最初のバージョン③

 最初のバージョン③

  でゅらはん

作品名「オルタナティブ・ワールド・コーリング 略してオワコン」


序章 少女は再び世界に立って


第伍話 仕様とは 悪用するもの されるもの


―――アタシが直々にアンタを叩き潰してやるさね!


零門の頭がその言葉を理解するよりも、老婆が足元の短剣(※売り物)で斬りかかるよりも、零門の身体は早く、速く、疾かった。即座に後方へと跳び退って老婆の一の太刀を躱し、続く二の太刀三の太刀もどうにか掠り傷に留める。


「毒! 毒! 毒状態ですのよ!」


真横で叫ぶライムの声、目の前にはなおも攻撃の手を緩めない老婆。四の太刀五の太刀を続けざまに躱したところでようやく零門の思考が追い付く。


「……っ!?」


あちらは現在猛攻中、こちらは無手かつ毒状態。圧倒的に不利な状況下で「回避」「反撃」「回復」その他諸々の選択肢が零門の頭の中をよぎる。現状とるべき策は……


迫る六の太刀を注視しつつ、風を帯びた右腕をかざす。


「吹き荒べ!」


放たれた風属性の魔法が両者の身体を吹き飛ばし、両者の距離を強引に開かせた。零門は着地先で半ば強引に体勢を整えつつ回復アイテムを取り出し解毒と回復に専念、対する老婆は軽やかに後方へと跳んで元居たカーペットの上へくるくると鮮やかな着地を決める。


「ほほう……仕切り直しを選択するとはなかなか侮れんさね」


「それはどうも」


再び攻勢を仕掛ける老婆。だが先ほどとは違い零門にも迎え撃つ準備はできている。両手に展開した短剣で老婆の攻撃を三振り弾き、二振り躱した返し刀で老婆の腹を蹴る。


「ぐっ!」


老婆は呻き声をあげながら、後方へと跳び退った。零門はさらに追撃を……選択せずにその場で踏みとどまる。直後、両者の間の空間が突然爆ぜた。


「爆弾!? 油断ならないなぁほんと!」


「ケケッ! そういうアンタもなかなかのやり手さね。さすがあの三人を一瞬で片づけてきただけはあるさね」


「はは、それはどうも!」


軽口と共に仕掛ける零門。飛び道具を警戒しつつ老婆の懐へと瞬く間に潜り込み、スキルを発動させんとする。だが……


「うわっ!?」


老婆が足元のカーペットを引っ張り上げる。それに足を捕らわれるような形で零門は地面に後頭部を打ちつけた。ダメージは微量、だが視界の急転はプレイヤーである柚葉に数値以上の影響を与える。


「くっ!」


零門の首を落とさんと老婆が大剣を振り上げる。零門は即座に真横に転がり斬撃を回避。強引に飛び起き、牽制の斬撃を加えながら距離をとった。視界急転の影響か、足元が少々おぼつかない。


「おやおや、惜しかったさね~。もう少しで真っ二つにしてやれたのに」


老婆は振り下ろした大剣を片手で軽々と持ち上げ、地面に垂直に突き刺した。もう片方の手に握ったカーペットをヒラヒラと揺らしながら零門を挑発する。


「足元注意さね~」


「中々セコい真似しちゃって……!」


「ケケッ! こちとら数多の修羅場を潜り抜け、この街の裏社会の頂点に立った商人さね! 必要に迫られればいくらでも切れる手札があるさね!」


老婆はバサリとカーペットを振り上げこう言った。



「露天商の本気の戦い方ってのを見せてやるさね!」



(露天商の本気の戦い方……?)


謎のワードに混乱する零門をよそに老婆はカーペットを華麗に振り回し始めた。


飛び道具や魔法攻撃に対する防御。鞭のような攻撃。カーペットの模様を利用した幻惑スキル……零門の頭の中に様々な仮説が去来する。相手の出方を窺い、様子見の選択を取った零門。直後、彼女の顔面ど真ん中を狙うかのようにナイフが飛来!


「なっ……!?」


慌てて回避する零門。ナイフは彼女の頬を掠め、後方の地面へと突き刺さった。その様を横目に見つつ、彼女の脳裏をかすめたのは「ブラフ」の三文字。振り回すカーペットはただの囮で本命は投げナイフという説だ。


だがこれには一つ大きな問題点がある。割に合わないのだ。わざわざカーペットを振り回すような大掛かりな仕掛けで本命が投げナイフ。明らかにつり合いがとれていない。だとしたら投げナイフで終わらない何かがある。そう、例えば……


今まさに零門の目の前に迫らんとする無数の武器群のような隠し玉が。


「っ!?」


即興の土属性魔法で壁を作り何とか武器群の大半を防ぐ……が、防ぎきれなかった武器群が零門に突き刺さり、彼女に少なくないダメージを負わせた。


「ライム、アイテム図鑑をお願い! 検索ワードは『商人』『カーペット』」


「承知ですのよ! ローディンローディン……検索完了ですのよ!」


零門の目の前に出現するいくつかのウィンドウ。その中から目当ての情報が表示されたものを選択する。


―――――

『露天商のカーペット』

商人用アイテムボックスと並んで露天商必須のアイテム。

装備した商人用アイテムボックスから所持アイテムを好きなだけ即座に出し入れできる。

―――――


「ライム、ありがと。危ないから下がってて」


「了解ですのよ! ご武運お祈りいたしますのよ!」


岩の壁から顔を出し老婆の様子を窺う。対象が壁に身を隠したからか、謎のカーペットの舞も謎の武器射出も一旦休憩のようだ。零門は岩壁の横から相手の出方と謎の攻撃の正体を探る。


(グラの使いまわしでもない限りは同一のアイテムで間違いない。あれは『露天商のカーペット』……)


『露天商のカーペット』には「大量の武器やアイテムを射出する」という効果は存在しない。あるのは「アイテムを好きなだけ即座に出し入れできる」という効果のみ……


(……まさか!?)


「アイテムを好きなだけ即座に出し入れできる」……零門の頭の中で一つの仮説が組みあがっていく。


「もういいかい? バレバレのかくれんぼも終わりさね!」


「まーだだ……よっ!」


突然壁が炸裂する。老婆は密かに壁の付近に爆弾系のアイテムを撒いていたのだ。


零門はその数瞬前に後ろへ跳んでいたため大ダメージはどうにか回避できた。先ほど向こうを覗いた際に壁の麓の違和感に気付けなければこの一撃で零門は終わっていただろう。


しかし老婆は彼女に息を就かせる暇も与えない。ナイフ、ダガー、ハンマー、こん棒、トマホークetc……無数の武器が次々と零門へと襲い掛かる。その武器群を避けたり弾いたりしながら、零門は注意深く老婆の動きを観察した。


零門が立てた一つの仮説……その仮説が正解であることは老婆の動きや迫る無数の武器やアイテムが物語っていた。


「いや、ちょ、それは……!」



「それ(仕様の悪用)はプレイヤーの戦い方でしょ!」



仕様とは悪用するものであり、悪用されるものである。それは多くのプレイヤーが実行してきたこと。ゲーム史のみならず様々な場面で人はルールの穴を突いたような裏技で悪事を働く。しかし今それを実行しているのは「人」ではない。「人」を模した「プログラム」である


この老婆、カーペットの仕様を悪用して出現した武器やアイテムを手で投げ、足で蹴り、カーペットで打ち、片っ端から零門に向けて射出していたのだ!


「いやいやいや! この物量は無理! 無理! 無理ぃぃぃ!」


「おやおや? もう音を上げるさね? 若造!」


「商人として売り物を投げまくるのはどうかと思いますけど!?」


「あなたの死体から身包みひっぺがえせばお釣りが返ってくるさね!」


狭い裏路地で物量攻撃を捌くのは困難極まる。一本一本、一個一個の脅威はさほどでなくてもこの物量こそが脅威なのだ!

左右で避けるには狭く、前後で避けるにはスピードが足りず、上下で避けるのは格好の的! 両手の短剣と魔法で捌くしかない!


「どうさね? あんた、あたしを舐めてたさね?」


「くっ……!」


(はいそうです! 舐めてました! 久々の割に動けてるじゃんって油断してましたとも!でもそっちだっておかしいよね!? 私は3年振りの上にまだログインしてまだ1時間も経ってないのに……!)


「さあ、さっさと諦めて屍を晒すさね!」


老婆がカーペットから取り出したのは爆弾。それを複数。これによって零門の周囲一帯を丸ごと吹き飛ばす算段だ。


(このままじゃ負ける!リトライできればいいけど、最悪の場合一からクエストやり直し。約束の時間に間に合わない!)


「あ~~~もう!だけは使いたくなかったのに!」


零門は意を決した。右肩の骸の意匠に手をかけスキルの名前を叫ぶ。


「『アンリ――――――!」


直後、老婆が投げた複数の爆弾は連鎖的に爆発し辺りを焼き尽くした。


裏路地全体に立ち込める爆煙と砂埃……だがまるで爆弾の爆発など無かったかのように無傷の場所があった。


そこは零門が立っていた場所。老婆は獲物を仕留め損なったことを悟った。


「な、何が起こったさね……!?」


「さっきさ、私を斃した後にその死体から剥ぎ取ればいいって言ってたじゃん? ごめん。それ無理なんだ」


裏路地に突風が吹き渡り、爆煙と砂埃を吹き流していく。


老婆が見たモノは片側にだけ翼を生やした半魔の少女。


「死んだ程度で解ける呪いだったらどれほどよかったことか」




第陸話 片翼と 爪を携え 闇を舞う



「なに……これぇ……」


それは習得スキルのリストを確認した時のこと。数百個は下らない習得スキルの中でも、それは明らかに異質な存在感を放っているように零門には思えた。


封魔開放【極眼】

封魔開放【片翼】

封魔開放【雷爪】

封魔開放【蛇尾】

封魔開放【焰脚】


それは共通の名前を持つ5つのスキル。スキルポイント割り振りや秘伝書で習得する通常のスキルとは違い、装備そのものに付与された特別なスキル。

怖いもの見たさで説明文を覗くと「強力な魔物の力が封じられている」や「封印された真の力を解き放つ」といったなんとも香ばしい雰囲気が漂っていたので彼女は見て見ぬふりに徹しようとした。忘れようとしていたのだが……


人間というのは忘れたいことに限って容易に忘れられないものである。そして忘れたと思っていても何かの拍子に思い出してしまう時がある。忘却とは記憶の死ではなくて記憶の眠りなのかもしれない。そう、ふとしたきっかけで目覚めてしまうような……


~~~~~


使おうと決心したその瞬間から体は自然と動き出していた。それはシステムの誘導によるものか、それとも体や心に刻まれたものなのか。


右肩の骸に指を掛け、そのスキルの名を口にする。


「『|封魔解放《アンリーシュ》』!」


骸が軋みひび割れていく。内側から力が沸き立つような感覚が零門の身体中を駆け巡る。


「【|片翼《エグリゴリ》】!」


外れた枷が塵となって消えていく。体に巻き付いていた三つに裂かれた翼が解かれ、まるで逆再生されたかのように一つの翼へと姿を取り戻す。片側に生えた漆黒の翼。それは他の光を喰らわんとする漆黒の光を帯びている。なお、身体に巻き付いた翼が解かれたせいで零門の身体を隠すものは必要最低限の意匠しか残されていない。外気に触れた地肌の感覚が否が応にも零門にそれを知覚させた。


「~~~ッ!」


(頑張れ私! 今は恥ずかしがってる場合じゃない! そもそも相手はNPC!)


 生じたばかりの片翼を盾に爆風へ備える。黒い光を帯びた片翼の盾は迫る爆風から私を守り切った。



「さっきさ、私を斃した後にその死体から剥ぎ取ればいいって言ってたじゃん? ごめん。それ無理なんだ」


片翼によって爆煙と砂埃を吹き払い、驚愕した様子の老婆に向かって零門は不敵に言い放った。


「死んだ程度で解ける呪いだったらどれほどよかったことか」


その顔色はどこか赤が混じった紫寄りで、その声音はどこか震えているようで……


――――――――――


封魔解放(読み:アンリーシュ)【片翼】(読み:エグリゴリ)

エグリゴリ・ケージの真の力を開放したスキル。


右肩から黒い翼が発生する。翼は攻撃や防御に使用可能。


発動中は毎秒1ずつHPとMPを消費していく。

発動中はMATに大幅なプラス補正が掛かる。

発動中は撃破した敵の数や質に応じてHPやMPを回復する。


解除後、3時間にわたって全ステータスが初期値と同等になる。


・オプションスキル

「堕せ 片翼」:HPとMPを一定の割合で消費することによって、片翼が黒い光を帯びて攻撃力及び、攻撃範囲を強化。最大5段階まで強化可能。(強化を重ねる度に要求されるHPとMPの量が増えていく)

――――――――――


じわじわと減っていくHP。三年超のブランク。著しく偏った重心。一対一の戦い。裏路地の狭さ。

はっきり言ってこの状況が片翼のスペックをフルに引き出せる状況であるかというと「ノー!」であるのは疑いようがない。


(それでもこの状況をひっくり返せる力がこの片翼には秘められている。そうでもしなきゃ恥を捨てて解放した意味がない!)


「さあ、今度はこっちのターン!」


回復用のクリスタルを握り潰し、老婆への突撃を敢行。当然老婆は大量の武器アイテム群を射出する。


「堕せ! 片翼!」


片翼が一際禍々しい光を帯びて迫りくる武器やアイテムを叩き落とす!


代償はHPとMP。本来であれば倒したモンスターからHPとMPを吸収し釣り合いをとる運用だが、生憎今この場にいるのは零門と老婆のみ。足りないコストは回復アイテムでカバーする。


零門が地を這うように老婆の懐へと迫る。瞬く間に至近距離まで詰めより、短剣が老婆の喉を切り裂かんとする!


「年貢の納め時だよ!」


「ぐっ……!」


ここで老婆がまたもや予想外の行動をとった。あっさりとカーペットを手放し、零門に向かって投げつけたのだ!


「あぶっ!?」


零門は急いで顔からカーペットを振り払う。視線の先に見たのはまたもカーペットを構えた老婆。


「商人たるもの備えの一つや二つ準備しておくものさね」


予備のカーペットだ!


「でしょうね! それじゃこれはお返しします!」


零門は手に持ったカーペットに火を灯し老婆へと投げ返す。老婆がそれを迎撃してる隙にこっそりスキルを発動。


「どこに消えたさね!?」


「う・し・ろ」


「何っ!?」


スキルによる無音かつ高速の移動によって蛇のように相手の背後に回り込む。


「そっちが商人なら私はアサシンなの。無音移動も高速移動もお手のもの!」


老婆の外套の裾を掴み火属性魔法を灯す。


「火傷にお気を付けを!」


「ぐっ……!?」


老婆は即座に燃え上がる外套を脱ぎ捨てる。その背中には四角い箱。商人用の携帯可能アイテムボックスだ!

あれを背負ってる限り、老婆のカーペット戦法は止められないだろう。


(時間かければ現状でもどうにか出来そうだけど……時間ないんだよねぇ……ここは……)


「仕方ない……もう一つ! 見せてあげる!」


腕に巻かれた包帯。それは痛いファッションにあらず! これはれっきとした腕防具! そして例によって呪われ済みのいわく付き! 両腕の包帯を解けば……


「封魔解放【雷爪】(読み:ライジュウ)』!」


包帯から解き放たれた手が一回りも二回りも巨大化し指先から雷を纏った鋭い爪が生える。例によってコストはHPとMP。それは零門にとっても背水の陣を意味する!


「まだあるのさね!?」


「まだまだあるよ。でもこれで終わらせる!」


両サイドの壁すらも足場、いや腕場にして裏路地を縦横無尽に跳び回る。老婆は迎撃しようにも縦横無尽に跳び回る零門を捉えられない。


あくまで老婆の戦法はこの狭い通路を利用した物量による制圧。避ける場所が極端に少ないからこそ効果を発揮するのであって、今の零門のように縦方向でも自在に動けるのであれば恐れるに足りないのだ!


老婆は無闇に武器を乱射するのを止めてカーペットを左腕に持ち右手をその中に突っ込んだ独特の構えをとった。


まるでそれはカーペットを鞘に見立てた居合の様。


「キエエエェェェイ!!!」


空中から突撃する零門に対し、奇声と共に老婆が短剣を振り抜いた。迫りくる相手の首を一閃するまさにベストのタイミングの居合い。ただし零門がそのまま突っ込んでいればの話だが。


片翼を壁に突き刺し強引に空中で静止する零門の鼻先スレスレを老婆の短剣は掠めていった。


「チェックメイト」


零門は老婆の顔を鷲掴みにし、そのまま力任せに真上へ放り投げる。老婆は空中でカーペットからアイテムを呼び出そうと……


「残念~。盗賊出のアサシンなもので!」


彼女の片手に握られているのは老婆のアイテムボックス。盗賊の強奪スキルで強引に奪ったのだ。これでカーペット戦法は封じられた!


「ぐっ!? っまだ……」


老婆は懐から杖を取り出し魔法を唱える。杖先から生じるのは巨大な火球。


「轟け雷爪」


アイテムボックスを脇に捨て、HPとMPをコストに雷爪の力をさらに開放する。効果は「雷属性の魔法及びスキルの強化」!


老婆は杖を大地に向け、火属性の上級魔法を唱える。

「ヴォルケーノオーブ!」



零門は右腕を空へとかざし、雷属性の魔法を放つ。

「閃け!」


片や、空から下る獄炎。その紅球は大地を燃やし尽くさんと熱を滾らせる。

片や、地から上る轟雷。その紫電は大空を貫かんと眩い光を迸らせる。


両者が魔法を放つ。二つが衝突し、相殺し、消え去った時……


先ほどよりもさらに大きな雷光を纏う左腕を空へとかざした零門がそこに立っていた。


「言ったでしょ? チェックメイトってさあ!」


「ぐっ! もはやこれまで……さね!」


地を裂くような轟音と共に放たれた紫電が空を割り、老婆を討った。


「少々荒いのはご愛敬ってことで」


気絶状態で落ちてきた老婆を受け止め零門はそう語りかけるのだった。




第漆話 皮被り 人に見られし 喜びは



「いや~、まいったさね。零門様はとてもお強いさね~!」


戦闘を終え、気絶状態から何事もなかったかのように立ち上がった老婆の一言目がコレである。


「そうですのよ! 零門様はとてもお強いですのよ!」


老婆の言葉を受け、零門が言葉を返すよりも先にライムが発した一言目がコレである。


「なんでアンタ達までここにいるの……?」


零門が視線を向けたのは、揉み手する老婆の背後で畏まったかのように正座する男三人組。


「さすが零門様だぜェ! ここらでも最強のお方だァ!」

「ヒャッハァー! 零門様サイコー!」

「さすが零門様だぜェ! ここらでも最強のお方だァ!」


そこにいたのは『剛腕のゴンザレス』『猛毒のジョニー』『業火のオスカー』。定型通りの誉め言葉を零門へと浴びせかける。


困惑する零門を余所に、老婆は前に進み出て揉み手をしながら媚びへつらった。


「零門様こそこの街の裏社会のトップに相応しいお方さね。このアタシが太鼓判を押しますさね~」


「や、やめて気持ち悪い……さっきまでの調子で話せない……?」


「「「零門様、バンザ~イ! バンザ~イ!」」」


「だからやめて男三人組! 恥ずかしいからっ!」


「零門様、バンザ~イ! ですのよ!」


「ライムも混じらないで!」


嬉しさどころか恥ずかしさしか感じない称賛の嵐に零門が辟易する中、ライムがフワフワと飛び寄る。その手にはクラッカーのようなものが握られていた。


「ぱんぱかぱーん! クエスト『裏社会を駆け上がれ』クリア! ですのよ!」


ライムはクラッカーを鳴らしつつ賞賛した。それと共に現れたのはクエストリザルトのウィンドウ……


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クエスト:裏社会を駆けあがれ

評価:SS

報酬:なし

特典

・裏社会の首領【ネヴァーエンド】

ネヴァーエンドの裏路地で荒くれ者達とのエンカウントがなくなる

ネヴァーエンドの露店のメニューが全て解放される

『裏社会の首領』を取得してない町の裏路地で荒くれ者達とエンカウントしやすくなる

一部特殊イベントの解放

etc……


・リンゲージ成立

兇手ライアイ

剛腕のゴンザレス

猛毒のジョニー

業火のオスカー

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「「「「「零門様、バンザ~イ!」」」」」


「だからやめてって!」


~~~


「それじゃ、早速買い物をさせてもらうね」


「どうぞどうぞ~! どんな商品でも好きにお選びくださいさね」


何せ、零門はこのためにわざわざ町中の裏路地を駆け回り走り回り暴れ回る羽目になったのだ。


「とりあえず、偽装外皮(読み:フェイクスキン)を買わせてちょうだい」


「偽装外皮のみならず、零門様のお眼鏡に叶う物はたくさん用意してますさね。例えばこの衣装なんかどうさね? 鎧の上からでも纏える優れもの! 今なら熊皮から蝙蝠皮まで取り揃えてるさね!」


そう言いながら老婆改めライアイはカーペットから外套やマント等々を取り出し始める。どうやらどれもこの装備の上から纏えるタイプのアクセサリーのようだ。


「いいじゃんいいじゃん! 全部買わせてもらうから!」


~~~~~~~~~~


「おお、凄い! ちゃんと人の姿に見える! 見えてるよね?」


「見えてますのよ! 零門様!」


零門が立つのはログインしたばかりの彼女を地獄に叩き落とした姿見の前。偽造外皮【人】(読み:ヒューマン)を装備し、『|羆の衣装』(読み:ゆうひのいしょう)(雄々しい名前に反して熊耳付きのかわいいポンチョ)を羽織った状態の零門は、見た感じちゃんとした「人」だ。半魔特有の青い肌も、全身に刻まれたタトゥーも、頭に生えた不揃いの角も、際どい装備類も見事に隠されている。


「よし、これでやっていける! やるぞー!」


「オーですのよ!」


(再開当初はどうなるかってやきもきしたけど、時間内にどうにかなってよかったぁ……!)


大通りのど真ん中で空を仰ぎ感慨に耽る。


「ほんと、一時間超の間に色々あったなぁ……」


「色々ありましたのよ……」


まるで半日程度でクリアできるタイプのRPGのエンディングに到達したかのような達成感。久しぶりにログインしたら黒歴史の塊を突き付けられ、街を歩けば謂れのない罵倒の数々。裏路地を駆け回ってはならず者達を打倒し、挙句の果てに店主さえもその手に掛けるとは……


零門の脳裏に浮かぶのは、次々と襲い掛かる様々な苦難やそれに立ち向かう己の姿。


―――いいね。それじゃ火力勝負といこう!


……


―――さあ、今度はこっちのターン!


…………


―――う・し・ろ

―――そっちが商人なら私はアサシンなの

―――火傷にお気を付けを!

―――チェックメイト(ドヤ顔)

―――残念~。盗賊出のアサシンなもので!

―――言ったでしょ? チェックメイトってさあ!


―――少々荒いのはご愛敬ってことで♡



―――死んだ程度で解ける呪いだったらどれほどよかったことか



………………


「あ~……あ……ぁ…………ごめん、ちょっと一旦席外すね」


「零門様?」


「大丈夫……すぐ戻ってくる。すぐ戻ってくるからぁ……」


~~~~~~~~~~


「くぁ……かふっ……っ! た、耐えろ……耐えなきゃダメ……! うっんん……!」


柚葉は洗面所前でうずくまっている。お腹の底から湧いてくる己自身への羞恥の波に、耳まで真っ赤にしながら必死に耐えていた。


「いや、ほんと……ほんとマジでないからぁ……もう大学生だよ……大学生なんだよ私ぃ……はぁぁぁ……」


~~~~~~~~~~


「ただいま……ライム……」


「零門様? 大丈夫ですのよ?」


「ダイジョウブダイジョウブ……フゥー……さあて、気を取り直して……」


深呼吸でどうにか心を落ち着かせる。何はともあれ、ここから再び零門の冒険が始まるのだ!


「さあ、行くよ! ライム!」


「はい! ですのよ!」



待ち合わせの時間まであと少し、場所は『立志の噴水広場』。

そこを目指して零門は駆けだした。




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