最初で最後のケンカ
「ウタウタ流・"粗砕"!!!!」
「がっ‥‥はっ……!!!!」
歯車の如く高速回転するカカト落とし、激烈なる一撃がシュガーの脳天に──シュガーの精神体に、直撃した。
ウタの姿はオモチャにされる前の9歳、そもそも本来のウタであっても、空中を縦横無尽に駆け抜け、
22歳の妖艶な女性な姿をしているシュガーに一撃与えるなど、不可能だ。
だがここはウタワールド。空想を空想のままに具現化するウタの理想世界。
女好きコックのように強烈な蹴りを浴びせ、大太刀のように場違いな刀を振るって斬撃を飛ばし、果ては腕をゴムのように伸ばすことですら、造作もない。
むしろ、対抗しようとすればするほど「私は最強」と言わんばかりに理不尽な姿を見せつけられる。
(まるで、子供のごっこ遊びじゃない‥‥)
死にそうなほどに痛く揺れる脳髄の感覚ですらも、彼女の手の裡。
"オモチャ"にされることの屈辱とは、こういうことなのか。
こんなことを、ずっと続けていた。
『お前はずっとオモチャで遊んでいるだけでいい。それがファミリーのためになる』
ずっとずっと、"ファミリー"と嘯き子供扱いすることを、彼は止めなかった。
もはやシュガーに心を立ち上がらせる‥‥ウタワールド内で立ち上がるだけの、強さはなかった。
壊れた人形のように、手足を放り出して倒れる。
「諦めた?」
「さすがに敵わないわよ‥‥反則じゃない、ウタ。何でもかんでもやりたい放題さいきょー、なんて」
「触ったら一撃必殺のシュガーに言われたくないなー」
「じゃあ、お互い一勝一敗ってことで」
「ダメ、認めない。私の一勝」
「ちょっと、触ったら一撃必殺なんだから私の‥‥!!」
「"親の命令"でやった喧嘩なんて、私は認めない。だから、これが最初で最後の喧嘩。だから私の勝ち!」
ウタは「許す」とは言わなかった。
そうすると、言葉にできないナニカが壊れるような気がしたから。
「あは、あはははははは!!そっか!!そっかそっか!!」
シュガーは子供のように笑い──自分を、嘲笑った。
無為な12年を過ごしていたのは、自分だけではなかった。
だからこそ──。
「でも、一つだけ言わせて。今度"戦う"ときは、今日みたいなのはダメ。あなたの戦い方、現実的すぎるもの」
「私が実際に見た、最強のイメージだよ?」
「だからダメなの。ここは心を自由にできる場所なんでしょ?だったら、もっともっとファンシーにならなきゃ。私を大人にして、あなたが子供になったみたいに‥‥そういう方向でいかなきゃ」
「私の──オモチャの能力みたいにね」
だからこそ──前を向きたかった。
これからも海賊の道をゆくであろうウタのために、能力者のセンパイとして、できることをしてあげたかった。
「‥‥わかった、覚えておく」
「バイバイ、シュガー」
シュガーの霞む視界に、背を向けて走り出すウタが映る。
行先はわからない、ここが現実なのかどうかすらも。
ただ確実にわかっていることは、ドンキホーテ・ドフラミンゴを打倒するために戦う、ということだけだ。
「さよなら、ウタ」
「わたしの、はじめてのともだち」
fin.