書は語れども

書は語れども




 アタシが浦原さんの知り合いらしいよく見た目の変わる変な顔の人に定期検査やらなんやらという名目で呼び出されて尸魂界に行ったとき、オカンが隊長に復帰した五番隊は大掃除とやらで大変に慌ただしかった。

 けっして一人では十二番隊に行くなとオカンとついでに石田にも厳命されているアタシはなんもすることがなく、いるんだかいらないんだかわからない物と一緒に応接室らしき部屋で待たされている。


 桃さん貸してとオカンに言ったけど「桃おらんかったら片付くもんも片付かんわ」とすげなく断られたので、残念ながらアタシはひとりぼっちだ。

 オカンは存分に桃さんに尻を蹴られて早く片付けを終わらせて欲しい。尸魂界は電波もなくて暇なので。


 お茶と茶菓子は出してもらったけれど、なんとなくアタシの出自を察しているのか、それとも単純に上司の娘というのは接しづらいのか……それとも単純にアタシに構ってられないほど掃除に難儀してるのか。

 方々動き回る気配に「これ正解は3やな」と思いつつ飲み終わった茶を置いて、暇に飽かして部屋を物色することにした。


 置かれているものは習字のなんやらや本が多い。そういえば前に五番隊では書道を教えていたという話を聞いたことがある。それ関係の紙の類を本と一緒にまとめてあるのかもしれない。

 先生として教えていたのはきっと前の隊長、つまりはオカンにフラれて粘着していたアレが教鞭をとっていたんだろう。それでこんな大掃除をする羽目になっているというわけだ。


 あんなんでも人の役に立つ特技の一つや二つあるもんなんやなと謎の関心をしながら物色を続けていると、厚さも古さも色々ある本の中になにも書いていない古ぼけた和綴じの本を見つけた。

 なにか紛れ込んだのかと裏を見て「藍染惣右介」の名前に目を見開く。どうやら日記か何からしいそれは、他の本が収まっていた本棚にあって一緒くたに運ばれてきたらしかった。

 大罪人の書いたものをそこら辺に転がしといていいもんかと思ったけど、中身を改められてなんの価値もないと判断されたらしい。廊下を通りがかった隊士の人に「ここにあってええの?」と聞いたら教えてくれた。


 だから大したことは書いてないんだろうなと思ったし、アタシが読んだのもただの気まぐれであって別にあれのことを少しでも知りたいとかそういった感情はなかった。

 正直な話本当に暇をもて余していて、今ならポテチの裏側の成分表字すら楽しく読めるような気持ちだったのだ。


 あまりに字が綺麗すぎて、こういうフォントみたいやな。というのが最初に出た感想だった。書道の先生をやるだけのことはあるらしい。

 「隊長が」という表記が度々出てくるので、どうやらこれは百年以上前にオカンが隊長をしていた頃の日記というのがわかった。現世ならちょっとした歴史的資料だ。


 中身は本当にただの日記というか取り留めのない備忘録のような部分もあって、隊の仕事のこととか何か催し物があったとかそんなことが書かれている。

 あとは隊長がこの茶菓子が気に入ったとか、茶を変えたら嫌な顔をしただとか、新しくできた食事処が気に入ってあそこに誘えば断らないだとか、そういった……。


「いやめっちゃオカンのこと好きやん!!!」


  思わず勢いよく机に叩きつけそうになってすんでのところで思いとどまる。腐っても百年以上前の物なので、アタシの手でズタボロになったらさすがにまずい。

 これを改めることになった知らない人に同情する。女をダース単位で誑かしてそうな大罪人が決まった相手もいない自分の上官一人を落とせなかったのを知って、仕事中に笑いをこらえるのに酷く苦労しただろう。


 良い感情なんて爪の垢ほどないアタシが読んでも……父親としては最低だしそもそも人としても倫理観がゴミだと思うのは全く変わらないという前提はあれど、ただの恋をした男として見れば大分憐れだなと思ってしまう。

 多分あの血縁上の父は前者の評価よりも憐れみの方が嫌な顔をするだろうが、かわいそうなものはかわいそうだしアイツが嫌な顔をしたところで鼻で笑う位しかすることもない。


 一護が普通の死神になりたかったんじゃないかと言ったときは、あのプライドがエベレストのごとくメンタルのど真ん中に鎮座しているような男がそれに耐えられるのか?と思ったものだけど。

 今はほんの少しだけ、爪の先くらいは言っていた事が理解できたかもしれない。理解できたところでそれを言う相手も機会もないから意味もないけど。


 でもこれでヤることヤれた後でオカンを手離してるとか、アホなんじゃないだろうか。普通なら他の皆はともかくオカンだけでも手元に置いとこうとか、なんかそういう感じのことを考えるものでは?

 百歩譲って愛してくれないなら殺してやる的な考えなら昼ドラみたいやなと思えるけど、みすみす逃げられて他の男に取られたと思ってアタシにクソみたいな嫌味言うなら手離さなきゃよかったじゃないか。


「自分の気持ちにも気づけへんクソ鈍感男やったんかなァ」


 自分で書いたこの日記を読み返したらさすがに自覚したりしないだろうか。誰かこの日記を投獄されてるやつの耳元で朗読して欲しい。

 さすがに不死身と言えど羞恥で死ぬんじゃないだろうか。あの男にオカンに関することで恥という概念があればという話になるけど。でも普通の感性があったら隣で読まれる以前に娘に読まれたと知った時点で腹の一つでも切りたくなるかも。


 箱の中には書道教室で書かれたものらしい諸々が入れられている。赤で直されているのもあって、クラスメイトに聞いた小学生のころ習ってた習字の話を思い出した。

 アタシは小学校に言ったことはないけど、どんなに先生が上手でもせっかく書いた文字の上から赤で書かれたらムカつく気がすると思ったものだ。アタシがあれにやられたら顎でも蹴り上げていたかもしれない。

 防がれて逆さ吊りにされる想像ができたので嫌な気分になって、気を紛らわすために面白いものがないか箱の中を掘り返す。


 ずるっと出てきた大きな紙にお手本のような字で「書は語る」と書かれた横書きの字を見つけて、これは額装でもしたら校長室にあっても違和感がないとその様子を想像して少しおかしくなった。

 しかし書は語るとは、確かに本人よりもずっと雄弁に……いや、べらべら喋ると言う点では本人も雄弁ではあったけど、そういう意味でなく語りかけてきていた気はする。気はするけども。


「でも聞く耳持たんかったら世話ないわ」


 赤文字で上から「人は聞かず」とでも書いてやろうか、それとも皮肉をきかせて「神は聞かず」とでもしてやろうか。そんなことを考えても、書いてある文字は一方的に語るだけで嫌味にだって答えはしない。

 指でなぞった「藍染惣右介」という署名は乾いて少し引き攣れていて、墨で書いた文字特有のかすかにざらついた感触がした。

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