライバリ島。新たな四皇の一角、千両道化のバギーが本拠を構える地において。

「おいアニキ、これで菓子は全部なんだろうなァ……?」

「もちろんさ」

 革張りのソファに座った元七武海サー・クロコダイルは、自らの兄キャメルを前に青筋を立てていた。

 二人の間に置かれたテーブルの上にはこんもりと盛られた菓子の山。その向こうでソファに腰掛けた強面が困ったように笑っている。いつも咥えている飴の棒がないだけで印象が随分と変わるものだ。

 甘味をこよなく愛し旅を共にする駱駝に好物の名を与え野菜を義務と呼ぶ男に対してこの上ない仕打ちだろうが、クロコダイルも嫌がらせのためにこんなことをしているわけではない。

 かの兄は今年で50。そろそろこの甘味狂いに歯止めをかけねばと死を覚悟して暴挙に出た次第である。

「これから菓子は日割りで渡す。間違っても島で補給するんじゃねェぞ……」

「……わかったよ、クロ」

 朗らかに首肯する兄だが、すでに口寂しいのだろう、革手袋に覆われた指先が口元をやわく掻いている。それを横目にクロコダイルは砂にした右手で菓子を抱え上げて(そうでもしなければ一掴みにはできない量だった!)、この日のために特注した菓子用金庫にそれらをぶち込んだ。

「あァ、当然海軍の船に乗り込んで奪うのもナシだ」

「………………………わかっているとも」

 これはするつもりだったな、と長い沈黙と急激に落下した機嫌にため息を吐く。

 口ではどうとでも言うがすると決めたことはする兄だ、この忠告も無意味なことなのだろう。……それでも口を出してしまうのが弟という生物の性なのかもしれない。

 これは島の店に片端から手配書を送りつける必要があるかもしれないと腕組みをした、その時。

「ブエェ〜」

「おや。入っておいで!」

 扉の向こうから響いた鳴き声に兄が許可を出す。がちゃりと器用に扉を開けてのそのそ這入ってきたのはキャメルと共に航海してきた駱駝、キャラメル=ショコラだ。駱駝はのんびりと自らの飼い主の背後にまわり、ぼすりとその頭に顎を乗せた。

「どうしたんだいショコラ。カライバリの奴らに何かされたのかい?」

「ブエェ」

「違うのか。……何か欲しいものがある?」

「ブエ」

「そうか。でも今菓子はクロに没収されていてね」

「ブエエエエエ」

「あっこら、駄目だよショコラ!そこは駄目!」

 抗議の声を上げながら兄と揃いの瞳孔が黒のコートを物色する。鼻を突っ込まれたポケットが涎で湿っていくのをぼんやりと眺めていた。

 と、顔を上げた駱駝の口に咥えられたものにクロコダイルは目を見張る。サイケデリックな色彩に包まれた手のひら大の缶詰。その外装には覚えがあった。たしか南の海で評判の『世界で一番甘い菓子』とかいう代物だったはずである。

「ああもう、困った子だな」

 弟の視線に気づくことなくキャメルはぱきりと蓋を開け、どこからともなく取り出した小さなスプーンで中身を掬ってショコラへと差し出した。一個二個三個、次々に平らげる様は成程、兄のペットである。

「はい、おしまい」

「ブエ」

 空になった缶詰を見せられて、ようやく食欲は治まったらしい。蹄の音を響かせながら彼女は部屋を後にした。

 残されたのは甘ったるい匂いと缶の底に溜まったシロップを啜る男、そして静かに肩を震わせる男だけ。

「うん、やっぱりグラブジャムンはシロップまで美味しいね」

「……この」

「おや、クロも飲むかい?あと一つあったはずだよ」


「この、クソアニキ──!」


 どん。

 その時、確かに新世界の一角が揺れた。

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